第11話 星の巡りと魔法の根源

「ノエル殿下。大変な事になりましたね。」


先程までの騒々しさとは相反する様に書庫の扉が静かに開かれた。


少しふくよかな体つきの女性。

眩しいほどの銀色の髪は綺麗にまとめ上げられていて、艶やかで年老いて色が抜けた髪とは違う。白を基調とした品のある法衣に身を包み、法樹の木から掘り上げた自分の背丈の半分ほどの長さの杖を手にしている。

その女性は書庫に入ってきた時の言葉とは裏腹に、とても落ち着いた雰囲気でノエルの前に現れた。

神官長のソフィアだ。


「ソフィア様。」


「レオンハルト王もアナベル妃も外出中ですものね。指揮はノエル様がとられるのですか?騎士団長とは……アルベルト様とはお話になられたのですか?」


「それが……あいにくアルベルトもそれからディアナも今朝から城におりませぬ。」


「なんとまあ……。それで表の竜騎士さんたちが何者かノエル様はご存知ですか?」


「いや私も先程少し外を覗いたのですが、まったくわからないです。……けれどあの成り立ちは人間というよりは竜人りとのように思えます。」



「そうですね。あれはおそらく竜人です。」


「しかし竜人はこの島の固有人種と聞いてます。けれどもあの竜騎士たちが、この島の竜人とは考えづらいのですがね。」


「ノエル様は『冥竜の月』というものをご存知ですか?」



「冥竜の月?ですか……。ちょっとわかりません。」



「我々神官達が先代たちから受け継がれた太古の歴史の魔法書物の中に『Jeter un sort《ジュテアンソール》』という書があります。これは歴代神官町だけが開ける魔法書です。

その中にの第一部第三章18項には『魔法の根源』について記載されています。魔法にはいくつかの属性があります。それはご存知ですね?」



「はい。もちろんです。」



「では魔力の根源とはいったい何なのか?

それは空の果てにある宇宙そらにあります。そこには太陽を公転する無数の惑星が存在します。その様々な惑星には魔力を担う気質という物があるのです。人間にはその気質を受けるうつわがあります。それを『魔器まき』といいます。少し長くなりますがここまではご理解していただけてますか?」



「はい。理解しているつもりです。どうぞ続けください。」


といいながらノエルは再びガラスペンを手にして手帳の先ほどメモしたページにメモをとり始めた。


「はい。どの気質が受け入れやすいかは、この魔器によって決まります。一般的な気質は火、土、風、水があります。ちなみに実はこの『オーヴァル』という惑星は水の気質の根源なのです。基本気質の他にも気質には特殊な物もあります。例えば私の気質は『じゅ』です。これは自分で言うのもどうかと思いますが、非常に珍しい気質です。『樹』は別の宇宙そら銀河系にある『jupiter』という惑星の気質がベースになっているのです。」


「『jupiter』ですか……。確かに他に『樹』の気質の者は聞いた事がありません。」



「はい。そしてノエル様の気質はご存知の通り『光』です。その腰の剣は、私たちの宇宙そら竜河系の第二惑星『lumière 《リュミエール 》』の力が注がれています。」


ノエルは腰の剣に手を当てて光の力を実感する。当たり前の様に使っていた光の魔法の力。根源に遡ると改めて自分には「光」という使命を与えられただと恐縮な気持ちになる。


「さてここからが本題です。その魔法の特異気質の中に『冥火めいか』という気質があります。」


「冥火ですか。」


「そうです。この『冥火』という気質、実はあまり良き印象ではありません。罪深き気質として嫌煙されてきました。なぜならば歴史的罪人や、反旗を翻す者たちに見られる気質だからです。」



「なるほど。」



「冥火の魔法の根源こそが災い赤き月

『ヴァーミリオン』別名『冥竜の月』というわけです。」


「なるほど。ソフィア様はこの来襲にその冥火の気質とヴァーミリオンという赤い月が関係してるとお考えというの事ですね。」



「そうですね。考えている……というより確信しています。『Jeter un sort《ジェテアンソール》』の中の第一部第三章44項には気質をもつ惑星について多く記載されているのですが、そこに『冥火』の気質の根源ヴァーミリオンの固有人種がはっきりと書かれています。『竜人のりとのしは冥竜の月』

つまりは、竜人はこの島の固有人種ではなくて、ヴァーミリオンから来た人種ということなのです。」



ノエルは自分が博学であると自負していた事をとても恥ずかしく思った。

自然学や惑星学についても多少の知識はあったが、竜人の始がその災いの月だとは知りもしなかった。


「ノエル様はこの話を知らなくて当然です。

何故ならこの話が公にでてしまったら、竜人は差別される可能性があるからです。現にこの島に住む竜人に悪人はいないし、聞いたこともない。それに城下町の名前まで英雄と称される竜人の「ラマ」からとられている。

そういう事があってはならないと、

初代AZUL王を始め、我々神官の長たちが秘密裏にしている事なのですから。だから他の神官達は当然知らないし、この島でこの話を知っているのは神官長である私と王と王妃だけのはずです。いずれはこの国を治るあなたは必ず知る事になる話ですがね。」


「では今表にいる竜騎士はヴァーミリオンからの侵略者だという事ですね。」


「そう考えるのが妥当かと思います。」



「なるほどそれがこのレポートに書かれていた事なのですね。」


ノエルは自分の前に伏せられていた、

『オーヴァルレポート』をソフィアに見せた。



「それをどこで……!?」


「ソフィア様は『トキマカセノミコト』という者をご存知ですか?……いやご存知ですよね?」


「ふふふ。」


諦めにも似た乾いた笑い


「まったく……ノエル殿下にはかなう気がしないわ。」



「ソフィア様、わたしは知りたいのです。

これから起きる何かと、これまでにおきた何かを。それから妹が……ディアナと一緒にこの世に生をうけるはずだった誰かが、いったいどこに行ってしまったのかをね。」


ソフィアは先程までの魔法の根源について話す雄弁な姿とは対照的に今度は深妙な面持ちで話を続けた。



「15年前王妃は双子を身籠りました。

けれども1人はこの世界に生を受けなかった。

その理由はその姫が『冥火』の気質を持っていたからです。」



話の流れから想像はしていたけれど、

やはりショックは隠しきれないノエル。

すこし引き攣った表情を無意識に隠しながら話を聞いた。


ソフィアはそのまま話を進めた。


「けれども死に追いやったわけではありません。私と同じ特異気質をもつ『トキマカセノミコト』は『刻』という気質を持つ者でした。そして彼は『刻』の力を使って冥火の姫を別の時間軸に連れ去ったのです。けれどもそれ以来トキマカセノミコトにも冥火の姫にも会った者はいません。いや会うどころか世界中から存在しない事になっていたわけです。」



「いつかはお話しなければならないと思っていました。ゆっくり詳しくお話したい気持ちもありましたが、今は私もあなたも王の留守の間の城を護らなければなりません。」



「私は闘いは望みません。どうにか話し合いで済ませたいのですけど、いったい彼等は何が目的なのでしょうか?」



「侵略でしょう。戦わずして勝てたらそれに越した事はありませんが……ノエル様、自分の正義を貫くには時には闘いは避けられないと思うのです。私は今からこの城に『樹』の結界を張ります。」



「『樹』の結界ですか?」


「はい。この魔法結界は極限魔法です。大きな力を必要とします。おそらく簡単には敗れません。解除する為には王家の神具を必要とする様に魔法書の一部を少し結界契約を書き換えておきます。その分簡単に解く事もできません。それから私はしばらくその結界を守る為に生命力を注ぎ続けなければなりません。城は根を張り城内の人々も一緒に仮死状態になって長い眠りにつく事になります。ノエル様はその間にアルベルト様ディアナ様とどうにか合流して闘う術を考えてください。」



「ソフィア様……。」



しばらく言葉が出なかった。

ソフィアもその時を待って、

2人で重い沈黙と心情を共有しあった。



「そこまでして正義を貫く、国を守るという事は簡単な事ではありませんね。私もそれ相応の覚悟をしなければならないという事ですね。」



「そうです国を預かるという事は、何時でもどこでも、どんな事態にも対応しなければならないのですから。それからノエル様にお渡ししたい物があります。」



そう言うとソフィアは法着のボタンのすきまから分厚い魔法書と銀色の懐中時計をとりだした。


「この懐中時計はノエル殿下、あなたがお持ちください。」


ノエルは懐中時計を受け取り、じっくりと手にとって見た。銀色の少しくぐもった既にツヤのない使い込まれたその時計。文字盤が12時間一区切りになっているのを見てどうやら1日が28時間のオーヴァルの物ではないと感じる。



「この懐中時計は、理由はわかりませんが、トキマカセノミコトが私に預けました。

何かの役に立つかもしれません。」


そう言うとソフィアは分厚い真っ新な魔法書を手に反対の手で杖をかざして呪文を唱え始めた。ノエルは手帳をしまいもう一度神具の剣の鞘を握って祈りを捧げた。


「ソフィア様必ず助けに戻ります。」


ソフィアはニッコリと笑って呪文を唱え続けた。ノエルは後ろ髪を引かれる思いを自分でたち切って書庫の裏の隠し扉から地下通路へ進んだ。



ソフィアはそれを見送ると杖に力を込めて

極限魔法を唱える。



樹停夢じゅていむ!!」



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