第8話 守るべき者

眠れる森の森道は慣れてはいても決して平坦な道では無いとあらためて思う。

木々を避け獣をかわし月の祠へと急いだ。


「アル先に行くぞ。」


少し前を走るカインがそう言った。


「カイン、く気持ちはわかるが、1人で無茶だけはしないでくれよ。」


「へへっ。大丈夫だよ。アルベルト様を見習って冷静沈着に慎重な判断をいたしますよー!」


「おいっ!」

険しく睨みつけるアルベルト。



それを聞いて笑い顔を少し引き締めるカイン。

「わかったわかった。冗談だよ……。とにかく先に祠に向かって様子を見てくる。2人で慌てる事わねー。」


「頼んだぞカイン。」


「あー。」


竜人りとは魔法が使えない分、個人差はあるが人間よりも跳力、腕力、脚力などが強い。つまり少しだけ身体能力が長けているのだ。


口では冗談を言っていてもカインだって本当はディアナの事が心配なのだ。それに別に

アルベルトを馬鹿にしているわけでは無い。

『冷静沈着で慎重な判断』は誰にでも出来る事では無い。自分なら考える前に体が動いてしまう。だからむしろ尊敬しているのだ。

あの時だって……。



あの時だって『冷静沈着で慎重な判断』が自分にも出来ていれば、『クラム』はあんな状態にならずにすんだかもしれない……。


「ふー…。また思い出しちまったじゃねーか。」


そう思うと走りながらまた大きなため息が漏れた。



それはまだアルベルトと出会う前の話だ。



カインには『クラム』という二つ下の妹がいる……。


。。。。。。


小さな時から1人で森で修行するのを日課にしていた。傭兵だった父に憧れて短剣を手に森へ向かい、罠を仕掛けてうずらや兎を仕留め、木の実を拾い家に持ち帰り食料とし携えた。


食料を持ち帰ると小さな妹の世話に追われていた母はとても感謝してくれたし、父は厳しい人だったけど、仕留めた獲物が大きければ大きい程褒めてくれた。

そのうえで更なる努力に勤めるように、

まだ7つの息子に剣技を教え込んだ。



ある日いつものように森に向かうと後ろから何かの気配がした……。


「クラム!!」


小さな妹が木々に隠れながらコソコソとついてきていたのだ。


「ついてきちゃダメじゃないか。」


と怒り気味でいうと、

少し膨れ面をした後にニッコリと笑顔で俺の怒りを上手に否した。



「おにいちゃん。何処にいくの?」


「あー罠を仕掛けたり回収したりしにいくんだ。」


「あたしもいきたい。」


「ダメだ。森には危険がいっぱいなんだ。子供は森にはいっちゃだめだ。」


「ふふふふ。おにいちゃんもこどもよ。」


「ちぇっ!!もう勝手にしろよ。どうなってもしらなからな!!」



あの時だ……。


時々今でもあの日の事がフラッシュバックする。あの時俺が『クラム』を家に送り帰すべきだったんだ……。



俺は幼いながらに思っていたんだ。

クラムがただついて来るだけなら問題ない。

小さな獣ならこのナイフで倒せる自信があったし、大きな獣ならばクラムを抱えて逃げる事も可能だ。そうを括っていたんだ。


森の沼地につくと沼に住む海老を取る為に仕掛けた罠を引き上げた。

いつになく重たく生き物の気配があったので、必死にその罠についたロープを引っぱりあげる。大物がかかっているかもしれない!!そう期待してすっかりクラムから目をはなしてしまったのだ。


小さい子供はどうして空を飛ぶ生き物が

好きなのだろうか?ヒラヒラと目の前を飛ぶキレイな模様の蝶々に気をとられて、クラムは足を滑らして沼に落ちたのだ。


「おにいちゃーん!!!」


沼そのものは浅いけれど沼にはたくさんのヒルがいる。この沼に住みつくヒルは『レムヒル』というタチの悪いやつだ。やつらは血の通う生き物が沼に近づくと群れをなして襲う。大きな獣も奴らに囲まれたらひとたまりもない。吸いつかれて眠る毒を注入される。

そして眠りについた生き物は全ての血を吸い尽くすのだ……。そして永遠の眠りにつく。


「まずい!!クラムーー!!!」


俺は走って沼に落ちたクラムを救いあげて、

体についたレムヒルを手で払った。


「クラム…クラム……!!」


「おにい……ちゃん……わたしとてもねむたいわ。」



「眠ったらだめだ!!早く家に帰って熱いシャワーを浴びないと!!」




「おに…い…ちゃん……。」


そのまま深い眠りについてしまった。

そして今も……あれから20年たった今もずっと眠ったままだ。クラムの生命活動を保つ為に人間の母はずっと魔法で生命力を送り続けている。

何もしなければ栄養を取れず成長出来ずに朽ち果ててしまう。いつか目を覚ますその時まで母はずっと魔力を送り続けるのだ。



深く深く後悔した。

母に何度も謝った。



「母さんごめん。僕がちゃんと見ていたらこんな事にはならなかったのに。ごめんなさい……ごめん……ごめん…本当にごめん…」



けれどもそんな俺を母は責めなかった。



「カイン。よく救ってくれたわね。目を離したのは私も一緒よ。だからあなたも祈って、クラムが目を覚ますように。」


目を覚さない妹を見てずっと泣き続けた。

ずっと泣き続けたている俺を見て父が言った。


「カインお前はこれからだって、妹や母さんを守っていかなければならない。もちろん俺だって同じだがな。それにお前が大人になった時にもっと強く守りたい者が現れるかもしれない。その時お前はそうして、ずっと泣き続けるのか?」



「守る者?」


「そうだ。お前に今できる事は、クラムの為に泣く事じゃない。毎日神に祈り、鍛錬して、強くなる事なんじゃないのか?」


「……どうすればいいの?」


「それはお前が考えろ。ただ今は強くなれ。

体も心も直ぐに折れない芯をしっかりと鍛えるんだ。それが今のお前にできる、母さんやクラムの為に出来る事なんじゃないか?」


そう言って俺の頭をクシャクシャとした。

でもその時父さんも泣いていたんだ。



「あーあー……いつだって局面に差し掛かるとつい考えちまうな。守るべき者……ちょっとした呪いだよまったく。」


そんな憎まれ口な独り言を呟きながらも、

この事を思い出した時カインはいつも思うのだ。


「クラム俺はまだまだ強くなるぜ!

だからお前も頑張って、早く悪い夢からさめるんだぞ……。」


。。。。。

再び走り出すとカインの後ろから白銀の狼が追いかけてくる。


「あーッン?!」


「ウォン!!」


「なんだよメルトじゃねーか。お前も臭いを嗅ぎつけたのか?」


「ウォンウォン!!」


メルトは昔アルベルトが助けたこの森に住んでる狼だ。特異種なのか片目の瞳だけ赤い。だから誰が見ても直ぐにわかる。アルベルトやカインが森に入ると必ず馳せ参じる律儀なやつだ。


「おう!お前がいるとなんだか心強いぜ、

ディアナが心配だ。急ぐぞ!!」

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