第26話 かけひき②

「ぐぁ!!」


床下を這ってチャウの触手がカインの背後から首元に刺さる。そして膝をついて倒れ込んでしまった。

鎧を着た男が倒れ込んだものだから、建物自体もひどく揺れてノエルの立っている地下道の扉も大きく振動していた。

おもいのほかに揺れたからか、

ノエルは足元を少し気にしているように思えた。


カインの紫紺の鎧は身動きが取りやすいように軽い金属製の素材と織り交ぜて至るところに獣の革を使用している。革の部分は軽くて柔軟性に優れている反面、剣先や槍や弓などの突き刺さる攻撃に弱い。そんな事は百も承知だが普段は竜人のもつ身体能力と動体視力でカバーしていた。けれども……。


「カイン!!」


走り寄るディアナ。

そしてノエルが剣で触手を断ち切る。

竜人の身体能力が優れているとはいえ、

精神部分のダメージはカバーしきれない。

クラムの事でカインは完全に集中力が欠如していた為に、触手の気配を感じとる事が出来なかったのだ。



「ディアナ解毒の魔法と、回復魔法かけて、あげてくれるかい?」

あくまで冷静に指示を出すノエル。


「わかったわ。」



その一方で憎々しげにチャウが、

「ちぇっ!!おかしいな?もう少し頸動脈の近くを、狙ったつもりだったんだけどな?アルベルトお前私が狙った瞬間に少し私の腰に手を触れただろう?」

とぼやく。


「知らないな……」


「?まーいいや、いずれにしてもこのまま毒が回ればただじゃいられないでしょう、体は麻痺を起こして、常に痛みを伴うはずよ。様々な毒を取り込んでるからね……。当然この毒を解毒する分泌液を作り出すのもお手のものだけどね。」



ディアナにはチャウの言ってる事なんて何も聞こえてこなかった。今はただ目の前に倒れたカインの回復に集中したかった。


陰晴いんぱる……陰抜かげぬく



体力は回復していくものの、解毒が全くされない……。


「なんで?なんでなの?『陰抜!!』」

青じんだ首元の腫れが引いてはまた膨れてあがってくる。」



「だ・か・ら・言ってるじゃない。私をそんじょそこらの毒虫と一緒にしないでほしいわ。それでノエル様ふふふ。どうする?そちらさえよければ、すぐにでも解毒液をだしてあげてもいいけど?」


ノエルは表情一つ変えずに答えた。

「……しかたありませんね……カインを放っておくわけにはいかない……ソフィア様どうぞお許しください……。」


そう言いながら城に向かって十字をきるノエル。



「最初から言う事聞いておけば、この竜人……。んんっ!」


と言いかけて思い直したように咳払いするチャウ。そして甘えた声で、


「最初から言う事聞いていれば、お兄様も傷つかずにすんだのにね……テヘ(笑)」



「こいつ!!」


思わず怒りが漏れ出すディアナ。


「ディアナ……落ち着くんだ。チャウふざけるのはよしてくれ。この結界を解くには、王家ゆかりの神具とも呼ばれる武器が必要だ。」


「神具?」


「そう例えばこの剣だ。」


そう言いながら自分の剣を見せた。


「なるほどね。じゃー解いてくれるかい?」


「冗談じゃない。何を言ってるんだいチャウ?君は結界を解く方法を教えろと言ったではないか、約束通り教えたのだからこちらに解毒液をよこすんだ。」



「は?渡すわけないでしょ。早く結界解きなさいよ!!」


「卑怯よ。」


回復魔法を、かけながらディアナは凄い剣幕で睨みつけた。

それを宥めるノエル。

「ディアナ。回復に専念するんだ。」


「けれどノエル兄さん!!」


「ディアナ!!」


ノエルはディアナに近づいて何やら耳打ちをした。


「ノエル兄さんでも……」


「今は時を信じよう。」


そうしてディアナの瞳を力強く見つめた。


「チャウお前の条件に応じよう。けれど次の約束までいい加減にされたら困る。だから先に解毒液を作ってくれ。今ここでだ。」


「ははは。考えたねー。いいよ。」


そう言いながらまた背中の方から触手を出した。そして触手から滴る液体を近くにあったコップにたらし込んだ。


「けどさーこれ本物かわからないよ?適当な粘液をだしただけかも!!!」

とまた薄ら笑を浮かべながらチャウがそう言った。


そこに運悪く地下道から出てきた小さなネズミが横切る。それをノエルが造作もなく捕まえて、


「悪いがね、少し実験台になってくれるかい?」


そう言いながら先程切り落としたチャウの触手でネズミを刺した。

ネズミは静かにしなだれこんだ。


「証明してみせてくれるかい?チャウ。」

とネズミを差し出した。


「あら…ノエル様ったら残酷なのね、」


またふざけているのかと思いきや、しなだれたネズミを優しく手のひらに乗せて、


「こんなに小さな物でも立派な生命よ。私ね、こう見えて下等生物にはやさしいのよ。いつも人型生物に良いように利用されるんだから。強い物が勝つ、そういう世の中間違ってると思うわ。」


と、ネズミの頭を撫でた。


「……なんて私が言っても説得力ないか。」

とか言いながら、抽出液をネズミにかけた。ネズミはあっという間に立ち上がりそそくさと部屋の隙間に逃げて行った。



「さーこれで信じてくれたかしら?」


「あー。信じよう。」


「それじゃー結界解いてくれる?」


「そうだね。けれどもそれはできないね。」


「なに?約束が違うじゃないか!!貴様……!!」


と先程までの余裕の表情は一転して引き攣った怒りに満ちた顔になる。


「そう怒らないでくれたまえ。私だって約束は破りたくない。けれども仕方がないじゃないか……やり方を知らないのだから。」


「知らないだと?!」


ノエルがそこまで言いかけた時だった。

突然床面が?目を覆うような眩しい光に包まれた。


「なんだこれは!!!」


その隙にがチャウの手から抽出液の入ったコップを取り上げた。少しばかり床に液が溢れてしまったがどうやらまだ中身は残ってそうだ。それをそのがカインの首の傷口に素早くかけた!!

カイン首の腫れはミルミルうちにおさまっていき痛みは治っていく。


「うまくいったねノエル様。」



「ありがとうタケル。君がタイミングよく戻ってきてくれて助かったよ。



。。。。。。


カインの首に触手が刺さったその時、

ノエルは足元の地下道の扉に気配を感じた。

それはおそらくタケルの気配であるとすぐに感じられた。



タケルは扉の上で何か良からぬ事が起きているのを会話からすぐに感じとった。

それで真上にいるのがノエルだと確信した時、先程同様に光の矢を放った。ただし今回は目立たぬように細い細い針のような光の矢を作り出したのだ。細い細い光の針はノエルの深部へとつながったのだ。


心の中ではタケルと会話し、

表の顔では妹を宥め、敵に対処していたのだ。


。。。。。。


「形勢逆転だね。どうする?チャウ?」


「くっそー!!!」


「君は自分の母体を傷つけられるわけがないし、アルベルトはきっと君の支配下ではない。おそらく君の上官が支配しているのだろう?つまり彼を傷つける事は許されない?違うかい?」



「何もかもお見通しかよ……。だいたいお前何者なんだよ?どこから現れたの?」



「僕?僕は時任尊、トキマカセノミコトの末裔だよ。君こそいったい誰なんだい?」



「ふん。誰だっていいだろう。とにかくこの結界を解くには王家の神具があるという事は、わかったんだ。こちらにはアルベルトがいる。必ずこの結界を解いてやるからな!!

行くよアルベルト!!」


チャウはそのままアルベルトを連れてその場を去っていった。

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