血を吸う面倒な奴、討伐!

『止まって!』

 うぁおん! と吠えると、白狼君(リーダー)を掴んでいた白いモクモクを解除し、左前方に振るう。

 併走していた白狼君の左側前方に展開した白いモクモク盾――その向こうから衝撃音が幾つも響く。

 わたしはスキー板に角度を付けて停止しつつ、”それ”を追い払うように振るった。

 雪を穿うがち、舞い上がる。

 右から白狼君の悲鳴が聞こえる。

 視線を向けると、白狼君が二頭ほど、雪の上を転がっていた。


 鮮血が舞い、積雪を赤く染めている。


 慌てて、白狼君(リーダー)達が、彼らに食らいついている真っ白なゴムみたいな”それ”を噛み付き、引き離そうとしている。

 だが、”それ”の体は伸びるだけで、なかなか外れない。


 あれは、雪ヒル君だ!


 春夏は地中で冬眠し、雪が降る頃に活動するという、奇っ怪な生物だ。

 特徴は、前世のヒル同様、動物にくっ付き、その血を吸う。

 もっとも、大きいものだと一メートルにはなる彼らは、前世のヒルの様に気づかれないように食いつき、気づかれないように血をすする――なんて、慎ましくは無い。

 集団で雪の中に潜み、獲物に飛びつくと、全員で食らい付き、一気に血を吸い上げる、なかなか凶悪な魔物だ。


 ママの洞窟周りでも、時々見かけた。


 もっとも、わたしを含む、フェンリルファミリーの肌を突き破るほどの力は無いため、気にされることはほとんど無い。

 時々、せっかく狩った獲物に雪ヒル君がくっ付いていたため、不味くなり、ママが怒っていたぐらいだ。


 だけど、白狼君達にとっては十分脅威だ。


「この!」

 わたしは気配がする箇所を、白いモクモクを尖らせて突き刺す。

 雪に隠れているつもりだろうけど、意識すればなんとなく分かる。

 三十回ほどさせば、気配が無くなり、代わりに刺した雪が青黒く変色する。

「きゃん! きゃん!」

という鳴き声に視線を向ければ、雪ヒル君に取り付かれた白狼君達が弱り始めていた。

 彼らを取り囲む白狼君達を『どいて!』と離れさせ、白いモクモクの先から火を点す。

 彼らの口は特殊で、サーベルタイガー君みたいに、食らいついたら死んでも離れない。

 だけど、火には弱いので、近づけると自主的に離れるのだ。

 これは、五歳頃、せっかく狩った獲物に食らいついている雪ヒル君が剥がせなくて困っていた時に、エルフのテュテュお姉さんが教えてくれた。


『おとなしくしててね!』

 横たわる白狼君達にうぁんうぁん! と注意しつつ、火を雪ヒル君に近づける。

 前世、松明ほどの火が肌を少し焦がし、慌てた彼らはポロリと外れ、転がった。

 そこに、素早く白狼君(リーダー)達が飛びかかり、噛み殺している。

 それを横目で見つつ、わたしは傷ついた白狼君達を癒やしてあげる。

 傷が癒えた彼らは立ち上がると、お礼をするかのように、わたしの手をペロリと舐めた。


――


 町の近くの林に到着し、白狼君達は帰って行った。

 例のトナカイ君は気づいたら、どこかに行ってしまっていた。

 ただ、倒した雪ヒル君があれば満足らしく、皆で手分けをして持って帰っていった。

 わたしも三匹ほど袋に詰め込み、籠に入れている。

 正直、食べたいと思える見た目では無いけど、ひょっとすると、冒険者組合で売れるかもしれないと思ったからだ。


 門番さん達に挨拶をしつつ、門から町に入る。

 解体所に着くと、解体所の所長グラハムさん達が入り口前の雪かきをしていた。

「こんにちは」と挨拶すると、食糧問題の影響のため、ほっそりしてしまったものの、それでも十分巨漢なグラハムさんが「おお、サリー! 元気か?」と笑いかけてくれる。

「うん、元気だよ!

 雪ヒル君を持ってきたんだけど」

「雪ヒル!?

 集団で襲う面倒な奴らなんだが……」

「やっつけたよ。

 ただ、籠しか無かったから、持ってきたのは三匹だけだけど」

「相変わらず、あっさりと凄い事をする子だな」

 グラハムさんは苦笑しつつ、解体所への戸を開けてくれた。


 中に入ると、人がいなくて、がらんとしていた。


 冬だから獲物が無く、仕事が無い――のは分かるけど、ついこの前、白大ネズミ君を持ち込んだ時にはもう少し、職員さんがいたはずなのに、どうしたんだろう?

 そのことを訊ねると、グラハムさんは教えてくれる。

「白大猿の狩りが近づいているからな。

 忙しくなる前に、皆には休みを与えているんだ」

 白大猿の解体は細かい作業が必要になるとの事で、大きさの割には時間がかかるとの事だった。

 それが毎年、何十匹も運び込まれるから、この時期のお休みは恒例との事だ。

「ふ~ん」と聞きつつ、嫌な事を思い出す。

「ねえ、グラハムさん。

 アーロンさんはまだ、白大猿の肉を食べるつもりなのかな?」


 食糧問題は、一応、大麦によって解決された。


 だから、前、話していた事は無くなったかなぁ~なんて思っていたのだけど……。

 グラハムさんは面白そうにガッハッハ! と笑う。

「食べるつもりだぞ。

 大麦だけではやはり、力が出ないからな!

 それに、白大猿の肉は、少々固いが美味いぞ!

 精もつくしな!」

 グラハムさんが悪戯っぽく「サリーには、真っ先に食べさせてやろう!」と言うので「結構です!」とお断りをしておいた。


 そんなやり取りをしつつ、籠から雪ヒル君を取り出し、解体用の台に置く。


「ほうほう、なかなか大きいな」

とグラハムさんは感心したように顎を撫でる。

「これも食べるの?」と訊ねると、「流石に食べんが、皮は防水に優れているから靴や鞄の素材に、肉や内臓もそれぞれ薬品や染料などの素材になるんじゃ」と教えてくれた。

 お値段は大銀貨一枚、銀貨五枚との事だ。

 沢山、狩る事が出来たら、出来るだけ捨てず、持ってきて欲しいと頼まれる。

 見た目が正直、気持ち悪いので、もう会いたくないけど、とりあえず、了承しておいた。

「サリーも、白大猿を狩りに行くのか?」

「ん?

 狩りはしないけど、回復要員として付いていく予定」

「そうか……。

 まあ、”森の悪魔”を狩る事が出来るお前さんなら大丈夫だとは思うが、気をつけるんじゃぞ。

 白大猿らは、魔物のくせに、非常に狡猾だからな」

「うん。

 気をつける」

 わたしが答えると、グラハムさんは「よい子だ」と言いつつ、わたしの頭をフェンリル帽子ごと撫でてくれた。


――


 冒険者組合に到着する!

 扉を開けると、わたしに気づいた小白鳥の団団長のヘルミさんが駆けてきた。

「サリーちゃん、白大猿の討伐に参加するって本当!?」

 ヘルミさんの勢いに少々、気圧されつつも、答える。

「う、うん、参加するよ。

 あ、討伐じゃなくて、回復要員だけど」

「回復要員……。

 サリーちゃん、後方支援とはいえ、女性冒険者は参加しない方が良いのよ」

「でも、ヘルミさんも参加するんだよね」

「うっ!

 そ、そうだけど、わたしは良いのよ!

 これでも、中堅冒険者だし!」

 すると、今度は同い年冒険者のアンティ君が駆けてきた。

「サリー!

 お前、白大猿の討伐に参加するって本当か!

 駄目だ!

 止めておけ!」

「そうよ!

 止めておきなさい!」

 二人に詰め寄られ、わたしが困っていると、組合長のアーロンさんがのしのしと近寄ってきた。

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