反乱の可能性

 わたしの次にイメルダちゃんが終わり、シャーロットちゃんの番になった。

 すると、イメルダちゃんは「シャーロットは前髪が長いとすごく気にするから、いくらか短めに……。

 でも変な風になってしまうと困るから――」

などと、自分のことよりも沢山注文し始めて、その他全員を呆れさせた。

 ヴェロニカお母さんが「イメルダ、ほどほどにね」とやんわり言うも、妹に対しての思い入れか、それとも、普段から気になってしょうがなかったのか、なかなか止まる様子が見られない。

 シャーロットちゃんも、いつになく熱の入ったイメルダちゃんの勢いに負けているのか、オロオロしながらも、大人しく座っている。


 何をやっているのやら……。


 そんな様子を、生温かく見守っていると、ヴェロニカお母さんに肩を軽く叩かれた。

 ん?

 促されるままゴロゴロルームまでついて行くと、入り口の段になっている所で腰掛けて、ヴェロニカお母さんに小声で訊ねられた。

「サリーちゃん、町の様子はどうだった?」

 何故小声かよく分からなかったけど、ヴェロニカお母さんの隣に腰掛けて、声量を合わせて説明した。


 一律で徴収されたこと。

 多くの人が飢えに苦しんでいること。

 横暴な役人に理不尽な目を合わされた人のこと。


 それほど上手く話せたとは思えないけど、ヴェロニカお母さんは真剣な表情で聞いてくれた。

 そして、聞き終えると「そう」と言った後、何か考え込み始めた。

 邪魔するかな? と思いつつも、気になった事を訊ねてみる。

「ねえねえ、ヴェロニカお母さん、そんな理不尽なことをして大丈夫なの?」

「ん?」

「暴動とか反乱とか起きるんじゃないかな?」

「……それは、どうかしら。

 わたくしはその可能性は少ないと思うわ」

「そうなの?」

「ええ、話を聞く限り一部の人以外――わたしの予想では大半の人はまだ食料をいくらか持っているはずよ」

 そういえば、門番さん達も、少ないながらもまだあるとは言っていた。

 問題は孤児院の皆を含む貧民層の人々なんだけど……。

 どれくらいいるのか分からないけど、ひょっとしたら、目立っているだけで人数的にはそこまで多くないのかもしれない。

 ヴェロニカお母さんが続ける。

「反乱というのは、分の悪すぎる賭なの。

 失敗したら自分だけでない、家族、親族まで死罪になる場合があるわ。

 しかも、ただ死ぬだけではない。

 拷問を受けることもあるわ。

 そこまで見越しての壮絶な覚悟を、どれくらいの人が持てるのか? ね」

 そうか、食料がないわけではない。

 そんな恐ろしい目に遭うぐらいなら、今を我慢しよう――そう思う人が大半か。

 ヴェロニカお母さんがさらに続ける。

「それに、仮に成功しても――余り意味は無いわね」

「え?」

「恐らくだけど、食料の大半はもう、セルサリには無いはず。

 売却されてしまっていると思うわ」


 そうか、隣国に売却するために徴収したんだ。

 残っている訳がない。

 領主内の全食料数が足りないのであれば、根本的な解決にはならない。

 そうなると、反乱しても――成功しても――意味はない。


「でも、領主様に直談判とかしてどこかから――」

「領主は恐らく、セルサリにはいないでしょう」

「え?

 なんで?」

「本来は領民と共に冬ごもりをして、何かあった時に備えるのがあるべき姿だとは思うわ。

 だけど、少なくない領主はそうは思っていない。

 冬の間は娯楽も多く、何かと便利な帝都の館に移るの。

 政治的な基盤固めにもなるしね」


 えぇ~

 そんな人、領主様って言える!?


 困惑しているわたしをじっと見つめつつ、ヴェロニカお母さんは訊ねてくる。

「……サリーちゃんは、セルサリを支配するつもり?」

「ええぇ~!

 無理無理!

 何言ってるの!?」

 ヴェロニカお母さんまで、ママみたいなこと言わないでよ!

 そんなわたしに対して、ヴェロニカお母さんは苦笑する。

「そうよね、サリーちゃんの性格上、そんなことはしないわよね」

「当たり前だよぉ~」


 ひょっとしたら、俺すげぇ~系の主人公なら、何かしらするかもだけど、わたしみたいな前世中学女子(推定)には無理難題がすぎる!


「わたしみたいな女の子が出来ることと言ったら、食料をいくらか用意するぐらいだよ」

 わたしが言うと、ヴェロニカお母さんは笑みを優しくしながら「それも普通の女の子が出来る事ではないけどね」と言った。


 まあ、確かにそうかもだけど、その辺りはフェンリルチートってことで!


 すると、ヴェロニカお母さんは表情を引き締めて言う。

「多分、サリーちゃんは皆に食料を配ろうとすると思うけど……。

 何度も言ってるけど、絶対に目立たないようにね。

 特に、今は多くの人が助けを求めているから、ちょっとしたことで爆発的に噂が広がるから、注意が必要だわ」

「うん」

「それと、領主がいないということは、ある意味、良いことなの」

「え?

 何で?」

「大きな意味で酷いことになる事は、これ以上ないわ。

 それが出来る権限を持つ者は、皇族を除くと領主しかいないから。

 ”あれ”は代行に力を振るわせる事はしないはずだし……。

 それに、やりすぎると、貴族としての瑕疵になるから、”馬鹿”なりに生かさず殺さずを心がけると思うわ」

「そうなの?

 でも、酷いことになっている人もいるみたいだけど……」

「サリーちゃんの話に出たお菓子職人は例外でしょうけど、孤児を始めとして多くの貧民は領民と数えられていないの。

 人頭税を払っていないから。

 だから多くの領主にとって、彼らはいなくなっても構わないの」

「そんな……。

 酷い」

 ヴェロニカお母さんは辛そうに俯きながら「それを変えようとした人もいたけど……」と呟く。

 そして、わたしに視線を戻し言う。

「とにかく、目立たないようにするのよ。

 食料を持って行くにしても、冒険者組合の組合長がおっしゃる通り、サリーちゃんが直接配らないようにしたほうが良いわ」

「うん」

 すると、ゴロゴロルームの扉が開き、シャーロットちゃんがニコニコしながら入ってきた。


 お~!

 髪型、編み込みまでされて、凄く可愛くなっている!


 ヴェロニカお母さんがにっこり微笑みながら「シャーロット、とても似合っているわよ」と言うと、シャーロットちゃん、「えへへ」と照れ笑いをしながら、座ったままのヴェロニカお母さんに抱きついた。

「本当に、よく似合ってる!」と誉めて上げるとシャーロットちゃん、わたしの方を向きながら、「えへへ」とやっぱり、照れたように笑った。


 可愛すぎる!


「なんだこの可愛い子は!」

とヴェロニカお母さんにくっついているシャーロットちゃんに後ろから抱きつくと、妹ちゃんは「キャッキャ!」と嬉しそうに悲鳴を上げた。


「何をやっているの……」

とイメルダちゃんが呆れたように声をかけてきた。

 でも仕方がない。

 シャーロットちゃんが可愛すぎるんだもん!

 仕方がないのだ!

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