フェンリル生活2

 振り返ると、エルフのお姉さんがニコニコしながら歩いてきた。

 銀髪の長い髪が腰まで流れ、切れ長でちょっと垂れ気味な目が柔らかに緩まっている。


 このエルフのお姉さんには何かとお世話になっている。


 ママにとって理解不能な人間のわたしを育てる上で、よく相談をしているのがこの人だ。

 服とか石けんなどの、人間として必要なものも用意してくれた。

 今、わたしが着ている膝丈ワンピース(スカートの中にズボンあり)もエルフのお姉さんが準備してくれた。

 わたしはママから離れると、笑顔でエルフのお姉さんに抱きつく。

 柔らかで温かな中に、草や木の香りが鼻をくすぐった。

「こんにちは!

 元気だった?」

「ええ、元気よ!

 小さい娘も元気だった?」

「うん!」

 因みに今話しているのは人の言葉だ。

 エルフのお姉さんもフェンリルの言葉を話せるが、今後の為にとこの地域の人が共通で使用している言葉を、何かあった時にと教えて貰っている。

 前世では外国語の授業が苦手だったわたしだけど、今世の頭が良いのか、それとも前の世界でそれなりに頑張った勉強のたまものかは分からないけど、五歳児にして既に、フェンリル語と人間の言葉のバイリンガルと自慢できるぐらいには話せるようになっていた。

 思えば、歩くのも走るのも普通の人間より早くできるような気がするから、ひょっとして、わたしの血は優秀なのかも知れない。

 おそらくは、イカレた父親ではなく、わたしに無関心だった母親の方だろう。

 かなりお金持ちっぽかったし。


 ……今思うと、あの父親はわたしの事が怖かったのかも知れない。


 わたしは自身のおかっぱな感じに切りそろえられた前髪を摘まむ。

 その色は真っ白だ。

 優秀な血統で、人とは違う白い髪の毛――普通の親ならともかく、あの頭おかしい感じの父親なら恐怖して排除しようとするかも知れない。

 母親の髪は、よく見えなかったけど金髪だった気がするから、なおも異質に見えた――そうも考えられるなぁ。


 何てことを思っていると、後ろからわたしを抱えるように大きな前足が伸びてきた。

 見上げると、大きいお兄ちゃんがエルフのお姉さんを不機嫌そうに見ている。

 大きいお兄ちゃんは、エルフのお姉さんがわたしを連れて行ってしまうんじゃないかって、いつも警戒している。

 その辺りを分かっているので、エルフのお姉さんはいつも困ったように眉を寄せている。


 遊びに出かけるのならともかく、わたしはママ達から離れて暮らす気はないので、杞憂なんだけどね。


 わたしは、お兄ちゃんのモフモフした足に抱きつきながら訊ねる。

『お兄ちゃん、何か狩れた?』

『……ああ、狩ってきたぞ!』

 エルフのお姉さんから視線を外すと、大きいお兄ちゃんはわたしに微笑みかける。

 そして、体を少しずらした。

『わぁ~鶏蛇君だ!

 五羽もいる!』

 鶏蛇君は大きくて黄色い羽毛の雄の鶏に、蛇の尻尾を持った魔獣だ。


 エルフのお姉さんはコカトリスと呼んでいた。


 このコカトリス鶏蛇君は焼くと皮はパリッと、お肉は旨味の溢れた肉汁がいっぱいで、最高に美味しいのだ!

 初めはわたしのみがママが焼いてくれた物を食べていたんだけど、興味深げに見ていた大きいお兄ちゃんが欲しいと言い始め、今では皆、焼き鳥蛇君が好物になっていた。

 実はコカトリス鶏蛇君は鳥の部分より、蛇の部分がちょっとピリっとして美味しいんだけど、エルフのお姉さんから「毒だから!」と厳しく禁止されている。

 食べて平気だったから、仮に毒でも弱いと思うんだけどなぁ。

 まあ、エルフのお姉さん、怒ると怖いから大人しく言うことを聞くけどね。

 わたしとお兄ちゃんがそんなことを話していると、ママがエルフのお姉さんに話しかけた。

『で?

 あなたは何をしに来たの?』

「ちょっと、育てて欲しい物があって」

 育てて欲しい?

 少し気になって、ママとエルフのお姉さんを注視する。

 エルフのお姉さんはこぶし大の袋を開くと、中の物を取りだした。


 薄茶色い種だった。


 エルフのお姉さんはそれを、無造作に落とした。

 土の地面とはいえ、洞窟のすぐ前なので、わたし達に踏み固められた場所だ。

 そんな所に種を蒔いても育たないと思うんだけど……。

 いや、それ以前にフェンリルママに農業って、最強たるママには不釣り合いな気がするんだけど……。

 などと思っていると、ママは『仕方が無いわね』と言いつつ、白いモクモクを発現させると、その先を種の上に被せた。

『え!?

 嘘!?』

 白いモクモクに被さった種が発芽して、みるみる育っていってる!

 そればかりか、緑色の丸い実まで付け始めた!

 これ、メロンだよね!?

 え!? どういうこと!?

 驚愕するわたしの前で、エルフのお姉さんは実の一つを蔓から切り取り「時々、これが食べたくなるのよね」などと嬉しそうにする。

 わたしは興奮が抑えられないまま、ママに尋ねる。

『ママ!

 今の何!?

 どうやったの!?』

 そんなわたしに、ママは優しく目を細める。

『傷を癒す魔法は以前、教えたでしょう?

 それを応用すれば、植物を成長させることも出来るの』

『すごぉ~い!

 ママ、すごぉ~い!』

 わたしの賞賛に、ママは少し、嬉しそうに口元を弛める。

『フフフ、そう?

 でも、小さい娘も近い将来、出来るようになるわよ』

『え!?

 本当に!?』

『ええ、あなたはどうやら、わたしに近い魔力の色を持っているようだから』

 ママが言うには、魔力は人(フェンリル)によって色が違い、わたしはママと同じ白色との事だった。

 血のつながってないママと同じと言われて、何だか凄く嬉しくなって、ママにぎゅっと抱きついた。


 ママ、凄く温かい!


 すると、エルフのお姉さんが声をかけてきた。

「小さい娘、ほら食べてみる?」

 振り向くと、エルフのお姉さんがメロンをナイフで半分にしていた。

 そして、それをわたしの方に差し出してくれる。

 果汁がメロンの緑色の皮からお姉さんの手に伝い、地面にポトリポトリと落ちている。

 ああ、勿体ない!

 わたしは「ありがとう!」と言いつつ、それを受け取る。

 そして、メロンの中心部分の黄色みかかった果実にかぶりついた。

『うまぁ!

 うま甘ぁぁぁ!』

 思わず、ワォ~ンと声を上げてしまった!

 口の中で濃厚な甘みが溢れて、体がぶるりと震えた。

 幸せぇ~ともう一口食べようとすると、そこに大きい顔が割り込んできた。

 驚いている間に顔は離れていったのだが手の中にあったメロンが消え失せていた!

 は、はぁ!?

 視線を顔の持ち主であろう者に視線を向けると、わたしのお姉ちゃんがうっとりとした顔でフェンリルの巨大な口をモグモグやっていた。

『ちょぉぉぉ!』

 わたしは慌ててそれに飛びつく。

 そして、顔に張り付くと、その大きな口をなんとかこじ開けようとした。

『ちょっとぉぉぉ!

 わたしのメロン、返してよぉぉぉ!』

 だけど、甘い物が大好きなお姉ちゃんは開けてたまるかとと言うように、口を噛みしめながら首を振ってわたしを振り放そうとする。

『開けてぉぉぉ!

 返してぇぇぇ!』

『ゴグ(やだ)!

 グッググググ(絶対やだ)!』

『返せぇぇぇ!』

 などと叫びながら、微かにだがお姉ちゃんの口をこじ開けられて来た所、突然、腰に何かが巻かれたと同時に後ろに引っ張られた。

『あぁぁぁ!』

 宙に持ち上げられたのと、お姉ちゃんがゴックンとメロンを飲み込んだのは同時だった。

『うわぁぁぁ!

 お姉ちゃんが、わたしのメロン食べたぁぁぁ!』

 もう悔しくて悔しくて、涙をボロボロこぼしていると、後ろからママの呆れた声が聞こえてきた。

『小さい娘、まだまだ沢山あるし、何だったら育ててあげるから、そんな事で喚くのは止めなさい』

『だってぇ……』

『だってじゃないわよ』

 後ろを向くと、ママが呆れたように目を細めて苦笑していた。

 そんな表情を見ると、流石にちょっと恥ずかしかったかとうなだれてしまう。

 視線が下がり、腰から白いモクモクがするりと外れていくのが見えた。

 わたしをお姉ちゃんから引き離したのは、ママだったのか。

 そこに、大きいお兄ちゃんが声をかけてきた。

『小さい妹、そんなに食べたいなら、俺の分もやろう!』

『え!?

 本当!?』

 顔を上げると、大きいお兄ちゃんがニッコリ微笑みながら頷いて見せた。

『甘い物はさほど好きでは無いから、構わないぞ』

『わぁぁぁい!』

 わたしは、大きいお兄ちゃんの胸に飛び込んだ。

 お兄ちゃんもモフモフ温かくて好き!

 お姉ちゃんが『わたしも妹なのにくれないの?』などと言っているけど『お前は小さい妹のを取っただろう』と当然のように却下してくれた。

 すると、後ろから引っ張られる。

 ?

 振り向くと小さいお兄ちゃん――と言っても、大きいお兄ちゃんと大して差は無い――が大きな口で器用にわたしの服を引っ張っていた。

『小さい妹、兄さんだけでなく、僕にも甘えてよ』

 しょうが無いなぁ~

 わたしは一旦地面に下りると、小さいお兄ちゃんにも飛びついた。


 小さいお兄ちゃんも、モフモフして好き!

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