第35話 月になりたい太陽

今日がいったいいつだったのか?

そんな事ばかり考えていた。

代々受け継がれるを司る力……

それは壱与にとっては、

誇りでありまがいでもあった。

ただ陽始ひのもとの一族に生まれた

というだけで、先代の様に世界に目を向ける大きな力など壱与にとっては負担でしかなかったからだ。

輝ける物の陰で、自分の祖が陽に纏わるという誇りを得ながら、いざ自分が表舞台に立つとなると、皆が安息できる世界を一人で抱えたようなそんな気持ちにさせるからだ。


「私には全ての民に大いなるひかりを与えることなんてできないわ。私は一人一人の闇を照らす……そんなひかりでありたい。」


大きな部屋の小さな呪術陣の中で、

毎日そんな事を願うのだ。

けれどもこの薄暗い一つの部屋の中にいる様に、みんなが陽の光を感じられなくなったら、いったいこの世界はどうなるのだろうか?陽が昇ることのない暗黒の世界で1日の始まりと1日の終わりをどう判断するするのだろうか?1日という物語のくぎりを、時という概念をどのように受け止めればいいのだろうか?



私は月になりたいけれど、

陽を失った空に明日はない。

あくる日はむかえられないのだろう。



「壱与さま。」


世話役の長のばあが部屋に入って来た。


「トキマカセノミコト様が来られましたよ。お通ししてよろしいですか?」


「うん。ちょっと待って……。」

そわそわと自分の姿が気になり割れた八咫鏡を懸命に眺める。



「婆…私、昨日より老け込んでしまってないかしら?シワは?白髪は?肌艶は?どうしよう……。」


「壱与様……。お変わりないですよ本当に。だからどうか心落ち着かせてくださいませ。先程から胸の高鳴りが漏れ出しているようですよ。」



「そ……そんな事ないわよ。」



「ならばよいのですが……。」


婆はため息混じりの少し沈んだ声でそう言った後に、真剣な眼差しで壱与の表情をみつめた。


「壱与様どうかこの後に目に映る現実をしっかりと受け止めて、気を確かにお待ちくださいませ……。」



「どういうこと?」



婆の意味深な言葉に不快感と不安を感じざるおえなかった。どう考えても自分に都合の良い事が起きる気がしなかったからだ。

もしかしたら老化を止める魂はみつからず、

次の手立てもままならないのかもしれない。

もしかしたら私はずっとこの狭い部屋で一生を過ごし、外の世界はおろか……太陽を司る者のくせに、太陽の光は得られないかもしれない……もしくは人よりも数倍早い時の流れを受け入れなければならない……。

誰よりも早く老いて、

誰よりも早くこの世を去らなければならない……。

あわれだ。自分が哀れでしかたがない。

なぜ私はこの世に生を受けたのだろうか?

時の運命とは誠に残酷なものだ。


。。。。。。


〜数時間前 時の社〜



社の中で座禅を組んで瞑想する

トキマカセノミコト。


「ねえ。」


「どうしたんだい?」


「やはりあなた……少しづつ力が弱まっているわよね。」



「……そうだね。」


「それはやはり私を取り入れているからなのよね……。私を壱与様に継魂させたら、

あなたのその力は戻るの?」



「いや、もどらないだろう。」



「え?!」



「力が……というか生気は戻らない。私は力を使いすぎた故に星の待つ重圧に対抗する事が出来なくなってしまった。つまり老いに対する抵抗力を損なわれて……それはようするに年寄りが若返るなんて事は生命構造上無理だと思うんだ。だから不老不死なんてないし、我々時の神を司る時の一族だって、歴代の王たちだって役割を果たして朽ちていったわけだ。それが生命の理というものだろ。」



「それじゃーあまりにもあなたが報われないじゃない!?あなたは壱与様の老化を、止める為に生けるわたしを探して、

時の宙を巡ってきたんじゃないの?!」


「もちろんそうさ。けれども自分でもこの計画を遂行する時から薄々感じていたんだ。自分への負担が大きい事を。けれども主君を救う為ならば仕方がない……。」



「主君を救う為?!!そんな理由で自分の人生を棒に振るわけ?私にはまだ生きるという事がどういう事なのかわからないけれども、そんな理不尽な事あっていいの?」



「ふふふ……本当に君は人の気持ちのわかる魂だね……。良くはないさ、ただの主君ならばね……壱与様でなければ私もそこまで命をかけられたかわからないさ……。つまり……これは私の受け入れざる負えない罪なのかもしれない。」



「受け入れざる負えない罪?なんなのそれは?」



「妻子がありながら自分より一回りも若い、一国の君主女王に恋をしてしまったという罪さ……。」


定らない視線を遠くに向けながらそう言った。


「え?!」



「恋心という気持ちは情熱的でおごそかなものだよ。私の壱与様を愛おしく思う気持ちは、愚かにも止める事が出来ないのだ。けれどもそれは罪深く、あってはならない事だろう。太古伝わるの異国の神話ように……月の女神アルテミスに恋した巨人オリオンのようにね……。」



「……わかったわ。私は……いえあなたに関わる生けとしい生ける全ての者も、貴方の感情に干渉する事はできないでしょう。けれどもあなたはこの先どの様な末路を望んでいるの?」



「そうだね……。私はこの世界で彼女壱与と手を取り合う事はあきらめたんだよ。それはやはり利己的で、あまりにも自分勝手な事だからだ。私以外は誰も幸せにはならない。」


「それはそうだけど……。」



「あくまで君主に仕え、その為に我が人生を投じる。そうすれば妻と子息も恥をかく事はないだろう。」



「それもまた美談のようで自己犠牲の元に成り立つ話ね。」



「そうかも知れないね。けれども……。」



「けれども?」



「来世では一緒になりたい……。」



遠くを見つめる目から大きな大きな涙が、

ポロリと溢れた。一粒二粒……頭と心に留めていた感情が一粒の涙を皮切りに止めどなく溢れ出す。


ミソラはそれ以上何も言えなかった。


「君にこんな事話しても仕方がないね。むしろ悪い事をした。嫌な気分だろう?」



「ううん……堪えすぎよ。負の感情は吐き出さないと、心に留まるから貴方の本音が聞けて良かったわ。」


「なんだか君を娘の様に感じていたのに、

まさか慰められるとはね。」


精一杯笑ってみせた。


「それから無駄話はここまでだよ。継魂儀が完成して壱与様に取り込まれたら、おそらくもう君と個人的に話す事はないだろう。」



「なんだか寂しくなるわね……。」



「ミソラ…君のような魂に出会えて本当に良かったよ。壱与様の方をよろしく頼むよ。」



手のひらの青白い光から、あの魂の形状の中で出会った黒い服に赤いリボンの少女がこちらを見て微笑んだ気がした。


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