第32話 交錯する魂と2人の姫 ③時を繋ぐ糸



「ねー。ねー。ねーってば!!」


子供が寝ている親を起こす様に、彼女たましいは私の耳元で囁いた。

朦朧とする意識、全身から感じるひどい嫌怠感。理解している筈なのに、それを受け入れる事に少し時間が必要だった。


「帰ってきたか……。」


声にならない掠れた声でそう口に出すのが精一杯だった。


「ちょっと、大丈夫なの?あなたがしっかりとしてくれないと、私はこのまま消えてしまうのよ。」


そう言われて声の主を探して左手を眺める。

それから愛おしそう微笑みかけた。


「名前の事だけど……。」



「え?」



「『ミソラ』というのはどうだろうか?」


そう言いながら上半身をゆっくりと起こして大きく息を吸って口から少しづつ吐き出した。



「ミソラ?」


「うん。君とはこの大きな果てのない宙を繋いで出会う事が出来た。空というのは青いものだとばかり思っていたんだが、その空の果ては深くて暗くてそして美しいと感じたんだ。闇の中で光る無数の糸がこの世界のつながろうとする人の儚さと相重なってそれが妙に美しく思えたんだ。

だから君の名前は美しい宙の果てミソラにしたい。」




「なんか詩的で素敵ね。気に入ったわ。」


心なしか青白い光が少し明るいsky blueのような色に輝いて感じた。



「気に入ってもらえて良かったよ。さてと。いつまでもゆっくりしてはいられない。」



キシキシと軋んだ機械のような錆びついたような音をあげながら、関節を伸ばしたり縮めたりして、体を動かした。時間にしてみればきっと二日程の事だけどもう20年くらい経ったような体感があった。壱与の老化現象を止める為に少し無理をして時と空の行き来をしたおかげで、皮肉にもトキマカセの体が思いの外にダメージを受けていた。



「最初にしなければならないのは、ソフィアとの約束だな。」


ソフィアとの約束……AZULの民達から自分の存在と『ミソラ』の存在を無かった事にするという『時の改竄』をおこなわなければならない。そう思いながら懐から懐中時計をだす。


「あれ?あなたさっき、あの神官様にその懐中時計あげてなかった?」


「うん。けれども渡したのは精神体の私だからね、当然あの懐中時計も精神体の一部なのだよ。だからまー言ってみれば、今私が手に持っているのが本体でソフィアに渡したのはダミーのようなものだね。」



「じゃーあの神官様にあげた時計は消えてしまうんじゃないの?」


「いや。ソフィアに譲った時点であの時計はもう私の精神体ではない。彼女の所有物となったんだ。あの時計は彼女の魔力を吸い続ける。そしてあの世界で違う物として存在し続けるだろう。そして、それこそが時の改竄の鍵となるわけだ。」



懐中時計の鎖に念をおくる。


「何をするわけ?」


「紐付けさ。」


「紐付け?」


「君には話したかな?トキノ一族の力は時間を止めたり、戻したり、進めたり出来るわけではないんだ。」


時計が変形して縫い針の様な線の細い剣になる。


ほどき


そう唱えると無数の彩豊かな生糸がトキマカセの前に広がった。


「私の気質『時』は時の繋がりを担う事。

この糸はその時の繋がりなんだよ。」


その中から深い蒼色の糸を見つけ出して縫い針の剣の穴にサッと入れ込んだ。

それから朱色に輝く糸を見つけ出して、その糸に輪を作ったと思うと、縫い針の剣を使って朱の糸に蒼の糸を結びつけた。

また深く念じて唱える。


つむぎ


そうすると朱の糸と蒼の糸がきれいな一つの糸に繋がった。


「これで新しい糸を紡ぐ事が出来た。後は残っている糸を断ち切るだけ。」


そうして今度は懐中時計を裁ち鋏の様に変化させた。


ことわり



そして蒼い糸の先を断ち切った。


『バチン!!!』


糸を断ち切る音は絶望にも似たひどく不快な音だった。


『断』を使うのは初めてではなかった。

トキマカセの一族である以上、

相談者、祈願をする者、その時々に合わせた時の糸を断ち切り新しい糸へと結びつける。

それがトキの一族の宿命だと思ってさえいた。けれども自分に関わる糸を断ち切るのは初めてだった。



人の運命を左右するという事は、

それくらい重たい事なのだと改めて感じた。


「何が起きたの?」


「時の改竄だよ。」


「それはうまくいったの?」


「わからない。けれども懐中時計をソフィアに渡したのはこの為なんだ。時の糸は複雑だからどれがなんの糸なのかなんてわかりはしないんだ。その為に何かしら紐付けして、繋がりを紡ぐ必要があるんだ。しっかりと紐付けはできた。だからきっとうまくいったはずさ。それを証拠に改竄した事への嫌悪感を今凄く感じているもの。」



実世界に戻った時から心労のたまった顔だったけれど、それにも増して青ざめた顔をしている。もう立つのもやっとだけれど、この後なんとかして、人のいる村まで向かい、体を休めなかければならない。

でなければ次の手立てに進まない。

けれども体は限界だった。

その場で座り込むトキマカセノミコト。


「無理よ。少し休まないと……あなたは力を一度につかいすぎたんだわ。」


不覚だ…自分の力の無さを実感せざるを得ない。早く…一刻も早く壱与様にミソラの魂を転生させないと。そう思えば思うほどに力が入らない。


だんだんだんだん!!!



誰かが社の戸を叩いた。


「ちょっと誰か来たわよ。大丈夫なの?」


「なんなんだこんな時に……。」


だんだんだんだんだんだん!!!

 


「トキマカセ様!!私です。倭国一番隊長のスサノでございます。先程無数の流星がこの辺りに落ちた様ですがご無事でございますか?」



仲間だ。

そう思った急に気が抜けた。


「あースサノか……。」


バタン!!!


そのまま床に倒れ込んだ。

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