第4話 歴史を語り継がなくてはならない「語り部」という呪い

セルポワ老婆は再びお白湯さゆを求めたので、

見張りの者に持ってくるように伝えた。


「ところでノエル殿下。レオンハルト侯は何処におられるのじゃ?」



「はい。王は今ノリーブ帝国に召集されて、

大国の王たちとの会談をしています。」



老婆は深く大きくため息をついた。

それから諦めたように話はじめた。

「なるほど……。では私が今日ここに来たのはやはり宿命としか言いようがない……」



セルポワ老婆はアズール王国建国時から、

王家につかえる占い師だった。

現在のアズール王

「レオンハルト・アズール」

の即位した際、何かに呼ばれるように姿をけしたのだ。

この世に生を受けて200年あまり……。

若き日に月の泉でおかした罪。

時を司る神の呪いを受けた彼女は、

使命を果たすまで逝く事を許されないのだ。



「ノエル殿下、御兄弟はおられますな?」


「はい。セル婆様もご存知と思いますが、

弟の『アルベルト』は、ここにいるカインと共に今は騎士団を束ねています。それからセル婆様がこの国を去ってしばらくしてから……妹が産まれました。『ディアナ』といいます。私とは12歳ほど離れています。彼女は今年で15歳になります。今は神儀しんぎを学んで神に仕える勉強などしています。」


「さようか……。私が今話すべき事とは……その姫の話なんじゃ……。」



そう言うとセルポワ老婆は窓際に立ち、

闇夜の中の深い静寂に耳を澄ませた。


それから大きく目を見開いたと思うと、今度はゆっくりと目を瞑り、しばらく天を見上げて何かと交信でもしているように瞑想に耽った。


あまりに長い沈黙にカインはうつらうつらと居眠りを始めた。ノエルはただ静かに、妹であるディアナの何かを語るその時を待った。


しばらくすると深夜0時を知らせる

教会の鐘が鳴り始める。


「時の始まりだ……。」


そうつぶやき、

鐘がなり終えるとそれを待っていたかのように話始めた。




「三人目の子を授かった時、レオンハルト・アズール侯はひどく喜んだ。」



「セル婆様は、ディアナの存在を知っておられたのですか?」


先程妹のディアナの事を話したばかりにも関わらず、知った口調で語り始めたので、いつも冷静沈着なノエルも驚きを隠せなかった。


「うむ。知っていると言えば知っている。

だが知らないと言えば知らない……。   私は誰かに聞いたわけでもなければ、

この目で見てきたわけでもない……。

私が200年という歳月、命を鼓動させる事を許されたのは、

という時の神の呪いなのだよ。

だから、何処にいたって何をしていたってこの痣が疼くのじゃよ……歴史の変動がある時にはね……。」

そう言いながら手の甲にある、丸くて真ん中に針のような筋のある、懐中時計のような形の痣をノエルに見せた。



時の神の呪い……。

いくつもの書物を目にしてきたけれど、

「時の神」

という言葉に巡り合った事はなかった。

ひどく興味を惹かれ、強い好奇心がノエルの心を揺さぶった。質問したい事は山ほどあるけれども、今はその時では無いと、語りに集中する事にした。



「代々アズール家は女の子どもは恵まれず

レオンハルト侯ご自身も男2人兄弟、

その父に至っては男5人兄弟だった。

それ故にアズールの血を引く姫の誕生を誰もが心待ちにしていた……。


しかも待望の姫君は双子だったのだ。」


「双子?!」

驚くノエル。何故ならディアナは双子ではないだからだ。けれどもその驚きは受け流されて語りは進む。



「ところが、2人の姫を授かって十月とつきほどたったある日、アナベル妃は酷い腹痛にみまわれた。

2度の出産を経験しているアナベル妃には陣痛でない事はすぐにわかった。

出産に携わる者たちは原因不明の腹痛に焦った。


この国で初めての姫の誕生を失敗に終わらすわけにはいかなかったからだ。

神官を呼び、御使に祈祷をさせた。

けれどもそれも気休めにしかならなかった。


ある者が言った。

 

『時の神ならば、この不幸な時を戻せるのではないだろうか?』


『時の神というのはなんの事だ?』


聞けば先日漂着したと名乗る者が時の神の使いだと話していたというのだ。


時を司る神ならば時を戻す事も止める事も可能なのではないかと、レオンハルトはわらをもすがる思いで使いをだしたのだ……。」



そこで一息ついてすっかり冷めてしまった白湯を飲み干した。



「トキマカセノミコトは言った。


『時の神は時を司る神ではあるが、

決して時の稼働を歪める事はできない。

戻る事も止める事も進める事も出来ない。

我が神が司るのは


運命のたねに、二つの実はならない。一つの命を護るには一つの命を剪定しなければならない。』


『運命の種?選ぶ?』


『宿命を背負うのは1人だけだ。それはあなたたちで決めるべきだ。』


『ではもう一つの種は救えぬと……。そう申すのか?』


『私がこの島に流れ着いたのも何かの運命さだめかもしれないし、刻の繋がりの意図するものかもしれない。私に今できることがあるとすれば、ただ死にゆく生命から刻の繋がりを変える祈りを捧げる事だけだ。

ただしそれを刻の繋がりを公にされてはならぬ。』



レオンハルト侯は秘密裏に

神官長と何人かの御使を月の祠へ呼び出し

「トキマカセノミコト」

と共に「祈り」を捧げた。


深い闇を纏った新月の夜だった。


月の無い夜は

怪鳥が喚き

木々がざわめき、

獣達が群れをなす。

光の無い夜には、

祈りが必要なのだ。


やがて闇に塗れた祠の中に眩い光が

差し込んだ。

煌々たる神の御幸の光はそこにいる全ての者に視界を奪った。


闇の中にいくつかの光の線が走った。

時を刻む黄色い光と運命を繋ぐ赤色の光。


何かと何かが繋がる音は祠の中に響き渡った。


次にレオンハルト侯が気がついた時、

そこにトキマカセノミコトはいなかった。



城に帰るとアナベル妃が産気づいていた。

そしてその日の朝ディアナ姫は誕生したのだ……けれども


不思議な事に生まれてきたのは、

ディアナ姫お1人だったのだ。

生まれたのがという事だけではなく、

双子の子の存在自体が王妃の胎内には存在しなかった。

それどころか国民みんなが生まれて来るのが双子の姫と知っていたはずなのに、誰もその事を知らなかったし、初めから1人の姫という事になっていた。アナベル妃までもが最初から1人だと断言したのだ。


あの祈祷に参加した、レオンハルト侯、

神官長…それと御使2人だけが、

その事を知っていたのだ。


その場で祈りに参加した4人以外は当の本人のアナベル妃ですら、生まれて来る者が双子だと誰も知らなかったのだ。


いや……知らないのではなく最初から存在しないものされていたのだ……。ゲブホウォッ……!!」



薄黒い灰がかった薄汚れたローブが吐血した血液で赤く染まる。


「セル婆!!」

駆け寄るカインとノエル。

「誰か!!救護班と回復魔法の使える者をよべ!!」


「ハハハ……赤い!!赤いぞ!!ふふふフヒー!!」


自分の血を見て歓喜するセルポワ。


「一応……私も人間だったようだね。」

気味の悪い笑いのあと……今度は子供のように泣き始めた。


「生き続けるという事は良い事だけでは無いのだよ……。辛い事のが多いのじゃ……。

自分より後に生まれた者が先に逝くのを見送る事というのは、恐らく自分の死より苦しい事だよ。ようやく語り部の呪いから解放される……。」



そうして自分の手についた血をマジマジと眺めた。


「まだじゃな……。」


そしてまた目を瞑ってくうを見上げた。


「ディアナ姫は『陽』…つまり太陽の色

もう一方は『陰』…闇を照らす月の色。

おそらく、もうすぐ歴史が変動する何かが起こる。そう時の呪い疼いている……。」


そうして手の甲にある時計の針のような痣を

自らの吐血で拭うと、痣がすっかり消え込んだ。それからニンマリと満足ゆくように、

少女のような笑顔を浮かべた。


カインが何人かの救護班に指示をだして、

回復出来る魔法スキルを持つ御使達が

祈りを捧げたけれども……。


セルポワ老婆は逝ったのだ。

200年という時の神の呪いから解放された。


ノエルは悲しみに暮れながらも、考えなければならなかった。セルポワが200年かけて語り継がなければならなかった歴史と、

ディアナともう1人の忘れられた姫の事を。







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