ワインを作ろう!1

 ちょっと恥ずかしくなり、テュテュお姉さんからさりげなく体を離しつつ、弁明する。

「テュテュお姉さんはわたしの第二のママだから、甘えても問題ないの!」

 すると、ヴェロニカお母さんが面白そうに言う。

「あら、ならわたくしは、第三のお母様かしら?」

「いや、ヴェロニカお母さんは……。

 おばさんかな?」

「えぇ~」って、なにやら不満そうに言うけど、仕方がない。


 ヴェロニカお母さんは前世のおばさんみたいな立ち位置なのだ。


「しょうがないわね、お姉様で手を打つわ」

「もう、その話はいい!」

 などとやり合っていると、テュテュお姉さんが不思議そうに訊ねてくる。

「そういえば、ヴェロニカの事を、なんで”お母さん”って呼んでいるの?」

「えぇ~だって、おばさんが嫌だって――」

「だから、お姉様で良いって!」

「いや、三児の母だし、年齢的に……。

 あれ?

 よく考えたら、テュテュお姉さんの方が年齢が上――」

「そういうことね、はいはい!

 ところで、あの件はどうなった?」

 わたしの言葉にかぶせるようにテュテュお姉さんが言う。

「え?

 あの件?」

 小首をひねると、「ほらほら、ワインの事よ!」と言った。

 ああ、それね……。

 それに、わたしが答える前に、ヴェロニカお母さんが食いつかんばかりに訊ねてくる。

「サリーちゃん!

 ワイン、作れるの!?」

「え?

 作ったこと無いけど、テュテュお姉さんが言うには作れるって――」

「素晴らしいわ!

 サリーちゃん、素晴らしいわ!」


 ……なんだろう、褒められても嬉しくない。


「あのね、でも作らないよ」

「えぇぇぇ!

 何故!

 何故、作らないの!?」


 いや、砂漠で水筒を取り上げられたような必死さで言われても……。


 しかも、テュテュお姉さんも同調して「そうよそうよ!」とか言ってる。

 えぇ~

「だって、冬ごもり中の、けして広くないこの家の中で、酔っぱらいと一緒にいたくないもん」

「そう思わない?」とイメルダちゃんに訊ねると、我が国の宰相様は困った顔でヴェロニカお母さんをチラチラ見ながら「そうね……」と同意してくれる。


 すると、台所からシルク婦人さんが慌てた感じで出てくる。


 え?

 シルク婦人さんもお酒が好きなの?

 え?

 違う?

「料理」

「?

 ああ、料理酒として使いたいのね」

 前世でもワインを肉料理に使ったり、スープに使ったりするって聞いたことがある気がする。

「必要なら、町で買ってきたのに」

 いつもの町にも酒屋さんはあったから、ワインぐらい売ってるだろうと思っての発言だったが、シルク婦人さんは首を横に振る。

「混ぜ物、体に良くない」

「ああ、安いのはそういうのもあるかもね」

 テュテュお姉さんが「酢! ワインから酢も作れるわよ!」と言う。

 ああ、そういえば、ワイン酢なる物があるんだったよね。

 Web小説でも作っているの有ったなぁ。

 そう考えると、作るのはやぶさかではないけど……。

 飲む分は……。


 チラリと大人勢に視線を向ける。


 期待した感じの女性二人に……。

 いつの間に現れたのか、妖精ちゃん達――特に生産系の物作り妖精のおじいちゃんや手芸妖精のおばあちゃんらが真剣な表情でこちらを見ていた。


 妖精もお酒を飲むのね……。


 はぁ~

「しょうがないなぁ~

 ちょこっとだけだよ」

と言うと、歓声が上がり、テュテュお姉さんとヴェロニカお母さんなどは笑顔でがっちり握手をしていた。


 はぁ~


「ヴェロニカお母さんは子供じゃなかったの?」

とチクリとするも、満面笑みのヴェロニカお母さんは胸を張って言い放つ。

「わたくしは、大人よ!」

「さようですか……」

 わたしが呆れのこもった視線を送っても気にせず、「サリーちゃんもわたくしの事をお母様のように思って構わないのよ!」などと言っている。


 まあ、この狡さは大人故のものなのかもしれないなぁ。


 などと考えていると、シルク婦人さんが葡萄を入れた小鉢を運んでくる。

 ああ、わたしが皆で食べたいとお願いしていたんだ。

「ちょっと、皮が厚いけど、甘くて美味しいんだよ!」

と皆に説明をしながら、シルク婦人さんの手伝いをする。

 ん?

 小鉢の中の一つだけだが、なぜか全ての皮が剥かれたものがあった。

 シルク婦人さんはそれを――ヴェロニカお母さんの前に置いた。


 ……。


 皆の視線が集中し、ヴェロニカお母さんは「まあ」と口に手を置き、おほほ、と笑う。


 でも、わたしは見逃さない。

 その口元が引きつっているのを。


「シルク婦人、わたくし、もう子供じゃないから皮を剥いてくれる必要はないのよ?」

「怒る」

「お、怒らないわよ!」

 ああ……。

 なるほど。


 脳裏に年若いご令嬢が不機嫌そうに「面倒くさい! シルク婦人、剥いて!」とか横柄に命令している姿が見えた。


 ああ……。

 ヴェロニカお母さんの子供の頃って、そんな感じがするわぁ~


 皆の――特に娘達の視線が痛いのか「違うのよ! 体調が悪いときにお願いしたのを、シルク婦人が律儀に守ってくれて――」などと言い訳をしている。

 そんな母親を、妹ちゃん達は先ほどわたしに向けたような微妙な視線を送るのだった。


――


 葡萄を食べ終えると、テュテュお姉さん達に善は急げとばかりに、植物育成室に急き立てられる。

 因みにヴェロニカお母さん、流石に体裁が悪いと思ったのか、葡萄の小鉢をシャーロットちゃんと交換していた。

 その時、イメルダちゃんが「今回だけよ」と念入りに注意していて、その様子をヴェロニカお母さんはニコニコしながら見ていたのだけど――どことなく、こぼしたミルクを嘆く主婦の様な悲痛さが滲んでいるように見えた。


 恐らく、気のせいではないだろう。


 植物育成室にはわたしや妹ちゃん達が全員、余裕で入れそうな巨大なタライが一つ置かれていた。


 え?

 いつの間に作ったの?

 このタライが作成用なの?

 え?

 保管用の樽も当然、準備してある?

 いや、そんなどや顔で主張されても……。

 あと、こんなに作るつもり?


 すると、物作り妖精のおじいちゃん達が前に出てきて、”頼むぞ!”と言うように、わたしの左足を叩いてきた。

 えぇ~

 まあ、おじいちゃん達には世話になっているから、作るけどさぁ。

 そこまで広くない植物育成室なので、大麦を作る時にしようした土の部分を完全に覆う形でタライは鎮座している。

 わたしは魔動ストーブを付けた後、タライの脇を、壁を沿うように移動する。

 テュテュお姉さんは入り口付近で待機し、その様子をニコニコしながら見守っている。

 そして、わたしが昨日育てた葡萄の木まで移動するとテュテュお姉さんは指示する。

「じゃあ、わたしが止めるまで葡萄を育てていって。

 無論、魔力の残量も気をつけてね」

 もちろん、大麦の時の二の舞を演じるつもりは無い。

 それに、じつは種から育てるより、既に樹木を育てた後のものに実を付けさせる方が魔力としては少なくて済むのだ。

 なので、このタライいっぱいに育てたとしても、魔力枯渇になることは無いだろう。

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