第28話 時の繋がりを辿る呪術『時の宙』


「『生ける魂』なんてあるわけないじゃない。ならば何故そんな事を私に言うの!!

気休めにもならない事を!!」


悲しみ、苦しみ、そしてやりきれない気持ちが怒りとなって壱与の表情をゆがませ泣き崩れた……。



「それが……」



「それがじゃないわよ。まだ何かあるわけ?いったいなんなのよ!!もうたくさんよ……。」


「壱与様おちついてください。実は……私はそのあるはずのない生ける魂に呼ばれたのです。」



にわか信じ難いといった顔でトキマカセを見る壱与。


「どういう事?」


「壱与様もご存知の通り、私は時を司る一族です。『時』といっても時間の事ではなく、我が一族は時間軸に携わる無数の繋がりをこの体で感じ取るという特性なのです。だから私は我が神に望んだのです。生ける魂の繋がりを。」


少し冷静さを取り戻したのか、壱与の顔色が怒りと悲しみに満ちた感情的な顔から血の気の引くように、静かな本来の表情に戻っていく。



「つまり何かしら生ける魂の手がかりが見つかったということ?」



「正直言って確実ものではありません……危険を伴うかもしれません。けれどそこに向かえと、私の魂がそう叫ぶです。」



「それは近いところなの?」



「近いとも遠いとも判断はつきません。けれど間違えなく歩いていける様な距離でもありません。おそらくこの、私たちが住む世界とは全く別の世界だとそう感じます。」


「そんなところにいったいどうやって向かうというの?どれだけ時間がかかるの?」



「実際にその地に行くわけではありません。名前も場所もわからない所に実体が向かう事はできません……つまり実体ではなく、精神をその世界にとばすわけです。それが時の秘術『時の宙』です。」



「言ってる事がわからないわ。そんな事が可能なの?」



「時の書物を文面からすると理屈的には可能です。いや……可能だと思います。とはいえ私も実際にこの目で、この体で体感した事があるわけではないので……本当のところ不安でしかありません。」


とめずらしく少し自信なさそうにそう言った。



「危険はないの?」



「壱与様に危険が及ぶ様な事があれば、

ただちに中止します。」



「いや……私じゃなくて、あなたに危険はないの?」


「無いわけがない。辿り着いた先がどんな世界かもわからない。自分にとって都合のいい世界とは思えないし、言葉や意思疎通が取れるかもわからない。実体のない自分がいったいどの様に存在するかもね。それにもしかしたら、そのまま精神が元の世界に戻れるかもわからない……。」


今度はトキマカセが顔を歪める。不安定な精神を露呈し悲しみとも怒りとも不安ともとれる表情を浮かべた。


「トキマカセ………。」



けれどもそのあとすぐに取り繕う様な笑顔を壱与に見せた。


「なんて言っても何も始まらないでしょう?私は仕方がなく、生ける魂を追い求めて『時の宙』を使うわけではないし、危険をおかすわけではない。君主の為に、愛しきひとの為にそして何よりも自身の成長の為に突き進むだけなのです。」



「だけど!!」



「どんな出来事も最初は危険がついてまわります。けれどもそれを恐れてやめてしまったらきっと前には進めないでしょう。とにかく、私は今から時の神の社に籠もります。

『時の宙』を使って呼び込まれるままにその世界へ向かいます。」



「トキマカセ……私は自分が老いるのが怖い。時の流れよりも早く、命が縮まることは恐怖でしかない。けれども…。」


壱与が静かに立ち上がりトキマカセノミコトに近づいてしなだれかかる。それを優しく受け入れて抱き寄せる、


「けれどもおなじくらいあなたを失いたくない……。」


トキマカセの抱き寄せる腕に少し力が入る。


「わかっています。必ずあなたの元へ帰ります。」


。。。。。。


時の神の社


壱与のいる太陽の神の社から少し離れた場所に誰が作ったのか朱塗りの門が立ち並ぶ。

その朱塗りの門をいくつもくぐりぬけ、

木々が鬱蒼とする森へはいる。

その最奥にあるその小さな社には、

時の一族しか近寄る事はできない。

できないというよりは、

奇妙な時の流れの歪みが、

この祠を取り巻き、

近寄り難い空気が漂わせているのだ。

ゆっくりと祠の扉を開けて、

時の神を祀り立てる神棚に手を伸ばし、

時の書物を手にする。

何度となく読みこみ、

内容は熟知しているはずなのに、

毎回毎回新しく何かを自分のものとして

取り込まざるを得ない。

それが時を担う一族の宿命であり、

また『歴史を語り継ぐ』

という呪いのような物なのだ。

けれども今日は時の書物を手にした理由は

いつもとは少し違う。

何かを得る為にこの書を開くのではない。

「生ける魂」を得るという

自分が望む目的の為にこの書を開く。

それは与えられた義務ではなく、

それは望まれた使命なのだから。



トキマカセノミコトは銀の懐中時計を手に、

書物に書かれた文言を口にだして願う。



〜時の書物〜

第39章 2項 『時の宙』


いにしえよりこの森に住む森の精霊

 時の御使である梟たち

 光を嫌い闇にまみれるものたちは、

 この世界の端へ追いやられ、

 時の宙へと救いを求めるだろう。」



時を繋ぐ淡い緑色の光が強烈なノイズと共に大きな時空の歪みの穴を作り出す。

それこそが時の宙といわれる時空の繋がり。異次元の空をつながる。



 

「私の目的は一つだ。生ける魂を手にして、

壱与様の呪いを解読する。」



そして書を閉じて、願い、祈り、想う

そして自ら『時の宙』へと足を踏み入れた。



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