第43話 表にはでない負の歴史

ヨハンは唐突に話を振られたにも関わらず、

驚く様子もなく劇中で自分の出番を待っていた演者の様に、一礼すると物語のナレーションを語る様に端正であまり特徴のない口調で語りはじめた。



「私が今からお話しするのは、

代々我が一族に伝えられた物語です。

あなた方が知っている表立った歴史とは少し違う観点で伝えられた、所謂表には出ない負の歴史です。」


と前置きをして一息ついた。


「ハーデース様の言われた通り、『ラマ』はそうして冥界にいざなわれたわけですがね、それは怨みつらみを抱えたのではなく、人の負を受け入れた事によって訪れた反動のようなものです。


『ラマ』は思いました。

自分の犠牲でこの世界が幸せになるなら、

それに『リディア』さえ幸せになれるなら……

リディアという方はご存知ですよね?

AZUL国の初代の王妃様ですよ。


そのリディアには悲しい思いをさせてしまったが、きっとAZULが支えてくれるだろう……

とね。


『ラマ』は彼らの幸せを願い冥界からずっと二人を見守りました。


けれども『冥』の待つ力は絶大だった。

負のエネルギーは純粋な心をも腐食させてしまう。


AZULとリディアが幸せになるのを見ているうちに、ラマの心は嫉妬へと変わっていった。


だって仕方がないですよね。


何の因果か知らないが自分は世の中の多くの負を受け止めて『冥』に我が身を捧げたというのにこの二人は……

不幸なふりをして幸せを手にいれているのだから。それはあまりにも不公平ではないですか……。


そうして『ラマ』は本当の意味で闇に堕ちたわけですよ。


自分はもう十分に役目は果たして来た。

今度は光を浴びて来た奴らが、

闇に堕ちる番だとね。」


ヨハンは悲しみに満ちた目で遠くを眺めながらそう語った。


「何故私がその様な話をするかとお思いでしょうか?……いやむしろもうお気づきかもしれませんね……。


私の名前は

『ヨハン・シュトラビウス・

つまりラマは私の祖なのです。」



そこまで言うと先程までの語り部の口調から晴天の霹靂の如く態度が一転した。

そしてひどく感情を露わにした様子で、

端正であまり特徴のない掴みにくい声から

ドスのきいた煽る様な声でこう言った。


「私は……我が一族は生まれながらにして『ラマ』の呪いを果たす事を宿命として生きてきた。だからこそAZULの一族に一矢報いるまでは我が一族の……いや『ラマ』の呪は終わらいんだよ。この気持ちがお前にわかるか?AZUL国第二皇子アルベルト・アズール?」



アルベルトは返す言葉がみつからなかった。

自分が正義と信じ、生きる糧にしてきた事はいったいなんだったというのだ。

この島の皆がたたえてきた竜人の英雄

『ラマ』

そのラマが抱えた『冥』は

AZUL家への呪いだった。


果たしてヴァーミリオンの欠片を受け止めたのが、逆に自分の祖であるAZULだったとしたら、やはり同じ運命を辿ったのであろうか?

いやそもそも人間には『冥』を受け止める器はないのだからあり得ない話だが……。



苦悶の表情を浮かべるアルベルトをうすら笑いで見るハーデース。


「そんな顔するんじゃないよアルベルト。

どんな歴史にも自分には関わらない所は極めて不透明だ。


『表には出ない負の歴史』


陽のあたる場所で過ごしてきた者には、

陰に潜んでいることなど理解できないんだよ。



人間や竜人に感情というものが存在する以上、これはもう避けられない話じゃないか。盛大に争って白黒つけたらいいじゃないか。まーこの話はね、これで終わりじゃないがね。その感情てやつがいくつもこじれて拗れて捻じ曲がって一つの糸を紡いでいるのだからね。」



「どういう事だ?」



「どういう事も何も忘れてしまったのかい?

お前が知りたかったのは『メイクウ』のことじゃないのかい?」



「あっ……。」



「あっじゃないよ……全く。結局みんなそうさ、自分の事で目一杯になると他の事なんてないがしろになるのさ。それでどうするんだい?聞く気がないならやめてもいいんだよ。」



と少し苛立ちをみせながらそう言った。

それを見ながら少し慌てて、



「いや、聞きたい。聞かせて欲しい。」


と少し弱気に懇願した。


その様子を見ながら鼻でフフと少し笑って


「やっぱりやめておくよ。」


とカップに入った冷めたブラックティーをズズズと音を立てて飲み干してそう言った。


「お前はお前の事で精一杯だろう?」


と言いながら気味の悪い笑みをうかべて、

人差し指を立ててクイクイと動かして、

ヨハンを呼び寄せた。



「おいアルベルト!!それで良いのかよ?

何やってんだよ。」


とチャウに詰め寄られてもどうしてよいかわからなかった。



「本当にね……男って奴はどの人種も女々しくて仕方がない。」


と呆れた様子で見下す。


「ヨハンとりあえず『ラマ』の町の統率はお前に任すよ。私はこの部屋に残るよ。まだまだやるべき事があるからね。」



「かしこまりました。」



そう言いながら素早くそして丁寧にテーブルのティーカップを下げてワゴンの上を片付けた。そして綺麗に拭き残しなくテーブルを拭きあげると、指をパチリとならして、どういう仕組みか知らないが手品でもしたように、ワゴンを消し去った。

それから、いつのまにか待っていた杖をハーデースに差し出し自らは姿勢を正して、一礼をすると足早に部屋を去っていった。



「さーどうするアルベルト?メイクウ奪回の為に私と戦かって無理矢理でも吐かせるかいい?まーその様子じゃ戦意もなさそうだけどね。


今のお前たちの存在を消すことなんて造作もない事だよ。

まー私としてはそんなつまらない事はしたくないけどね。ひひひひっ……。」


と不気味に笑いながら、自分の身長より大きな杖を床にドンと一突きすると部屋の空間が歪んだような目眩がした。途端に激しい頭痛と嘔吐がしてきた。


「感じるだろう?これが冥の重みさ。結局自分よがりの正義なんて弱いものだね。そんなちっぽけな器で冥より出でし物は受け止められないね。せいぜい落ち込んで、イジケテ、その虫女にでも慰めてもらうんだね。」


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