ギャルみたいにはちょっと……。
結界を越えて「我が家に到着ぅ~」と声を漏らす。
いや、なんだか色々あって疲れたぁ。
あれから、ハサミを買ってきてもらう間、冒険者組合で回復屋さんにジョブチェンジをした。
しばらく来れてなかったから、怪我人が沢山いるんじゃないかと思ったからだ。
……怪我を治すより、栄養不足な人たちへの体力回復魔法の方が圧倒的に多かった。
受付嬢のハルベラさんも辛そうだったので、かけて上げると、ありがとうと涙目で抱きつかれた。
そういうのは、主人公系男子にして上げて!
ハサミを受け取り、受付嬢のハルベラさんに手を振り、帰ろうとすると「犬帽子の君っ!」と呼び止められた。
え? いや、これ、フェンリル、もしくは狼なんだけど?
と苦情を言いたかったけど、口を噤む。
なんか、げっそりとした男の人が必死な感じに詰め寄ってきたからだ。
初め、髭もじゃな上に、人相が青白く痩せこけていたから誰だか分からなかったけど、話の流れで分かった。
王妃様ケーキのお店の人だった。
えぇ~
一体何があったの!?
話を聞くと、徴収ということで、家にあった食料を根こそぎ持って行かれたとの事だった。
お菓子の材料だけでなく、家にあった冬ごもり用のものまで。
えぇ~って驚いていると、店長さん、ポロポロ涙を流しながら話し始める。
「運も悪かったんだ。
乗り込んできたのが悪名高いハリソン隊長で、しかも良く分からないけど機嫌が悪かったみたいで……。
突然、殴られて、気づいたら根こそぎ奪われた後だったんだ」
「そんな理不尽なことあるの!?
衛兵さんとかは!?」
「……その衛兵の隊長がハリソン隊長なんだ」
嘘でしょう!?
呆然とするわたしに大して、店長さんは苦い顔で「妻と娘が無事なだけが、せめてもの救いだよ……」なんて言ってる。
「昔からそんなんなの?」
と訊ねると、悲しげな店長さんは首を横に振る。
「昔はこんなことはなかった。
領主様が変わった後も、確かに色々あったけど、ここまでは……。
何か、この冬になり、タガが外れたようだ」
そして、店長さんはすがるようにわたしを見る。
「それで、以前の話、どうなっただろうか?
材料を持ってきてくれて、それを焼き菓子にする件だが」
「あ~うん」
冬ごもり直前は何かとバタバタしていたから、結局お店によれなかったし、冬ごもりが始まってからは吹雪いて来れなかったんだ。
でも、こんな状況下、お菓子を作ってもらうのもどんなものかな?
あ、でも料金代わりに食料が欲しいって話だからかな?
そのことを訊ねたら、大きく頷かれた。
なんでも、ほとんど何もない状態で冬ごもりになってしまったとのこと。
赤鷲の団のアナさんを始めとする常連さんのカンパでなんとか食いつないで来たものの、町全体で苦しい状況で、多くを求められずにいるとのことだ。
「こんな事を言うのは、本当に申し訳ないんだけど……。
君との約束だけが唯一の希望だったんだ!」
などと、懇願されてしまったら、否応もない。
「じゃあ、明日持ってくるよ」
といったら、店長さん、文字通り飛び上がって喜んでいた。
「どんな材料を持ってくればよい?」
と訊ねて話し合う。
色々、聞き取った結果、小麦粉、オレンジ、卵を持って行くことに。
砂糖と苺に関しては余所に置かれたものがあったので不要とのこと。
「オレンジって何に使うの?」
と訊ねると、店長さん、ニヤリと笑って「特別な焼き菓子にして上げるよ」と言ってた。
これは楽しみ!
あと、今更ながらに気づいたんだけど、ケーキの上に乗っている苺から種を取り出せないかな?
明日、ちょっとやってみよう。
――
「ただいまぁ~」
と言いつつ、家に入ると妹ちゃん二人が「お帰りなさい」と返事をくれる。
嬉しい!
シャーロットちゃんがケルちゃんを引き連れ、駆け寄ってきてくれるから、「うぉりゃ」と言いつつ抱き上げると、妹ちゃんは「きぁ~!」と嬉しそうに悲鳴を上げる。
相変わらず、可愛い!
え?
はいはい、ケルちゃんもね。
シャーロットちゃんを下ろして、ケルちゃんの毛に顔を埋めつつ、その体を抱き上げ――られない!?
いや、そりゃ前世ライオンサイズのケルちゃんを前世女子中学生なわたしが持ち上げるのはパワー的にはともかく体格的に難しいよ。
この前は向こうから飛びつかれたから、上手くいったけど。
でも、ケルちゃんは上半身だけしか持ち上がってなくても嬉しいのか三首とも「がぅがぅ!」と声を上げてた。
大きくなったなぁ。
「こんな所で暴れるのは止めなさい!」
というイメルダちゃんの声を聞き流しつつ、ケルちゃんの毛の温もりを全身で受け止めつつ、思うのだった。
ケルちゃんから離れた後、駕籠からハサミの入った箱を取り出す。
そして、「ヴェロニカお母さん、ハサミ買ってきたよ」と言いつつゴロゴロルームに入ろうとすると、後ろから肩を叩かれる。
ん?
振り返ると、シルク婦人さんで、わたしに向かって手を差し出してくる。
ん?
……ああ、シルク婦人さんにハサミを渡すのね。
確かに、欲したのはヴェロニカお母さんだけど、使用するのはシルク婦人さんだ。
シルク婦人さんに渡すと、テーブルの上で丁寧に箱の包みを解いていく。
組合長のアーロンさん、結構良いものを買ってきてくれたようで、ハサミが入っている箱もそれなりに良さそうなものだった。
その中から、シルク婦人さんはハサミを取り出すと、試しにシャキシャキと開け閉めしている。
あ、
……ふむ。
「シルク婦人さん、夕食後、わたしの髪で試し斬りしてみない?」
と、白い髪を摘みつつ提案する。
わたしもちょっと、髪が長くなったと思っていたのだ。
シルク婦人さん、わたしの方を向くとコクコクと頷いた。
夕食が終わり、後かたづけも終えた後、
カットクロスっていうんだっけ?
異世界でも考えることは一緒って事か。
カットされるわたしを、ヴェロニカお母さん達はお茶を飲みながら眺めている。
よく分からないけど、ちょっと楽しそうだ。
準備が終わったらしいシルク婦人さんに要望をしてみる。
といっても、大したことは言えない。
三つ編みを解いた髪を摘みつつ言う。
「シルク婦人さん、肩ぐらいまで切って」
「まあ、駄目よサリーちゃん」
と何故かヴェロニカお母さんから待ったがかかる。
そして、ティーカップを置くと、こちらまで歩いてくる。
「サリーちゃんの髪は綺麗だから、毛先を切りそろえるだけで」
そして、腰の辺りを指先で触れながら、「取りあえず、ここまでは伸ばしましょう」とか言い出した。
「いやいや、長いよ!
邪魔になっちゃう」
わたしの場合、曲がりなりにも狩りをするから、髪が長かったら不利になっちゃうのだ。
だけど、ヴェロニカお母さん、なにやら、にっこり微笑みながら「大丈夫、髪を束ねる方法も教えるから」とか言い始める。
えぇ~
しかも、イメルダちゃんやシャーロットちゃんからも「サリーさん、長い方が大人っぽく見えるかもしれないわよ」とか「サリーお姉さま、きっと似合う!」とか言われてしまった。
えぇ~まあ、良いけどさぁ。
シルク婦人さんがハサミを振るう度に、白い髪がパラパラ落ちていく。
そういえば、前世では結局、美容院に行ったのかな?
中学の――少なくとも、記憶が残っている期間は近所の床屋さんのおじさんに切って貰ってた。
女の子が来ることが珍しいのか、「中学では早いが高校になったら立派なギャルにしてやる」とか言っている変わったおじさんだったなぁ。
そのためだけに、高校生のお姉さんが読むようなファッション雑誌まで買って研究したりして……。
それから、わたしどうなったんだろう?
記憶がないから分からないけど、その手前で死んだのなら、申し訳なかったなぁ~
まあ、根暗系女子中学生なわたしの事だから、ギャルにはなってなかっただろうけどね。
そんなことを考えていると、ヴェロニカお母さんが言う。
「サリーちゃんの髪、本当に綺麗よね。
……お母様の髪も同じ色なのかしら?」
「ん?
ママと同じ色だよ」
「そうなのね」
「うん」
血がつながっていないけど、ママとわたし――っていうか、お兄ちゃん、お姉ちゃんもだけど、同じ毛の色なんだよね。
だからママはわたしを育てようとしたのかな? って思ったこともある。
聞いたことはないけど。
ん?
天井から気配を感じ、頭を動かさず目だけで見上げた。
スライムのルルリンがビロォ~ンと降りてきた。
そして、わたしの肩に降りると、体に付いた髪の毛を吸収していく。
美味しいのかな?
ちょっと、嬉しそうに見えた。
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