中編 つながり

 妹にディートリンデさんが作った薬を渡した。当然のごとく妹は南の魔女が作ったと勘違いしていたけれど、あえて何も言わずにいた。


 薬の効果は覿面てきめんで、ガラガラの喉も咳もすぐに改善が見られた。


 おかげで妹は一週間もたたないうちに風邪を完治させることができたのだった。


 北の魔女は間違いなく腕もいいことが証明された。


 私は街中に躍り出て、北の魔女がいかにすごいか自慢したい気分だったけど、今日も街は南の魔女の評判が流れている。


 なんでも、南の魔女は歌も上手いらしい。魔力のこもった魔女の歌には癒し効果もあるとかないとか。あまりに歌も人気すぎて、今度街に歌を歌いに来ることになったそうだ。


 けれども私としては北の魔女、ディートリンデさんを推していきたい。


 私は妹が治ったお礼を伝えるという理由をつけて、北の森へと向かった。


 相変わらず鬱蒼とした森を足取りも軽く進み、以前来た蔦に覆われた煉瓦作りの屋敷までやって来た。


 庭にある薔薇の生け垣には白と赤の蕾がついていた。


 ドアノッカーで扉を叩くと、すぐにディートリンデさんが姿を現した。今日も真っ白で無機質な仮面をつけている。


「あら、あなたは先日風邪薬を頼みに来た方ね」


「覚えていてくれたんですか?」


 そのことがとても嬉しくて、私は体中の血が沸き立つような気分になる。


「ここに来るお客さんは限られているから。ご家族の風邪はまだ良くなってないのね」


「いえ、妹の風邪はディートリンデさんの薬でしっかり回復しましたよ! それはもうすごくよく効きましたから、妹もすっかり元気です!」


「それならどうしてここへ?」


「ディートリンデさんにお礼を伝えたくて」


「そんなことでわざわざ? お代はいただいているし、会ってまで伝えなくてもいいのに。ふふ、貴女やっぱり変わってるわね」


「そうでしょうか?」


「そうよ。そんな人、滅多にいないもの。何十年ぶりかしらね。せっかく来てくれたのだから、どうぞ入って」


 私はディートリンデさんに促されて、先日の応接室に通された。


 ソファーに座ると、ディートリンデさんは「ちょっと待ってて」と言って部屋から姿を消した。


 私は改めて室内を見る。掃除の行き届いたきれいな部屋、凝った意匠の家具、まるで生きているかのような美しい少女の肖像画。


 一際目を惹くのは肖像画だろう。少し荒い筆致で描かれているのにもかかわらず、少女の美しさはよく伝わってくる。人を見守る心優しい天使のようでもあるし、だれかれ構わず誑かす悪魔のようでもある。まさにそれは魔女という言葉に相応しい少女だった。


 しばらくしてディートリンデさんはお盆にお茶とケーキを乗せて戻って来た。


「大したものはないけれど、よかったら召し上がって。このベリータルトは昨日作ったばかりなの」


「ディートリンデさんが作ったんですか?」


「ええ。料理は魔女の基礎だから、ケーキ作りはよくするの」


 私はパティシエが作ったような完璧なケーキに目を奪われる。


 しかし、お茶もケーキも一つしかない。


「ディートリンデさんの分はないんですか」


「⋯⋯⋯、私はいいのよ。もしかして毒が入ってるなんて思わせてしまったかしら」


「そんなことは全然思ってませんけど、どうせならディートリンデさんと一緒にお茶を楽しみたかったなって⋯⋯」


「貴女、本当に変わった人ね」


 ディートリンデさんが声を出して笑う。


 その笑い方も品があり、人の良さが滲み出ていて、素顔は見えなくても、この人はとても魅力的だと、私は肌で感じていた。


 私はもっとディートリンデさんについて知りたくなっている。


「ディートリンデさんはいつからここの森に住んでいるんですか?」


 私は紅茶を片手にたずねる。


「さぁ、どれくらいかしらね。少なくとも貴女が生まれる前からここに住んでるのは確かよ」


「ここに住もうと思った理由ってあるんですか?」


「カサンドラさん⋯⋯、先代の北の魔女に弟子入りしたからよ。この森は薔薇がよく育つの。薔薇は魔女にとって大切な植物の一つだから⋯⋯。薔薇の天国のような森があって、そこに魔女がいると聞いてね。カサンドラさんに会って初日で弟子入り志願したの。それがきっかけね」


「ここって薔薇の聖地みたいな場所なんですか?」


「ええ。そうよ。色んな薔薇がよく育つの。家の庭にも薔薇の生け垣があるでしょう」


「はい。そろそろ咲きそうですよね。薔薇の蕾見ましたよ」


「あの薔薇で香水を作るととても香りがいいの。癒し効果も高いし、昔は買いに来る人もいたけれど、最近は街の人はみんな南の魔女に夢中だから⋯⋯」


 ディートリンデさんは寂しそうに俯く。


 街で魔女と言えば南の魔女が今は当たり前になっている。


「私はその、ディートリンデさんが作った薔薇の香水がほしいです。時季になったら、絶対に買いに来ますよ!」


「ありがとう。貴女は優しいのね」


「私は北の魔女のファンですから!」


「ファン⋯⋯?」


「はい! ファンになりました!」


「本当に変わってる人。何だか昔を思い出すわ。いたのよ、昔ね貴女みたいな変わった人が」


「私みたいにその人もディートリンデさんのファンだったってことですか?」


「ふふふ、どうかしらね」


 腕も立って、雰囲気も素敵なこの人はきっと昔から人を惹きつけていたのだろう。


「ディートリンデさんは街には来ないんですか? 今度街に南の魔女が歌いに来るんですよ」


「南の魔女は本当に人気なのね。私みたいな若くもない魔女が来ても街の人は楽しくないんじゃないかしら」


「そんなことはないと思います。私はディートリンデさんと話していて楽しいですから!」


 自分でもどうしてかははっきり分からない。でもこの人と話していると、わくわくしている。ディートリンデさんのことを知りたい、もっと話したいと切望している。


「貴女って面白いわね。そう言えば名前を聞いてなかった。貴女の名前は何と言うの?」


「私ですか? 私の名前はアレクシアです」


「アレクシア⋯⋯」


 何だか私が名乗ったら、ディートリンデさんは驚いたように私を見ている。その表情は仮面に隠れて見えないけれど、さっきとは雰囲気が変わったように感じた。


「そう、アレクシアというのね。ところでアレクシア、貴女のひいおばあさんの名前はニコラではないかしら?」


 突然亡くなった曾祖母の名前に今度は私が驚く。


「そうです、確かにニコラですけど⋯⋯。私が生まれる前に亡くなったから名前くらいしか知らないんです⋯⋯。もしかしてディートリンデさん、曾祖母に会ったことがあるんですか!?」


「ええ、カサンドラさんの弟子になったばかりの頃にね。懐かしいわ。顔はニコラとは似てないけど、言うことがまるでニコラなのよ、貴女」


「さっき話した私みたいな人って、私の曾祖母のことですか?」


「そう。ニコラのこと。まさかニコラのひ孫に会えるとは思わなかった」


 何だか壮大な話になってきた。魔女が人よりずっと長生きなのは知っていたけど、まさかディートリンデさんと曾祖母が面識あったなんて、予想外だ。


「私の曾祖母もディートリンデさんのファンだったなんて、運命的ですね」


「そうね⋯⋯。何だか過去に戻ったみたいで懐かしい気持ちになったわ」


 思わぬところで私とディートリンデさんに繋がりがあることが分かったのは、いい収穫だった。







 

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