第十五章

山羊さん!?

 朝、起きた!

 いつものように、へばりついているシャーロットちゃんをそっと離して――と思ったら、妹ちゃんを挟んだ向こう側にいるイメルダちゃんが、わたしの手を掴んでいた!


 ……恐ろしいほど可愛い!


 とはいえ、そのままでは朝のお仕事に行けなくなるので、泣く泣く、フェンリルぬいぐるみと交代する。

 そして、シャーロットちゃんにはケルちゃんぬいぐるみを抱かせる。


 よし!


 着替えてから寝室を出ると、ケルちゃんが嬉しそうに飛びかかってきた。

 天気が良いのかな? と思いつつ、抱きしめ、転がし、もふもふを堪能する。


 はいはい、次はセンちゃんね!


 晴天の中、積雪に飛び込んでいくケルちゃんを玄関から見送り、中に戻る。

 顔を洗っていると、上から気配を感じ――頭の上にそれが着地する。

 頭を振りつつ「ルルリン、肩に降りて!」と言うと、ぽよんと右肩に移動する。

 タオルで顔を拭いていると、スライムのルルリンが右肩でぽよぽよ不満そうに揺れた。


 え~

 今度は何?


 すると、ぽよぽよボディーが伸びると、棚を指すように先が尖った。

 あ~はいはい。

「後で、物作り妖精のおじいちゃんにお願いしておくから」

 そう答えたのに、何度も伸び縮みを繰り返し、何やらアピールする。


 え?

 ルルリン自分の意見も聞いて欲しい?

 はいはい、分かった。

 一緒にお願いしに行こうね。


 シルク婦人さんに籠や壺を受け取り、妖精メイドのサクラちゃんと合流しつつ、飼育小屋に向かう。

 中に入ると、あれ?

 いつもなら、ひよこ君が突っかかってくるんだけど、来ないな?

 なんて、視線を向けたら……。

 なんか、雌の赤鶏さんの陰でガクガク震えていた。

 え?

 どうしたの?

 雌の赤鶏さんもなんか強ばった顔(推定)してるし。

 すると、わたしの肩にいるルルリンが”気にしなくて良いよ”と言うようにポヨンポヨンと揺れた。


 いや、気になるでしょう!

 え?

 何?

 ルルリンが脅したの?

 え?

 違う?

 本当に?


 ”ほんと、ほんと!”という様にポヨポヨ揺れているけど……。

 これは、信じて良いものか……。

 視線をサクラちゃんに向けると、可愛らしいメイドちゃんは――額に青筋を立てつつも可愛らしく微笑むという高等技術を発揮しつつ、”気にしなくて良いよ”とジェスチャーする。


 ほんと、何があったの!?


 ただ、誰も答えを返してくれないので、とりあえず、卵を頂きつつ、山羊さん夫妻の所に向かう。


 ……え?

 や、山羊さん!?


 山羊さんは四本足で直立(?)したままピクリとも動かない。

 その側にいた山羊君が涙目で、わたしに何かを訴えるようにメーメー鳴いている。


 え?

 何?

 何なの?


 近寄っても、まるで剥製のように山羊さんは動かない。

「山羊さん?

 どうしたの?」

 その背を撫でると、手のひらに温かなぬくもりが伝わってくる。

 ……ついでに、細かく震えているのも伝わってくる。

「や、山羊さん?

 動かなくなっちゃったの?

 え?

 どうしたの?」

 カチコチになった山羊さんの、その震える目が、こちらを見た。

「だ、大丈夫?」

と訊ねると、不意に、山羊さんはふらりと揺れると、糸の切れた人形のようにぐにゃりと崩れ落ちる。

「ちょちょっと!?」

 慌てて支えるも、完全に意識を失ったのか、ピクリともしない。

「おぉぉぉい!

 山羊さぁぁぁん!?」

 わたしの声だけが、むなしく飼育小屋に響くのだった。



 卵だけを持って、シルク婦人さんの元に戻る。

 そして、山羊さんの体調が悪そうなので、今日は乳が無い事を告げる。

 シルク婦人さんは珍しく少し困った顔をしたけど、致し方が無いと思ったのか、コクリと頷いた。


 因みに、山羊さんは床にしっかりと藁を敷き、その上に寝かせておいた。


 普段、温厚なサクラちゃんが、構わず搾ったら? って身振り手振りで伝えてきたけど、いや、流石に出来ないでしょう!

 今日はお休みして貰う事にした。

 でも、飲み物が無いのは困ったものだよね。

 まあ、お茶があると言えばそうなんだけど……。

 なんか、別のものは無いかな?

 あ、いや、ジュース、フルーツジュースがあった。

 今日の朝ご飯は、それにしよう!


 中央の部屋食堂に来ていた、イメルダちゃんに訊ねてみる。


「今日は、山羊さんの調子が悪いみたいだから、朝ご飯に飲むもの、果物を搾った物にしようと思うんだけど、リンゴ、葡萄、オレンジの内、何が飲みたい?」

 イメルダちゃんは少し考えてから答える。

「リンゴが良いわ。

 シャーロットだって好きだし」

「別に、皆の好みでそれぞれ作るよ」

 イメルダちゃんは苦笑しながら首を横に振る。

「わざわざ、そんな事で手間を増やす必要は無いわ。

 作って貰えるだけで、ありがたいし」


 なんだか、イメルダちゃん、大人だ!

 でも、大人すぎてちょっと寂しい!


「お姉さまに甘えて良いんだよ?」とすり寄るも、「そういうのは良いから!」とさめざめとした表情で、顔を押し返されてしまった。


 お姉さま、悲しい!


 食料庫から食材を持ってきて、シルク婦人さんに渡す。

 その時、一応、シルク婦人さんに「リンゴを搾るから」と断っておく。

 婦人さんの方でも、代わりにと用意してしまったら困るからだ。

 それと、卵を三つある内の一つは残して貰う。

 これは、後で使う予定なのだ。


 左手で出した白いモクモクでパンを焼きつつ、手でリンゴの皮を剥く。


 薄らと覚えている程度だけど、前世でも、リンゴの皮は剥いた事があるので、一応は出来る。

 もちろん、シルク婦人さんの様に綺麗にはいかないけど、どちらにしてもジュースにするだけなので問題ない。

 中央の部屋食堂のテーブルで、ナイフを片手にシュルシュルやっていると、じっと見つめて来ていたイメルダちゃんが声をかけてきた。

「ねえ、サリーさん。

 わたくしもそれ、やってみたいわ」

「ん?

 う~ん、皮むきはちょっと早いかな?」

 とはいえ、せっかくやる気を出しているのに、何もさせないのは問題か。

 皮むきが終わったリンゴと用意していた包丁を渡しつつ言う。

「皮むきはこちらでやるから、切ってもらって良い?」

「切る?」

「うん」

 しっかり手を洗って貰った後、リンゴを四分割にして種を取って貰う。

 最初はぎこちなかったけど、わたしが少しやって見せたら理解したらしく、直ぐにサクサクと切っていく。


 流石は我が国の宰相様だね!


 わたし達のコンビで、五個分を済ませる。

 次にそれをすり下ろし林檎にしよう。

 木製のボールを二つ用意する。

 イメルダちゃんには銅製の下ろし金を使って貰い、わたしは右手から出した白いモクモクで同様の形にする。

 ボールの上でサクサクとすり下ろしていく。

 途中、シャーロットちゃんが「お姉さま、おはよう!」と腰に抱きついてきて、「お料理中は危ないから、突然抱きついたら駄目だよ」と注意する。

 さらには、妖精姫ちゃんを初めとする妖精ちゃん達が美味しい物かと集まってきたりしたけど、とりあえずは、スルーしつつ続ける。


 よし、最後の一個、終了!

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る