第27話 人である事の弱さ

「それで?尻尾を巻いて逃げてきたというわけ?」


チャウは城下町『ラマ』に戻ると足早にメイクウのいる部屋に向かいその経緯を話した。


「逃げた?何を言っているの?結界の解き方を探りだして戻ったきたのよ。逃げたなんて……心外だわ。」


恩義があるとはいえ少しプライドを傷つけられる思いがして少し苛立ちを覚えた。

けれども真実はメイクウの言う通りだった。

とはいえメイクウから発しられる目に見えない威圧感が 歯向かうとか 逆らうとか

そういった感情を抑制させた。

けれどもそれとは別に不快に思う理由は、

おそらくチャウという存在を必要として欲しかったからだろう……。


心の弱さという奴かもしれない……。

心なんて物があると厄介だな……。

人間とは全くおろかな生き物だ。

長いあいだ人間という器に入り込んでいると、時々人間臭い一面が見え隠れする。

それは誇らしくもあり

それは煩わしくもあるのだ。



「まーいいわ。それで?どうやって探るというわけ?藪から棒にしたって時間の無駄というじゃない?」



「それは……。」


返す言葉もなかった。

だから言い訳するしかなかった。



「だいたいいきなりあの訳のわからない男が出てきたから悪いのよ。」


「訳のわからない男?」

と怪訝そうな目でチャウを見るメイクウ。


「そうよ。それまでは優位に話を進めていたのに、あいつ……なんて言ったかな?覚えてるアルベルト?」



「ん?あートキマカセノミコトの末裔とかいうあの男の事か?」



「そうそう、トキマカセノミコト……。」


そう言いながらメイクウの顔色を伺う。

すると先程までつまらない話を聞かされているような顔をしていたメイクウの表情が、不安と優しさを兼ね備えた女の表情にみるみる変わっていくように思えた。



「おい……今なんて言ったんだ?」


。。。。。。



トキマカセノミコト?

なんだそのワードわ?

聞き慣れない?けれども

聞き覚えのある……

心の根の深いところに刺さるその名前?

触れてはいけない、

何かに触れてしまったこの感覚……。

忘れてはいけない思い出を

思い出せないというもどかしさ。

これはきっと私の中に棲みつく、

二つの人格の一つだ……。


「つぅ……。」


頭がまた割れるように痛い。


「メイクウ様?どうしたの?」


チャウが心配そうに近づく。

けれども返事はない。


「ちょっとアルベルト、突っ立てないで、あいつを呼んできてよ。ほらなんだったかな?

ヨハン…ヨハンを呼んできて。」



と少し慌てるチャウ。

けれどもアルベルトは抑揚のない声で


「わかった。」


と返事をして急ぎもせず部屋を出た。



「なんだか感情的じゃないのね。心の無い人間ていうのは、人の形をした異形の私よりも人間らしくないのね……て言ってる場合じゃないわね。とりあえずベットに寝かせないと……。」


と言いながらメイクウを運ぼうと思ったが

とても一人では厳しいと思い直して、ヨハンとアルベルトが戻ってくるのを待つ事にした。



。。。。。


「……よ様。壱与様。」


年老いて腰の曲がった老婆が壱与を呼び起こす。彼女は壱与の世話役の女官のおさで、卑弥呼と壱与の母親の母親。つまり実の祖母である。仕方なく薄らと目を開けて、まるで病気で寝床から動けない人の様にゆっくりとした動きで身を起こす壱与。



最近動く事すら億劫になっていた。

それはそうだろう……。

広い部屋とはいえ一つの部屋の魔方陣に篭りきり。陽の光を司る力を持ちながら、

外の光を見ることも触れることもできないのだ。希望を持つという事は簡単ではない。

根拠の無い光のは心の病みを照らし出すようにすら思えるのだ。


「また寝られていたのですか?」


ばあ……仕方がないでしょう。

この狭い空間に毎日毎日ずーといるのよ。

他に何をしろというの?起きていたって今日のこよみもわからないし、

今が昼なのか?夜なのか?それすらわからない。体を動かさなければ三度の食事ですら憂鬱というものだ……。」


婆に言ってもしかたがないことをツラツラと言い連ねる。


「壱与様……。」



「いっそのこと、この体が老化する前に命を絶ってしまおうかしら。」



「壱与様……生きると言う事はよわいを重なるという事です。老いるというのは人にとって、

特に女にとっては受け入れ難い負の事柄の様にしか思えないかもしれません。けれども私はそれは違うも思うのです。時を重ねて生きるという事は時間の共に自分は存在したというあかしになるのです。生きてこそ得られる『徳』というものがあるものですよ。考え方ですよ。老化は退化ではなく進化ですよ。

歳を重ねれば自分の積んだ『徳』の分だけ新人類へと進化しているのですから。」


「ふふふふ。」


ふいに笑い出す壱与。



「婆は本当に前向きね。言っても仕方がない事も婆に話すと、なんだか価値のある事の様に思えるわ。嫌な事柄を良い解釈に変えるのは婆の才能ね。」



「そうですとも。前を向いてるいれば、必ずしも新しい道が見えてくるものです。悲観する事ばかりでもありませんよ。今し方トキマカセノミコト様が戻られましたよ。」


「何!!トキマカセノミコトが戻ったの?」


「はい今こちらに向かわれてます。何やら得るものがあったご様子でしたよ。」

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