第23話 夢跨ぎ①

さわさわと小雨が降る音がする。

雨雲のせいで月が無いのか?

はたまた月の暦が新月なのか……。

雨の夜には光は灯らない。

静かな雨音に

松明の火は消えてしまうから……



静寂を突如打ち破る雷鳴。

何度も打ちつける稲妻の音に、

二人の巫女は思わず耳を塞ぎ、

目を閉じてしゃがみ込む。

激しい稲光が闇を照らし、

光を司る轟音が世界を揺るがす音の様な…

そんな気がしてならなかった。

わずか一〜二分足らずの事だったが、

二人にとっては長い長い時の流れのように感じられた。


しばらくすると雷鳴まはおさまり、

ゆっくりと目をあけると、

目の前にトキマカセノミコトが立っていた。

驚きのあまりよろけると、トキマカセは手をさしのべながら言った。


「壱与様のご様子はどうだ。」


「トキマカセノミコト様……お戻りだったのですね。何か良い手掛かりは見つかりましたでしょうか?」


と一人の巫女が言うともう一人が、


「壱与様は相変わらずの様子でございます。お身体は大事ない様ですが、やはり一日一日老化する現象はおさまりません。」


と続けた。


「そうか……。今はどうされておられる?」


「はい。割れた鏡で、諸国のご様子を伺っておられます。」


「わかった。ありがとう。」


壱与様の老化現象がおきたのは、

女王として即位してまもなくの事だった。


卑弥呼様が亡くなられて49日後の事だった。女王として引き継いだ三種の神器の『八咫やたの鏡』に亀裂が入ったのだ。

それはもう不吉以外の何物でもなかった。

壱与に支える大臣も女官も皆で慌てふためき警戒したがしばらく何事もない様に思えた。


しかし若干14歳という若さで女王の座を継いだ壱与だったが、その日から7日経ち14日を過ぎると、あっという間に20歳のトキマカセノミコトと同じ歳格好にまでなってしまっただ……。

もちろんの事、

そんな事を公にするわけにもいかない。


今は部屋に結界を張り時の魔力で老化を抑え込んではいるものの……

一国の女王がずっとそこに籠もっているわけにもいかない。

もはやもうそれにも限界を感じていた……。


「壱与様。ただ今戻りました。」


部屋の戸を引くと12畳程の星形の魔法陣の中で壱与が膝を抱えて座り込んで項垂れていた。


老いていく呪いは治ったわけではないのだろうが、2日前にトキマカセが見た壱与とそう変わりはない様に思えた。



「トキマカセ……戻ったのね。」



正気のない顔でこちらを見ながらひどく塞ぎ込んだ目でトキマカセを見つめる。



「壱与様お変わり無くて何よりです。」



「うそつき……。」


と虚な瞳でトキマカセを見る。


「え?」



「なんだか肌艶が日に日に無くなるのを感じるわ。張りっていうのかな?地に足がつく様に、この大地の力に引き寄せられるよ……。若さとは罪深き物ね。生命の理だとわかっていても時間という概念には勝てやしないのよ……。女であるが故に執拗に若さに執着して、嫉妬しながら朽ち果てていくのよ…。」



「壱与様……。」


「ほらみなさい。結局あなたも何も言えないじゃない。これは大叔母様の……卑弥呼様の呪いなのね……きっと。」



「卑弥呼様の呪いって……そんな事が…。」




「あるわよ……。だって亡くなる前まで、時にだけは勝てないお前の若さが憎い……。と言ってらしたもの。トキマカセ……私はこのままあっという間におばあちゃんに、なってしまうのだろうか……なんで私がこんな目に……。」



「壱与様……その事なのですが……。」



いったい何があるのか?

期待と不安の眼差しでトキマカセを見つめる壱与。



「時の術の中に『継魂けいこん』という術儀があります……これはその名の通りその魂の思いを受け継ぎ伝える継承の術です。

この術技を応用すれば、或いは壱与様の老化を押さえ込む事ができるかもしれません。



「本当に!!」


「ただし……この『継魂』という術儀は時を継ぐ者たちが、王族の不老不死を求めて編み上げられた術なのですが……。」



言いかけて黙るトキマカセノミコト。



「……言い淀むという事は、何か危険が伴う?という事…。」



「危険もあるかもしれません、けれどもそれよりも問題なのは……必要な物が手に入り辛い事です。」



「手に入り辛いもの……それはいったいなんなの?」



「はい……生ける魂です。」



「何それ……そんな物……。」


愕然と肩を落とす壱与。


「そんな物あるわけないじゃない。人を殺めてまで手にしたくないわ……。

そうよね……

そんな簡単では無いわよね。

そんなのわかっていたらきっと

大叔母さまも、その術儀にすがっていたでしょうしね……。」



早口で動揺していない素振りを見せながら冷静なふりをしてかえす。

それを少し宥める様、

トキマカセノミコトがゆっくりした口調で返す。


「はい……。本当の事を言うと、この術は

『禁術』とされているものです……。

理由は一人の者が永遠の命など手にしてしまうと、『永久支配』が起きえるからです。

それに必要のない『生ける魂』なんて存在しない。」



少しじっと堪えて……やがて涙目で訴えるように怒りの感情を露わにする


「多くわ?必要ない「生ける魂」なんてあるわけないじゃない。ならば何故そんな事を私に言うわけ?!!気休めにもならない事を!!」


悲しみ、苦しみ、そしてやりきれない気持ちが怒りとなって壱与の表情をゆがませ泣き崩れた……。



「それが……。」


。。。。。。



「それが……いったいなんなの?」



突然目覚めた時に、

ここがいったいどこなのか?

自分はいったい何者なのか?

そして直前までの私は、

いったいどんな世界に居たのかが

わからなくなら事がある。


今が正にその時だった。

直前の夢なんて物は

思い出そうと

思えば思うほど

遠のいて行ってしまう……。


窓の外はまだ真っ暗だった。

薄暗くカーテンの隙間から少しだけ入り込む月明かりがなんだか気持ちを安心させた。

壁際にかかっている制服を見ながら、あー私の《《今》過ごす世界はここなのだと、先程の夢を思い浮かべなが改めて感じるのだ。


手探りでベッドの横の棚の上にあるスマホに手を伸ばす……。

まだ夜中の3時だった。


「まだ3時間以上寝られる……良かった。」


今日は……木曜日か……一限なんだっけ?

現国か……しかしなんであんな夢みたんだろう?「それが……」の後が気になるし……でも前後の内容も覚えていない。それなのに壮大なスペクタルロマンの世界を体感したような気がするのは何故だろうか?


と美宙は思った。

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