第30話 交錯する魂と2人の姫 ①運命への拒絶

祠の最奥にある禍々しく黒い石。

それを祀られた祭壇から強い力を感じた。

『継魂儀』には、それ相応の力が必要だ。

トキマカセノミコトは自身の持つ銀色の懐中時計に力を念じ杖へと変化させた。

明かりのない窟内を照らすのは相変わらず、

レオンハルト王がかけた魔法の光の泡だけだったが、その杖でまるで何ない空に絵を描くようにらサラサラサラと地面に五芒の星を書き、そこに時の針を描いた。


今までこんな大術を施した事はなかった。

頭の中に幾度となく読み込んだ術の生業を、

明確にイメージした。


「この呪術は当然ながら私も使うのは初めてです。その為に私は何度も何度も術の形を頭上で創造してきました。みなさま少しばかり…力を分けていただきますよ。」


そう言いながら一人一人の顔をよく見つめて暗黙の同意を得た。


「彷徨える魂よ。我が元へ。」


自分で描いた時の針を360°杖を使って回転させる。



天赦日てんしゃにち



継魂の呪文を唱えると薄暗い窟内が、

大いなる光に包まれた。

針を描いた杖に光の糸が張り詰め

時の針が光の矢となった。

トキマカセノミコトはその矢を放った。


矢を放ったはずのトキマカセノミコト。

けれども気がつけば矢と共に自分の魂も放たれている事に気がつく。


暗闇をずっと進む光の矢。

その間にいくつもの不確実な魂が、

自分の魂に纏わりついてきた。

けれどもその魂のどれもが希望の光とは程遠い腐蝕した匂いがした。むくろの様な死臭のする魂を振り払い、やがて今まで振り払ってきた魂とは明らかに違う大きな二つの魂に辿り着く。



。。。。。

「何故そんなところで寝ているの?」


と話しかけられて、

ふと我にかえる。


何も無い無機質な空間。

どうやら実体の無き世界へ迷い込んだ様だ。

それを証拠に手足の感覚が曖昧だ。

それでも横たわった実体のない体を

ゆっくりと起きあげる。

声の主を探す。


見ると1人の女の子が

私の方を覗き込んでいる?


真黒なワンピース姿で頭には赤いリボンつけている。5〜6歳くらいに見える幼い顔立ちだが、その瞳から強い意志が感じられ、

その手に持つ金色の杖からは、

その姿から想像もつかないような

強大な力を感じられた。


「君こそ何をしてるんだい?」


と質問をかえす。


「私はね、お迎えを待っているの。」


「お迎え?」


「うん。」


と気持ちの良い返事をすると、

散歩に行く前の犬のように、

私の周りを落ち着きなく

グルグルと回り始めた。


「上と下と二つの道があってね、私は本当は上に行くはずだったの。」


「はずだった?ではなぜ君は上?に行かなかったのかな?」


「だって彼女がね……あっ彼女っていうのは、うーんどう言ったらいいんだろうか……その……妹?なの。妹は下に私は上に行く運命さだめだった。だけど彼女は下の世界に行く事をひどく警戒して恐れていた。まだ見ぬ世界に不安を感じ、起きえない不幸を想像していたのね。

だからね、放っておけなかったのよ。それでね、各々が持つ運命の神器をしたのよ。それをわたしが提案した。」



なるほど王妃の腹痛の原因はおそらく運命への拒絶……かもしれないな。



うろうろと歩き回っていた少女はぴたりと足を止めて今度は視点が定まらぬ瞳で何か遠くを見つめているようだった。


「二つの種を育てるという事は全ては運命さだめのままに進まなければならないの。その一つでも手順が狂うと何もかもは上手く行かなくなる……。彼女の方は上手く進めたかしら?」



心なしか幼女の様な顔立ちが少し大人びて見えてきた。


「君は怖くないのかい?その…下の世界というところが。」



「それは…本当はそんな事考えだしたら私だって怖いわ。だから途方に暮れていたのよ……途方に暮れながら私を決断させる迎えに来るのを待っていたという次第よ。」


大人びて見えたのは顔立ちだけでは無い。

幼女の顔立ちが少女へそして青年へと容姿も変わっていく。その光景が老化していく壱与を思わせて少し切ない気持ちになる。

そして今やるべき事を再認識させる。


「きみを決断させるなにか?」



「そう。どうしてもやらなければならない事ってあるでしょう?でもなかなから自分では立ち上がれない。そんな時は待つ事も大事だと思うの。自分を後押しする何かをね。」



それで私は悟ったのだ。

彼女は私に行末を委ねているのだ。

それは運命さだめを乱した事で生まれた、

新しい運命さだめを受け入れる為の答えを。



「君は新しい時の運命ときのさだめを受け入れる覚悟はあるかい?」



「時の運命。」


「そう私と共に行き新しい命として生きる決意はあるのかい?」


「それは……新しい命として生きるという事は、私という存在は無くなってしまうの?」


彼女は希望に満ちた不安な顔でこちらを見つめた。


「大丈夫。きっと無くならないよ……無くさずに生ける道を、共存するすべを私は持ち得ている……。いや本当の方を言うとその術を試したいと思っている。」


「試す?」


「そう。やった事のない事。けれど理論上はいけると思う。初めて会った君に信じろと言うのはとても乱暴な事だとはわかっているが、私は我が姫も君も救いたいと思っているのだよ。」



彼女はゆっくりと目を瞑り、

少しのあいだ瞑想に耽る様だった。


「新しき事はどんな事でもリスクが付きものよね……。それが時の運命ときのさだめというならば、私は今日出会ったばかりの名前も知らないあなたを信じて受け入れる事にするわ。」


「ならば私と共に。」


「はい。あなたと共に。」



そして2人は光の矢となり、

再び窟内のトキマカセノミコトの実体の無い実体へ戻った。




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