第19話 時任尊 〜時をたどる〜

僕が放った光の矢は地下を蔓延はびこる樹の根の一部をしっかりと貫いた。

そのまま僕は『樹』の力の根本を探る為に、大樹の流れの中を泳ぐように進んだ。大樹の根は複雑に絡み合い至る所へ伸びていたが、その光の出所は明らかだった。暖かくて優しくてそして強い生命力は幹を通して僕にも伝わってきたからだ。



根源に近づくに連れて少し重たくなってきた。

それは例えるならば、体に打ち込まれたウイルスを排除しよとする抗体のように…海を沖合に向かって泳ぐ時の波の様に…

僕に侵入を拒んでいた。

だから僕はゆっくりと頭の中で話しかけた。


「神官長様。私はトキマカセの使つかいの者でございます。どうか拒むのやめて精神への問いをお許しください。」


すると進行を妨げる波はおさまり僕を根源へといざなうように今度は後押しされるような波に乗り入れた。やがてその樹幹のトンネルを抜けると広い空間が現れた。

そこで僕はただの光の矢から自分の姿を具現化する事ができた。

広場には大きな樹がある。

その樹の下に小さな女の子がいる。

小学生くらいの女の子。

髪の毛は綺麗な銀色髪。

白を基調とした品のある法衣に身を包み、

変わった形の木で出来た自分の背丈ほどの長さの杖を手にしている。



神官長のソフィア様がどんな方か知らないけれどその女の子がソフィア様だとすぐに感じとった。


「ソフィア様ですね。」


「そうよ。あなた…本当にトキマカセの使いなの?」



僕は弓状の懐中時計の埋まった杖を具現化してソフィア様に見せた。


「なるほどね。ノエル殿下とはお会いできたみたいね。それで?トキマカセの使い、まずは名を名乗るのが礼儀だろう?」



「ごめんなさい。その通りですね。

私はトキマカセノミコトの記憶を継ぐ者。

名前は 時任尊 と言います。タケルと読んでくれていいです。」



「そうか。では『タケル』私にいったい何の用?そもそもここに来たって事はわかってるでしょうけどね。今とても忙しいのよ。話があるなら手短に……ね!」



「そもそも……うーん何から聞いたらいいのだろうか?聞きたい事が山ほどあり過ぎて……。手短に?って言われてもね……。」



「あーだから、そう言うのが時間の無駄!!

答えるか答えないかは、その時考えるわ。それであなたは何が聞きたいの?!」



小学生くらいの女の子にそんな事言われても……とは思ったけど、まー言ってる事はその通りだから仕方がない。


「わかった。僕の知りたい事は大きく三つある。」



「はぁっ?三つもあるの?」


「うん。まずはどうしても気になる一番どうでもいいことからだけど。」


「だから前置き長いって!!」


「ごめん。ソフィア様っていったい何歳なの?」


「……」


さっきから少しイラついている様子だったけれど、ますます怒り顔に変わっていくのがわかる。


「あなたねーー!!女性に歳聞くなんてナンセンスだわ!!失礼よ失礼にも程があるわ!!」



「あっ……確かに……」

いやいやでも、このやりとりの方が時間の無駄じゃないか?



「まーいいわ。私がこんな子供の姿なのはね、私の持つ魔力の大半をこの結界に使っているからよ。だからこの結界内の自らの具象化も自分の魔力に見合った分しかできないわけ。これでいい?」



「なるほどよくわかりました。」

なんだか子供に自分よりも難しい事を言われている様で少し違和感が……。



「ちなみに精神も魔力に見合うものになるから生意気な子供みたいな受け答えでも気にしないで、本当はあなたよりもずっと先を生きているのだからね。」



おいおい…心まで読まれているのかよ……。


「で?二つ目はなにかしら?」


「はい。二つ目は…実は騎士団長のアルベルト様が謎の呪いにかかっています。その呪いについてご存知ではないかと思いまして。」


「呪い?どんな?」


「それが黒い霧状の闇に体ごと包まれて……その…生命力は感じるのですが、微動たりしないのです。その霧状の黒霧からは甘い匂いがただよっていて、おそらく手を出したり近づくと命を奪われる何かがおきる……そう感じるのです。その黒霧の周りには虫がたくさん死んでいましたから……。」



「甘い香りに、黒い霧状……。確か……私の記憶が正しければ、魔法気質の派生でFiore(フィオーレ)というものがあったわ。それは私の『樹』と同じで植物性の気質だったと思うの。その中に人や生き物を惑わす魔法があっただけども、その特徴が黒い霧だったと記憶してるわ。」



「魔法の気質っていったいどれだけあるのですか?」



「質問が増えてる。そんなものは∞に決まってるわ。星の数だけ気質は存在するのだからね。だから私だってその全てを把握しているわけじゃないわ。辞書じゃあるまいしね。Fiore(フィオーレ)の事を知っているのは私と同じ特殊気質の植物系だから印象に残っていたのよ。」



見た目…というのはやはり関わり方を左右するのだろう。自分より年齢層の上の人だとつい恐縮してしまうが、子供の姿のソフィア様は口ぶりは大人びていても少し親しみやすく、話もすんなりと聞き入れられた。



「それはそうですよね。じゃーその黒霧の呪いを解く方法は?何かあるのだろうか?ソフィア様は知ってますか?」


「そんなものは、一つよ。」


「え?」


「わからないの?術者を殺せばいい。」


あー……穏やかな会話が続くと思いきや…

そうだった。ここは異世界。その争いに巻き込まれれば、生も死も隣り合わせだ。

穏やかに話が進むなんて事は期待できないのか……そもそも術者が誰か?なんてわかるわけがない。


「もしくは……。」


ん?


「もしくは?」



「うん。もしくはあなたのもつ気質『時の繋がり』を上手に使えばなんとかなるんじゃないの?黒霧は人を惑わす魔法。相手の芯をつけば、今、私の中に入って来てる様に、アルベルト様の真意に繋がる事ができるかもしれないよ。」



「あー……。」



思い付きもしなかった。

そりゃ神官長だもの頭は切れるわけだ。



「あ……じゃないよ。それで、最後の一つは何?というか、まーディアナ様の事でしょう?」


なんでもお見通しというわけか。


「そうです。いったい彼女と共にこの世に生まれるはずだった生命はどこに行ったというのですか?それから僕のご先祖様?だと思うんだけどトキマカセノミコト様はその後どうされたのでしょうか?この銀時計はソフィア様あなたが預かったのでしょう?あなたは同席した御使やAZUL王よりも信頼を得ていたのではないですか?」


「タケル…おそらくあなたは異世界の人間でしょう?そのあなたがディアナ姫の出生の事やこの国の行末にまでどうしてそんなに気に留めているわけ?」



「うん。少しややこしい話しになるけど、

僕は人を探しているんだ。『神崎美宙』というなんだけど……。確信があるわけではないんだけどね、おそらく僕より前にこの世界に迷い込んだと思うんだ。」


「何故そう思うの?」


「何故?わからない。けれどこの地に辿り着いた時に……ディアナと出会った時に僕はディアナを見て、神崎と勘違いしたんだ。

顔が似てる…とかじゃなくて、なんかディアナから出てる空気感っていうのかな?雰囲気?なんて言っていいかわからないや。」


「うん。それで?」


「それで?って?」


「君は何かを感じているんだろう?その神崎とディアナの間に。」


「……ディアナと一緒に存在するはずだった生命って、神崎だったんじゃないかな?って思うんだ。」



「うん。わかったわ。じゃー私の知っている事を伝えよう。」

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