第15話 時任尊 〜時の始まり〜

空が漆黒の闇に染まったのは

ほんの1時間ほどだった。

赤い月は太陽と重なりあって完全なる日蝕を完成させた。オーヴァルの公転にあわせて

光を遮った赤き月ヴァーミリオンは、今度はオーヴァルの強い引力に引き寄せられる。

完成された日蝕の闇の後に訪れるのは、

光を知らない闇夜ではない。

明けない夜は無い。

また陽は昇り、

新しい朝が始まる。

けれどもそこは今までとは

まるで違う色彩の世界。

青い空も海も

赤き月の粒子で

赤く染まっていったのだ。

そもそも侵食は光を奪う為の物ではない。

光を取り入れ

自分の色に染める事なのだから……。



。。。。。


千五百秋ちいあきほ」という謎のワードを口にすると、手に持っていた分厚い書物と、すすけた銀の懐中時計は魔法の光につつまれて、小さな杖へと形をかえた。

そのブラックメタリック調の杖の中央には

懐中時計がはまり込み鎖が手に絡むように

つながっている。

それから僕は光に包まれて、昔見た特撮ヒーローの様に、ジーパンにジャケットという場違いな格好から、白地の法着に黒をベースとした腰まであるローブを纏う姿に変わる。

頭の中を強烈な思念と自分ではない誰かの記憶がめぐり書き換えられていく……。


。。。。。


新しい時の始まりとはいつも突然に訪れるものだ。当たり前だった日常は星が巡る度に

生命のことわりを逸していく……。



やしろの裏手の森林を抜けると小高い岡からは村全体を見渡せる最高の絶景スポットがある。

日の光を浴びながら1人の少女が遠くを見ながら途方に暮れている。

そこにゆっくりとした足取りで少女と同じ年頃の男は近づいた。


「壱与様……また勝手に社を抜け出して。

明日は王位継承の儀です。今までの様にもう1人で勝手に何処かに行かれても困ります。」


少女は占い師のような生成りの法着に赤い模様の入った服を着ている。首にはいくつかの勾玉のついた首飾りをつけて、手首には数珠のような石を連ねた物をまいている。


「そう言われても……ね。私はたかだか15の小娘。国をまとめる力も無ければ、豪族たちを従える事もできぬ。」



「それは……先代と同じ様にする必要はないでしょう。あなたが持つ気質を上手に扱えばいい。壱与様……。私はあなたはあなたのままで良いと私は思うのです。」



「わかっている……わかっているのよ、時任トキマカセ。けれども大婆様の存在は大きすぎるわ。それが私には重荷なのよ。私はただの小さきひとなのよ。不安で、心細くて……それにさみしいわ。」


「さみしい?何故ですか?」


「だって権力を持つという事は、みんな私を権力者として見るわ。ある者は優しく、ある者は歯向かい、ある時は指示を仰がれるでしょう?でもそれは私……壱与という人にではなく、女王としてしか見られなくなる……という事じゃない?だから壱与は今日で死ぬというように思えてならないからよ。」


「壱与様……。」


時任トキマカセは壱与を抱き寄せる。


「私はもっとあなたと一緒にいたいわ。ずっとあなたと2人で……ねぇ、どこか遠くに逃げない?」



「空や海が青いのは何故だかわりますか?」



「え?あまり考えた事もないわ。」



「大気中には通常小さな微粒子が浮遊している。その微粒子によって光が散乱されるのですが、そのとき波長の短い光が より強く散乱されて向きが変えらるのです。 したがって太陽からの光のうち、波長の短い青い光が散乱されて、それが我々の目に入ってくる。

これが空が青い理由なんです。」


「難しい事言うのね。どうしたの急に?」



「壱与様。あなたは私にとって太陽の様な人だ。けれども太陽は一つの物を照らすだけではならない。全ての物に光を与えなければならない……。この世界の微粒子ですら、あなたの持つ太陽の気質に影響されているのですから。」



「……。」


何も言えない壱与。

潤んだ瞳で時任トキマカセを見つめる。


「宿命なのです。逃げられませんよ。持って生まれた太陽という気質からは……。

大器晩成。大きな器を作るにはそれだけ時間も手間もかかるものです。

私はあなたが望むなら、小さき微粒子の様に辺りをあなたの色に染める手伝いをします。他の者がどういう目で見ようと、私にとっては大切な女性ですから。」



見た目あう2人……光のモヤがかかり映画の様にフェイドアウトしていく。



。。。。。


「タケル!!タケル!!」


「え?」


まるでアップデートが完了したかの様に頭がクリアにされていく。取り戻される現実世界の風景。目の前にはディアナが心配そうな目でこちらを見ていた。



「急に光に包まれたと思ったら目を見開いたまま動かなくなるんだもの……。ノエル兄さんが言うにはよくわからないけど、おそらく『継承の儀』だから大丈夫だって。」



「おう。びっくりしたぜ。それでその継承の儀?ってのは無事に終わったのか?」


と、カインが続ける。

そこにノエル様が冷静な声で言う。


「やはり君はトキマカセノミコトの力を受け継いでいるのだね。」


「はい。いやまだ終わったわけではないと思います。その……なんて言うか序章を読んだだけみたいな……。」



「ふむ。まー時間が少しかかるだろう。それだけ内容が濃厚だという事だ。ところで君が継承の儀を起こしている間に、君と出会った経緯と、アルベルトの呪いよ事を聞いたよ。それから今のこの国と状況をディアナとカインに話しておいた。それで今からどうするべきかをみんなで話し合いたいんだ。大丈夫かい?」



皆で顔を見合わせて頷いた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る