ルルリンの実力……。

 ゴロゴロ荷車を押しながら門まで進むと、いつもの若い門番さんが目を丸くする。

「サリーちゃん、肩に乗せているの、スライムかい?」

 あ、わたしもショックだったからか、スライムのルルリンの事を忘れてた!

 いや、スライムのルルリンは良いとして、近衛騎士妖精の潮ちゃんはマズい!

 ただ、ルルリンが目を引いていたからか、潮ちゃんには気づかれなかったようで、慌てて姿を消した彼女に触れず、若い門番さんが続ける。

「なんか、真っ白だね、それ!

 変異種なのかい?」

「ん!?

 違うよ!

 わたしの白い魔力を与えたら、こうなったの」

「へぇ~」

 若い門番さんが感心している所に、門番のジェームズさんが近寄ってきた。

「スライムに従魔登録は必要ないが、変異種やその疑いがあるのであれば、一応、”真偽の魔術石”での確認が必要になる」

「え?

 そうなの?」

「念のためだ」

 まあ、おかしな物を持ち込まれたら大変だものね。


 初めて町に入った時にも使った詰め所に連れてかれる。


 椅子を勧められて座ると、その前に見覚えのある灰色の石が置かれた。

 前と同様、そこに手を置くと、それを確認した門番のジェームズさんが訊ねる。

「これからする質問に対して、全て、”いいえ”で答えろ」

「うん」

「お前の名前はサリーだな?」

「いいえ」

 灰色の石が淡く輝く。

 ジェームズさんが頷く。

「お前はハルベラだな?」

「いいえ」

 光が消えて灰色になる。

「お前が持ち込んだ魔獣はスライムではないな?」

「いいえ」

 光る。

「お前は町に危害を加えるために、スライムを持ち込んだな?」

「いいえ」

 光る。

「お前は町に危害を加えるつもりか?」

「いいえ」

 光らない。


 そんなことを繰り返した後、門番のジェームズさんは頷き、「問題ない」と言ってくれた。

 ただ、こうも言う。

「この手順を毎回する必要がある。

 町でそのスライムが必要なら、従魔登録をしろ」


 結局、そうなるのね。


「うん、そうする」

と答えると、ジェームズさんは頷いた。



 そのまま、冒険者組合に向かうと、中にいた受付嬢のハルベラさんに「従魔登録が必要だって言われた!」と文句を言うと、美人な受付嬢さんは困ったように眉を寄せながら「ごめんね、こんな変わったスライムだなんて思わなかったから」と言った。

 そして、カウンターの上でポヨポヨ動いているスライムのルルリンを眺めながら「本当に、白いのね」と目を丸くしている。

「わたしの魔力に染まったからじゃないかな?」

と言うも、ハルベラさんは小首を捻りながら「そんな話、聞いたことないけど」と言っている。

 そして、腕を組みながら眉根を寄せた。

「従魔登録だけど、少し待って貰えないかしら?

 正直、スライムみたいな首が無い魔獣の登録は聞いたことすらないから、どのようにするか調べなくちゃならないの」

「そうなんだ……。

 まあ、この子の場合、そうしょっちゅう連れてくる事は無いと思うから良いけど……」

 そう言いつつ、ルルリンに視線を向けると、”そんなことない! 定期的に連れてって欲しい!”というようにぼよんぼよん揺れている。


 いや、君の道楽にそこまで付き合う気は無いからね!


「まあ、分かったら教えて」

と視線を戻しながら言うと、ハルベラさんは「分かったわ」と頷いてくれた。

 ハルベラさんは続ける。

「ところで、どんな用事でこの子を連れてきたの?

 仕事関係?」

「ん?

 いや違うよ。

 この子が――」

 そんなことを話しつつ、スライムのルルリンに再度視線を移すと、カウンターの上にいたはずのスライムが、カウンターから奥にある事務員さんの机に飛び移っている所だった。「ちょ!

 こら!

 ルルリン、戻って!」

と呼んでも、全く聞く耳を持たないルルリンは、事務仕事の手を止めて驚く事務員さん達を無視して、ぽよんぽよんと机の上を飛び移り、奥へ奥へと進んでいってしまう。

 もう!

「ハルベラさん、わたし、中に入って良い?」

「ああ、駄目よ!

 関係者以外、立ち入り禁止だから!」

 そんなやり取りをしている間に、奥にある木製の、小さな引き出しが沢山ある箪笥たんすの上にたどり着くと、”こういうのが欲しい!”という様にぽよんぽよん揺れながらアピールしてくる。


 いや、スライムはそんなに引き出しがある箪笥なんて、いらないでしょう!

 絶対怒るから、言わないけど!


 なんて思っていると、ルルリンの白ぽよボディーを鷲づかみにする者が現れる。


 組合長のアーロンさんだった。


「なんだこれは?」

と言いながら、自分の手にあるルルリンを眺めてから、こちらを見る。

 そして、マッチョなおじいちゃんは胡乱げな顔をする。

「おいサリー!

 これ、大丈夫だろうな!?」


 それ、どういう意味!

 ……まあ、確実に大丈夫とも言えないけど!


――


 やっと、カウンターの前に戻って来れた……。

「酷い目に遭った……」とわたしがぐったりした顔でぼやくと、受付嬢のハルベラさんが「お疲れ様」と、同情するように眉を寄せつつ労ってくれた。


 本当に疲れた……。


 あれから、組合長室に呼ばれ、アーロンさんから三十分ほど注意を受けた。

 まあ、注意というか、詰問に近いかな?


「なんだこいつは!?」とか「何故に、わしに知らせなかった!」とかだ。

「ハルベラさんに話しておけば良いと思ったから……」と言ったら「お前の場合、それじゃ済まんだろう!」

と怒られてしまった。

 あと、ルルリンは賢いし、優しい子だから、物を壊すことはないし、まして、人を襲ったりしない――と一生懸命説明したら、疑わしげな目で見られてしまった。


「お前……。

 さっきから、”賢い”や”優しい”を繰り返し強調しているが……。

 肝心なことをぼかしてないか?」

 そして、組合長室を興味深げに眺めている様子のルルリンを指さし、訊ねてくる。

「こいつ……。

 強いのか?」

「……強いそぶりは――見せた事無い、かな?」

「お前の所感は?」

「……弱くは無い、かな?」

 目をそらし、呟くように答えるわたしを見て、アーロンさんは「はぁ~……」と大きなため息を付いた。


 実際の所、ルルリンこの子は強いと思う。

 いや、強くなっているって事かな?


 エルフのテュテュお姉さんの王スライムの話は聞いていたけど、実際にそれを実感したのはついさっきだ。

 ロック鳥さんが起こした突風から白狼君を助けた反応が非常に良かった。

 どんな攻撃が出来るのかまでは分からないけど――ルルリンこの子は強い。


 そう、予感はさせた。


 アーロンさんはこめかみを押しながら、続ける。

ルルリンこれのほかに、三頭もいるらしいな?

 それは?」

「まあ……。

 ぼちぼちかな?」

「……お前が言うじゃくクマを相手にしたらどうだ?」

「この前、一発で吹き飛ばして倒してた」

「はぁ~」

 アーロンさんは顔を両手で覆った。

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