フェンリル生活1
しばらく、
正直、人間の――しかも、ただの赤ん坊のわたしが――生き残れるのか甚だ疑問だったけど、何というか、
因みに、兄姉は兄二人に姉一人だ。
生まれた順番はよく分からないけど、体が大きい順に長男長女次男次女と何となく決まった。
お兄ちゃん達は既に現世のライオンぐらいの大きさにはなっていたので、当然わたしは末っ子だ。
ふ~おっぱい美味しい。
沢山飲んで満足していると、ママがむくりと立ち上がった。
そして、『がぅ!』と吠えると、洞窟の外に出て行ってしまった。
いつもみたいに、ママのお腹の上で一眠りしたかったのに……。
仕方が無いので、毛繕いをしているお姉ちゃんの所にトコトコと歩いて行く。
今世の身体が優秀なのか、前世の記憶があるからか――生まれて半年ぐらいで、わたしは普通に歩くことが出来た。
もっとも、他の兄姉達は既に駆けたりしているので、全然、ドヤって出来ない。
わたしが近づいてくるのに気づいて、お姉ちゃんは優しい目をしながら向かい入れてくれる。
お姉ちゃん、優しい!
わたしはお姉ちゃんの柔らかくて温かい背中に乗ると、ギュッと抱きしめる。
幸せぇ~
そんな風にうとうとしていると、洞窟の入り口から何かが入ってくる気配がした。
顔を上げると、ママが帰って来た所だった。
その口には、何やら巨大な鹿みたいなのを持っていて、その首を咥えているから鹿の巨大な体がブランブランしている。
え? 何?
ポカンとしているわたしを尻目に、ママは鹿を下ろすと『がぅ!』と吠えて皆を集合させる。
わたしを乗せたお姉ちゃんが立ち上がると、多分わたしを落とさないよう慎重に歩いて行く。
お兄ちゃん達が洞窟の奥から駆けてきた。
ママが鹿の腹に噛みつき、引き裂いた!
内臓がドロリとこぼれ出てきて、わたしは思わず顔をしかめた。
グロい!
グロいよ!
生臭い悪臭とその光景に、わたしは思わずお姉ちゃんの背中に顔を埋めた。
吐きそう!
本当に吐きそう!
背中をポンポンと叩かれた。
見上げると、ママが優しげに見下ろしてきた。
そして、白いモクモクでわたしを地面に下ろすと『がぅ!』と吠えた。
何となく、『遠慮無く、お食べなさい』と言っているように見える。
周りのお兄ちゃん達にも同様に吠える。
すると、集まっていた皆が鹿をガツガツと食べ始めた。
え、えぇ~これを食べるの……。
だけど、考えてみたら当たり前のことだった。
いつまでもおっぱいを飲んで生きていく訳がない。
フェンリルという種族に育てられているんだから、獲物を食べることになるのだ。
いずれは、これを食べなくてはならない……。
とはいえ、生臭いのでちょっと遠慮したいのも本音だ。
……木の実とか果物とか取ってきてくれないかな?
何てモタモタしていると、何を思ったのか、ママが獲物に噛みつき肉を引きちぎる。
そして、クチャクチャと咀嚼し始めた。
ん?
お腹が減ったのかな?
そんな風に見上げていると、ママは突然、口の中のものをわたしの目の前に吐き出した。
肉と唾液が混じったそれを見て――わたしはたまらず「オエェ~!」と嘔吐してしまった。
もう、涙をボロボロ出しながら、胃の奥の奥まで空っぽにする勢いで吐いた。
『がぅ!?
がぅ!?』
頭ん中は何だか冷めていて、慌てふためくママに申し訳ないなぁ~なんて思いながら吐いた。
すると、ママは慌てて『がぅがぅ!』と言いながら、外に出て行ってしまった。
虚ろな目でそれを見送っていると、お兄ちゃん達が心配そうな鳴き声を上げながら、そばに近寄ってきてくれる。
その口の周りは真っ赤に染まっていた。
しかも、その口から出た舌で、顔を舐められた。
途端、視界が真っ白になった。
冷たいものが顔に押しつけられた。
目をゆっくり開くと、わたしをのぞき込む女の人の顔が見えた。
え?
誰?
しかもわたし、その人に抱っこされているようだった。
「――」
銀髪のその人は何か言ったみたいだけど、何を言っているか分からない。
人間の言葉――なのかな?
ぼーっとする頭のまま、そんなことを考えていると、隣から『がぅ』と声が聞こえてきた。
ママだった。
ママが心配そうにこちらをのぞき込んでいた。
訳もなく、涙がこぼれてきた。
ママぁ~ママぁ~
わたしは起き上がると、ママの顔までフラフラしながら歩き、ギュッと抱きついた。
ママも頬ずりをしてくれる。
しばらくすると、ママは体から白いモクモクを出した。
何するんだろう?
そして、その鍋のそこから水が溢れてきて、八分目まで水がたまる。
え?
どういうこと?
わたしが目を丸くさせていると、その水がグツグツ沸騰し始めた。
そこに新たに生み出した白いモクモクが、ママの近くにある袋から取り出した野菜やら調味料(?)などを入れていった。
凄い!
白いモクモクって掴むだけでなく、こんなことも出来るんだ!
感動していると、銀髪の女の人が木製らしき器と匙を袋から取り出した。
そして、白いモクモクの鍋から出来たスープを匙で器によそい始める。
それを、ママが白いモクモクで受け取ると、わたしの口元に持ってくる。
銀髪の女の人がそれを止めて、熱を冷ますように匙に息を吹きかける。
あ、銀髪の人、耳が尖っている。
ひょっとして、エルフさんかな?
そんなことを思っていると、匙がわたしの口元に運ばれてくる。
わたしが恐る恐る口を付けると、美味しい!
それに、体が温まる!
思わず顔がほころんでいたのだろう、それを見ていたママとエルフのお姉さんの表情も安堵したように柔らかくなった。
――
ママやお兄ちゃん達と暮らすようになって、五年ほどたった。
冬が五回来て、去って行ったから多分、あっているはず。
初めの頃は『がぅ!』としか聞こえなかったけど、どうやら、フェンリル語(?)を話していたようで、最近ようやく聞き取れるようになってきた。
今も、ママの胸にへばりついているわたしに対して、『がぅがう!』と言っているが、それは『わたしの小さい娘!』と呼びかけているのだ。
『なぁ~に?
ママぁ~』
ぬくぬくモフモフのママの胸から少し顔を上げると、ママが優しげな目でこちらを見ている。
因みに”小さい娘”はわたしで、”大きい娘”はお姉ちゃんのことを指す。
『あなたは狩りに行かなくて良いの?
もうそろそろ、自分で獲物ぐらい獲ってこれるでしょう?』
『え~無理だよぉ~』
わたしはママの毛の中に顔を突っ込んで、グリグリとする。
春の柔らかな日差しとママの温かな毛に包まれて……幸せぇ~
それにしても、冬が五回来たと言うことは、多分だけどわたしの年齢は五歳である。
五歳児を捕まえて、巨大な熊やら鳥やら蛇やら……。
挙げ句の果てに、リアルドラゴンやらがいる狩り場に向かわせないで欲しい。
そりゃあ、お兄ちゃん達も推定五歳児だけど、既にマイクロバスぐらいの大きさで、大きいお兄ちゃんなんて、既に
時々、上のお兄ちゃんなんかが、じゃれ合おうとしてくるんだけど、お兄ちゃん、滅茶苦茶手加減をしてくれているにも関わらず、毎回本当に命がけになっちゃうぐらいなんだから。
ママの娘だけど、ただの人間の幼女にそりゃ、無茶というものだと思うなぁ。
『大丈夫、あなたならやれるわ』なんてママは言うけれど、いくら何でも、期待過剰すぎる。
狩るどころか、攻撃しても弱すぎて気づかれない可能性すらある。
それに、ママにくっついているのはこんなに幸せなのだ。
それを手放してまで狩りがしたいとは思えない。
お兄ちゃん達は嬉々として駆けだしていったけどね。
そんなことを、うつらうつらしながら考えていると、後ろから「お~い」という女の人の声が聞こえてきた。
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