第40話 片鱗

「私が全指揮をですか?」


顔色ひとつ変えずにヨハンがそう言った。

相変わらず愛想のない竜人おとこだと、

思わず苦笑いする。



「あー今話した通り私は戦う理由を見失ってしまった。かといって冥竜王様の戦いを止める理由もないからね。それでこの隊の指揮をヨハン、お前に任せたいんだ。」



「メイクウ様はこれからどうされるのですか?」



「私はこれから自分の為に生きる事にするの。」



「自分の為とは?」



「うん。具体的には言えないけどね。言ってもあなたには理解できないだろうからね。」



ヨハンの表情が一瞬強張った気がした。

頭の良い竜人おとこだ、わたしのその言い方が癇に障ったのかもしれない。ヨハンは軍師としては最適な男だ。頭はきれるし、あまり感情も表に出さない(まー時々私の前では女々しい姿も見せるけど……。)それ故に敵にまわすのは厄介だ。しかしだからといって仲間になって一緒に……とは思わなかった。



トントンと扉を叩く音。

でもこちらの返事は待たずにガチャリと扉が開く。やっぱりチャウだ。


「メイ。準備ができたわ。」


「わかった。もう行くよ。」


とチャウに伝えるともう一度ヨハンの方を向き直して、


「受けてくれるか?」



するとヨハンは今まで見た事のない、

不気味なほどの笑顔で、


「もちろんですとも。メイクウ様はどうぞ新しき人生をお送りください。」


と素直に?受け入れたのだ。



「あー恩にきるよ。冥竜王様には近々私から伝えるよ。それから……、」



「いえ。私から伝えておきますよ。それにそれぞれの部隊長にも私が直接伝えます。だからどうぞお気になさらずに。」


と自分の言葉に被せて話をまとめ上げた。

それが素直といよりも威圧的にも感じ、

表情がまだ口角の上がった気味の悪い笑顔である事に背筋が少しヒヤリとした。


「そうか。わかった。では頼んだよ……チャウ行こう。」



「うん。」


と二人で扉の外にでた。



「ふー…。」

と思わずため息が漏れた。


「なんなのあいつ。気持ち悪……。」


「まー仕方がないよ。私の身勝手で動いているのだから……とはいえ、なんだか少し早くこの場を離れた良い気がするね。」



「わかるわ。あいつ気持ちの悪い顔をしてた。なんかこう……蛇に睨まれた……そんな

気分ね。」



「ふふふ。チャウがいてくれて良かったよ。一人では……。」


一人では少し心細い。どうも壱与の感情を受けてから女である事を認めざるおえない気持ちになる。竜騎姫メイクウはこんなにも弱いただの人だったと思い知らされるのだ。


己の事を知らないという事は、

生きる事に対して自由である。

自分の限界を取り決めず、

向上心と好奇心のままに、

なりふり構わずすすんでいけるから。

けれどもその反面、

己の事を知らないという事は、

生きる事に対して不自由である。

いったい自分が何者なのか?

自分を受け入れてくれる者があるのか?

どのように生きるのが

いったい自分らしいのか?

足元を探りながら生きていかなければ

ならないのだから。


今私が知っているのは自分の片鱗に過ぎない。それにはまず龍騎姫メイクウというのがいったい何者であるかをあきらかにしなければならないだろう。



「メイ大丈夫?」


チャウがこちらを心配そうに覗き込んでいる。


「あーごめん。ボーっとしていた。大丈夫だよ。では呪いを解きに教会に向かおう。アルベルトは?」



「うん。今から呼びに行ってくる。」


「わかった先に教会で待つよ。」


そう言ってチャウの背中を見送る。

彼女が20メートル程の廊下を曲がり姿が見えなくなるのをしっかり見届けた後、ゆっくりと後ろ振り返った。


「それで何か用があるのかい?まだ何か話があるのかい?」


………。


。。。。。。


妙に静かに思えた。

それは心地のよい静寂ではなく、

小さな暗い部屋に一人閉じ込められたような、出口の無い迷宮に迷い込んだような、

何か光を失い闇の中でもがく、

心細くなるようなそうな静かさだった。


「アルベルト……なんか…なんというか、

怖いな……。」



「そうか」

いつも通りの抑揚のない返事



「相変わらず無愛想だな。お前本当に人間なの?」



「なんだそれは?強いのか?」



「話にならないな。」



トントントン

と扉を叩いてそのままガチャリと扉を開けた。



「メイ?連れてきたよ。」


自分の声だけがその虚しく建物に響き渡った。明かりは灯されず、天窓のステンドグラスからはいる陽のひかりだけで中は照らされていた。


ゆっくりと赤い絨毯を進み、その後ろからアルベルトがついてくる。神父が説教を語る為の机の前に立つ。そこに一枚の紙切れが置かれている。それに手をかけ……。


「ん…?」



別の部屋からゆっくりと誰かがでてくる。

「待ってましたよ。」



そこには見るからに由緒のありそうな、

神々しい黒光りした布に朱を散りばめたあやかしいローブを身に纏った老婦がそこに立っていた。老婦は深くフードをかぶり、自分の身の丈よりも高い大きな禍々しい杖をついていたが、その割に背筋はピンと伸びていた。顔つきは良く見えないが、威厳的な落ち着きを待つその声は男性的ではなく、慈悲深くもあり、そして厳しい声にも聞こえる。己の送ってきた人生感が滲み出ているにも関わらず、それを冷静さで包み込んでいるそんな様子だった。



「い……ったい誰なの?」


あまりのオーラの強さについどもってしまう。

それはもうチャウには恐怖でしかなかった。

初めてメイクウと会った時とは違う、

冷徹で、しかし燃え上がるような、黒炎を思わすようなその目は、寒気で火傷しそうな不快感を感じずにはいられなかったからだ。



「私が誰かって?」

とゆっくりと話す声がまた妙に貴婦人的で優しく……それはまるで怒りを押し殺して冷静さを保つ時の声の様に思えて……恐ろしい。



「私は冥竜の星、ヴァーミリオンの女王

『ハーデース』というんだ。冥竜王なんて呼ぶ者もあるがね。どうぞお見知りおきを。さてお嬢さん。それにそちらの騎士君、少し私の話に付き合ってくれないかい?どうやら大事な娘がお世話になったみたいだからね。」


そう言って杖を高く上げた。


すると部屋の奥から見覚えのある男が、

ティーポットの乗ったワゴンを押して来た。








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