何か、別作品っぽい戦いが行われている!?

 ご令嬢な女の子達はカウンターに並べられたハンカチを見つけると、「あらあら、やっと入ったのね!」「これでお茶会で恥ずかしい思いをせずに済みますわ」とか言いつつ、満面笑みで持って行ってしまう!?


 え!?

 え!?


 店長さんが「よ、予約順がぁ~!」などと必死に言っているが、完全に無視だ。

 その後、従者の人たちが淡々とした顔で「次の入荷で届くと聞いてた」「我が家の分も」と次々とカウンターに銀貨を”数枚ずつ”置いていく。


 え!?

 え!?


 あっという間に、ハンカチは一枚だけになった。


 いや、聞いてはいたけど、凄い勢いで売れてるなぁ。

 そんな風に感心していると、一際大きい音を立てながら、店の扉が開かれ、二人のご令嬢な女の子が入ってきた。

 片方は金髪の縦ロールの女の子、片方は真っ赤なウェーブ髪の女の子だ。

 さっきまでの女の子達よりも、服装も顔も、そして、髪型も派手だ。

 そんな、二人のお嬢様達が従者ぽい人をそれぞれ後ろに引き連れながら、上品に――それぞれを肘や扇子で牽制しつつ――ずんずん入ってくる。


 そして、カウンターの上を見た。


「……」

「……」

 そして、二人の視線は店長に向かう。

 ビクッ! と震える店長の様子を見ながら、金髪の縦ロールの女の子が温和な笑みを浮かべる。

「あら?

 ずいぶん待たせたけど、ようやく入ってきたのね、わたくしの手巾しゅきん――」

「”わたくし”の手巾しゅきん、入ってきてるのね!」

 被せるように、真っ赤なウェーブ髪の女の子が言う。

「……」

「……」


 しばし、ご令嬢達が見つめ――いや、にらみ合う!?


 あの、お嬢様方――目が昭和な不良のお兄ちゃん達みたいになってるよ!


 金髪の縦ロールの女の子が言う。

「わたくし、聞いたわよ。

 確かに、ええ確かに。

 次の入荷には”確実に”届くって。

 だから、これはわたくしの物――そうじゃなくって?」

 それに金髪女子の従者っぽい男の人が「お嬢様がおっしゃる通りです!」と肯定する。

 真っ赤なウェーブ髪の女の子が髪をバサリとかき上げながら言う。

「わたくしだって聞いたわよ。

 次に入ってきた時には、”絶対に”お渡し出来るって。

 ねえ、違ったかしら?」

 すると、赤髪女子の従者っぽい女の人が「お嬢様のおっしゃること、一字一句、誤りはございません!」と断定する。

 少女達の視線が店長さんに向く。

「……」

「……」

 女の子達の狂気すら感じられる視線それに、涙目の店長さんはもう、わざとやってるんじゃないかってくらいガクガク震えながら――かろうじて絞り出すように言う。

「ももももうしわけ――ててて手違いが――い一枚しか――ございませ――」


 これは、まずい……。

 今世、半野生児なわたしの第六感か、前世の知識がある故か――それとも、元々人間に備わっている危機感知能力かは定かじゃない。

 だけど、頭の中で警鐘が激しく鳴っている。


 わたしは何やら言おうとするアナさんの手をがっちり掴んで止める。

 そして、「取り込み中みたいだから、また来るね」と小さく、小さく、呟きながら、そっと、店の出口に移動する。

 金髪女子が赤髪女子に視線を向けながら「ホホホ」と笑う。

「我が家は、コノリ伯爵家の分家――であれば、あなたがすべきことは分かっているわよね?」

 すると、赤髪女子も口元に手をやり「ホホホ」と笑いながらそれに答える。

「あらあら、田舎出の方では余り理解されないかもしれませんが……。

 クリスタリ侯爵家にゆかりのある我が家が――ど田舎貴族に何かを譲るいわれなどございませんのよ?」

「……」

「……」

 はぁ~ん? と言わんばかりににらみ合う見つめ合うお嬢様方、もう、顔を近づけすぎて、お互い、見えてないんじゃないかってぐらいな感じだ。

 しばらくすると、二人の視線がまた、店長さんに向かう。


 わたし達はその後、何が起こったかは知らない。


 ちょうど、店からの脱出が成功し、静かに、丁寧に、店の扉を閉じた後だったからだ。



 アナさんが両手で顔を覆いながら言う。

「わたし、扉越しに聞こえる店長の”助けてぇぇぇ!”って声が、耳に残って離れないんだけど!

 やっぱり、あそこでわたしのを渡した方が良かったんじゃないかなぁ!」

「いやいや、アナさん!

 あそこに割り込むのは、槍衾やりぶすまで対峙する軍隊の前に身一つで踊り出すほど、馬鹿で意味の無い事だよ!

 絶対、どちらがどちらのを受け取るかってので、揉めただろうし」

「まあ……。

 そうね」

「後で、様子を見に行くよ。

 お金も受け取ってないし。

 それよりも、王妃様の焼き菓子、食べようよ」

 ちょうど、ケーキ屋さんの店長さんが奥から出てきたので、手を振る。 それに気づいた店長さん、ニッコリ微笑みながら近寄ってきた。

 冬ごもり中、酷い目に遭い痩せてしまっていたケーキ屋さんの店長さんだったけど、今は大分戻ってきていて、顔色も良い。

「いらっしゃいませ。

 何にしますか?」

などと穏やかに聞いてくれた。

 大麦で出来た王妃様ケーキと紅茶の組み合わせを二つ頼むと「ありがとうございます。すぐにご用意します」と微笑んでくれた。


 冬ごもり中に徴収されてしまったので、まだ、町の中では小麦不足になっている。

 だが、流石は職人さんというか、ケーキ屋さんの店長さんは大麦で出来た王妃様のケーキを完成させ、販売し始めた。

 それが、思った以上に好評だったらしく、お店の中は結構な人数で賑わっている。

「冬ごもり前よりはやってない?」

とわたしが訊ねると、アナさんは嬉しそうに微笑みながら「味はさほど変わらないのに、安くなったからね」と言った。


 そう、小麦部分を大麦にしたことで低価格になったのだ。


 ケーキ屋さんの店長さんは「小麦が流通し始めても、大麦のものもそのまま残す予定」と顔をほころばせていた。


 アナさんがこっそり言う。


「でも、わたしはやっぱり小麦の方が良いわ。

 特に、”特別”なのが、ね」

 わたしも声を落としながらニヤリと笑う。

「そうだね、美味しかったもんね」


 二人して、クスクス笑った。


 実は例の九割徴収が終わった後、改めて、ケーキ屋さんに小麦などの材料を持ち込んだのだ。

 ケーキ屋さんの店長さんは目を丸くしながら「そちらの集落はずいぶん余裕があるんだね」と驚いていたけど、快く、特別なケーキを作ってくれたのだ。


 王妃様のケーキをさらに豪華にしたケーキ――フルーツミックスケーキをだ。


 イチゴのほかに、オレンジ、サクランボ、スモモ、ラズベリー(イチゴを含む全て砂糖漬け)をミックスした素敵ケーキで、様々なフルーツの味が楽しめて、とても美味しかった!

 ひょっとしたら、賛否はあるかもしれないけど、わたしの感想としては”どちらも良い”だ。

 それを三ホール作って貰い、役得としてわたしとアナさんとでその内の一つをカットした物を食べたりしたのだ。

 その時、幾らかマシになったとはいえ、食糧難の最中――なので、内緒でって事になっている。


「あれ、また食べたいわ」

「また、材料の持ち込みと代金を払えば作ってくれるんじゃない?

 今度は小白鳥の皆も誘って、ここで食べよう!」

「そうね」

 アナさんはニッコリしながら頷いた。

 因みに、小白鳥の団団長のヘルミさんとアナさんのギクシャクした関係は、白大猿君の討伐を機に幾らか改善したとのことだった。

 どちらとも仲が良いわたしとしては、とても嬉しい。

 うん、今度は是非、皆で食べよう!

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