人間、恐ろしい!

 一通り見て回った後、リビングに戻り椅子に座る。


 思ったより、広かった。


 リビングを中心に、左右に四部屋、奥にキッチン、トイレ、お風呂がある。

 部屋の内、入り口から右奥には、ママに獲物を送る時用の転送陣があった。

 そのやり方は、以前、ママから聞いていた。


 ……。


 転送陣の中央に立って、『転送!』と唱えてみた。


 ……戻れなかった。

 悲しかった。


 玄関から見て左手前の部屋は寝室だった。

 ベッドと小さなテーブル、それと洋服ダンスやクローゼットがあった。

 開けてみると、洞窟お家に置いてあるはずの服が丁寧に並べられていた。

 一体いつの間に!?

 しかも、新しいのも追加されていた!

 クローゼットの隣には、洞窟でも使っていた全身がうつる鏡――姿見も置かれていた。

 嬉しい!

 そしてベッド!

 今世で初のベッドだ。

 基本、ママかお兄ちゃん達にしがみついて寝てたからね。

 サイズは――大きい、よね?

 何か久しぶりに見たからよく分からないけど、セミダブル……ぐらいなのかな?

 わたしぐらいの女の子なら、頑張れば四人ぐらい寝られそうな大きさだった。

 そして、何より嬉しかったのは布団カバーの中にはママの毛が詰まってたこと!

 ママの匂いがいっぱいした!

 沢山詰め込まれているからふかふかしている。

 嬉しくって、掛け布団と敷き布団の間に頭から突っ込んだ。

 ママに包まれているようで、幸せぇ~

 ……そして、別れて一時間もたってないのに、しばらく会えないと思うと、無性に恋しくなってきた。


 ママぁ~


 右手前と左奥の部屋は倉庫の様で、わたしが何とか腕で抱えられるぐらいの大きさの木箱が沢山置いてあった。

 開けてみると、岩塩やわたし考案でエルフのお姉さんに作って貰っていた石鹸とリンスの入った壷が詰め込まれていた。

 ありがたかった。

 ありがたかったけど……。


 コショウやてんさい、メロン等の種も入れて置いてくれたらいいのに!


 そうしたら、ママから教わった植物育成魔法が使えるのに!


 ああ、メロンはともかく、コショウや砂糖てんさいは欲しかった。

 まあ、生きていくのに絶対必要かと言われたら、そうでもないけどさ。


 トイレがあるのは嬉しい!


 しかも、Web小説でお馴染みの、スライムが分解してくれる奴!


 実はこれ、住んでいた洞窟にもあったのだ。


 フェンリル的には森のどこかですればよいと言う、排泄行為だったが、わたしが熱心に衛生とかを訴えたらエルフのお姉さんが作ってくれたのだ。

 しかも、スライム付きで。

 穴を掘りスライムを入れて、便座(洋式)をその上に乗せるだけの簡単仕様だけど、それだけで、なんというか、妙な安心感を得られた。

 わたしのそんな様子を見てか、ママ達もスライムのいる穴に排泄をするようになった。

 食べ残しなどもスライムに処分させるようになったこともあり、洞窟の周りで異臭がすることは減った。


 あと、お風呂!

 以前、ママに話していた事を覚えていてくれたみたいで、洞窟の近くにあった大理石(っぽい石?)で出来た素敵なお風呂だった!

 湯を外に流す穴まであって、凄く便利そうだった。

 ただ、なんかお湯とかの蛇口っぽいものが付いていたんだけど、使い方がよく分からなかった。

 エルフのお姉さんが来たら聞いてみよう。


 暖炉の左横にドアがあり、その先にはキッチンがあった。

 しかも、竈がある!

 これ、パンとか作れそうだ!

 ……まあ、白いモクモクがあれば、竈は余りいらないんだけどね。

 パンも白いモクモクで作ったことあるし。

 ま、まあ、何かに使えるかも? ってことで。

 その奥にもドアがあるので開けてみると、薪置き場、さらに先にもあったので開けると家の裏側に出たみたいで、鬱蒼とした木々が見えた。

 木はいくらでもあるので、薪には困らなそうだ。

 火に関しても白いモクモクがあれば出せるけど、暖を取る為にずっと出しっぱなしという訳には行かないから、そう言った意味では助かるなぁ。



 改めて全体を思い浮かべると、かなり気を遣って貰ってるのが分かる。


 これだけのものをそろえるとなると、手間暇もそうだけど、そこそこお金がかかったのでは無いかなぁ?

 もっとも、フェンリルママの抜け毛や生え替わりの爪や牙などは人間の間で結構な値段で売られてるって聞くから、そうやって作り出したのかも知れない。


 ……。


 やっぱり、人間の町を占領しに行かないと駄目なんだろうなぁ。


 椅子に背をもたれさせながら、考える。

 一応、戦う術も教わっている。

 弱いのだけど、ドラゴンも倒したことはある。

 でもなぁ~わたし一人で占領とか、出来るのかなぁ。

 普通の人間がドラゴンより強いとは思えない。

 でも、騎士さんとか冒険者さんとかだと、軽く倒せちゃう人だって居るかも知れない。

 少なくとも、Web小説には一杯いた。

 だったら、この異世界に居たって不思議じゃ無い。


 ……。


 はぁ~とため息を漏らしながら立ち上がる。


 無理かも知れない。

 まあ、九割九分九厘は無理だろう。

 だけど、ここまで用意して貰って何もしないっていうのは、流石に駄目だろう。

 攻めるうんぬんかんぬんは取りあえず置いておいて、見に行くだけ行ってみよう。

 良い言い訳が見つかるかも知れないし。


 ふむ、そうなるとちょっと楽しみだ!


 赤ん坊の頃、ママの元に行ってからこれまで、人間の町に行ったことが無い。

 いや、人間にすら会ったことが無い。

 異世界の人間はどんな感じなのか、楽しみだ!


 テーブルの上にあった鍵を一本取る。

 そして、出口に向かって歩く。

 あ、ちょっと待った。

 寝室の中に入って、姿見の前に立つ。

 長い白髪を三つ編みにした少女が、セーラー服にフェンリルの耳付き帽子(白色)、ベルト(白い尻尾付き)の姿で立っていた。


 ……。


 三つ編みの髪を肩から前に流してみる。


 ……。


 自分ながら、異世界転生後のわたし、可愛い。


 でも、フェンリル家族に囲まれている時はあんまり気にしなかったけど、この格好、異世界の中では、ちょっと浮いてないかな?

 ……十二歳だからまだ許されるかな?

 やっぱり、許されない?


 ……。


「がぉ~」とポーズをしてみる。

 ぱっちりとした目に、整った顔――やっぱり可愛い。

 格好はいくぶん変にも見えるけど……。

 ま、良いかな?


――


 森を抜け、起伏ある草原を越えると、町に着いた。

 近くで見ると、町を囲う壁は遙か見上げる高さだ。

 すご~い!

 入り口もアーチ型の入り口の前に、入場待ちの人が三十人ほど並んでいるのが見えた。

 格好は……まあ、中世ヨーロッパ風、ナーロッパの庶民って感じだ。

 そんな中に現代風セーラー姿で乱入、驚かれるかな?

 何て思いながら近づいていく。

 ……ちょっと、訝しげにされるけど、騒がれることは無い。

 良かったぁ~

 などと考えていると、列の最後尾にいた五歳ぐらいの男の子が、こちらを指さしてきた。「ねえ、あのお姉ちゃん、犬みたいな耳が生えてるよ!」

 男の子のお母さんっぽい大きい籠を背負った人が「あら本当に」と驚いている。

 まあ、人にフェンリル耳が生えてたら驚くか。

 男の子達の後ろに並びつつ、帽子を取った。

「この耳、作り物だよ」

「わぁ~そうなんだ!」

 男の子が目を丸くする。

 男の子のお母さんも「凄く精巧ねぇ~」などと言っている。

「お姉さんが作ってくれたの」

 勿論、大きいお姉ちゃんじゃなく、エルフのお姉さんだ。

「あなたのお姉さん、凄いわねぇ」

と男の子のお母さんが感心した顔でまじまじと帽子を見ている。

 正確には、エルフのお姉さんがママの毛を集めて、職人(エルフらしい)に作って貰ってきたと言うのが正しいけど、まあ、良いか。

 男の子のお母さんが不思議そうにわたしを見る。

「あなた、ここら辺では見かけない格好をしてるけど、外国の人かしら?」

「ううん、あの森の奥に住んでたの」

「え!?

 でも、魔獣が出るでしょう!?」

「うん、でもママやお兄ちゃん達、強いから。

 それに、こう見えて一応わたしも戦えるんだよ」

「まあ、そうなのね」

と男の子のお母さんは目を丸くしている。

 男の子は「凄いんだねぇ」と感心してくれた。

 ちょっと、嬉しい。

 初めて町に来たことを話すと、男の子のお母さんは心配そうに眉を寄せた。

「じゃあ、通行などの許可書を持ってないんじゃないの?

 そうすると、お金が掛かるんだけど……」

「あ!

 そうなんだ!」

 そりゃそうか!

 異世界物のWeb小説での定番なのに、すっかり忘れていた。

「どうしよう。

 お金なんて持ってない」

 こういう時、Web小説だとどうしてるんだっけ?

 う~ん、と腕を組んで考えていると、「おい」というしゃがれた男の人の声が聞こえてきた。

 視線を向けると、「ひゃぁ!」と思わず声を上げてしまった。


 やたらと人相が悪い兵士さんが近寄ってきた。


 大きくて筋肉質な体、薄金色の髪をオールバックにしている。

 白い肌には鋭い古傷が何本も走り、眉が薄く、窪んだ奥に見える薄青色の瞳の目は細く、鋭い。

 なんか前世で見た映画の、犯罪組織のボスに似ている。

 むちゃくちゃ怖い!

 男の子も、ビックリしてお母さんの影に隠れている。

 男の子のお母さんは大物なのか、「あらあら」などと言って笑っている。

 凄い!

 ボス(仮名)がわたしの前に立つと、少し苦笑する。

「俺は門番だ」

「も、もんばん?」

 もんばんって何だっけ!?

 暗殺者の通称!?

 あ、いや、門番さんね!

 恐ろしくって、変なことを考えちゃった。

 ボス改め、門番さんが言う。

「お前、許可書も金も無いんだってな」

「う、うん」

 門番さんが一つため息をついた。

 そして、「ちょっと来い」と手招きをする。

「ひゃぁぁぁ!」

 思わず声を上げて、森の方に駆けていた。

「お、おい!」

っていう声が聞こえた気がしたが、無視だ。

「助けてぇぇぇ!」

 全力で走った。

 草原を駆け、森を突っ切り、家に飛び込んだ。

 二枚目のドアを開けようとして、開かない!

 鍵!

 震える手で鍵穴に差し込み回す!

 入ると、すぐに鍵をかけて部屋に飛び込む。

 そして、ベッドの中に頭から突っ込んでいった。


 怖いよ、ママァァァ!


 あれだ!

 絶対、連れて行かれたらあれだ!

 恐ろしい目に遭わされるんだ!

 そして、最後は足をコンクリートに固められて、海に沈められるんだ!

 人間、怖い!

 怖いよぉぉぉ!

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