第5話 月の無い夜に祈りを捧げる 金の杖と銀の杖

森を歩く少女。

『眠れる森』はAzureの城の裏手側に広がる、王族所有の森である。

150年程前に起きた「red meteor赤き流星」の悲劇で失われたたくさんの人々の慰霊碑がある森。

そして建国の王『ラクシミ・アズール』の

親友である『ラマ』が眠る「月の祠」がある場所。


細めのシルエットの白地ドレスには、

品のある模様がほどこされている。

上に羽織っている長袖のボレロには、

蒼い月の王家の家紋が刺繍されている。

手には銀の鳳凰が施された杖を持ち、

長くてキレイなブラインドの髪は銀細工のバレットで綺麗にまとめられていた。


新月の夜になると、

『ディアナ』は神々に祈りを捧げる、

祈儀きぎ』を行う事にしていた。


今晩はちょうど新月。

月の無い夜は

怪鳥が喚き

木々がざわめき、

獣達が群れをなす。

光の無い夜には祈りが必要なのだ。


祭壇に添えるために、

途中で自生する「アングレカム」を摘んだ。


アングレカムの花言葉は

「祈り」

そして

「いつまでもあなたと一緒に」


その花言葉に込める思いは

若干15歳の彼女には重すぎるもかもしれない。



。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。



いつからだろうか?

あの夢を見るようになったのは……。


2本の杖を拾うところから、

いつもその夢は始まる。


一つは鳳凰をイメージした銀細工をあしらった、長さが40センチ程の長めの銀の杖だ。


もう一つは20センチくらいの小ぶりの杖で杖の先には金の装飾と綺麗なガラス玉一つはまっている金の杖。


私は銀の杖を手に取り、

彼女は金の杖を手にした。


彼女はいつも私の側にいた。

手を取り合い、ただ前に進む事を考えた。

岐路に差し掛かると、


彼女は

「右に行こう!」と言った。


「何故?なぜ右なの?理由は?」


「うーん……なんとなくかな?」


私は言った。

「なんとなくじゃダメ、この先に何があるか考えて行動しないと。崖があって落ちたらどうする?沼があってはまってしまったらぬけられないわ。雨が降るかもしれないし、疲れて歩けなくなるかもしれないわ。」


私はいつも不安だった。

石橋は叩いて渡るし、

長い銀の杖は転ばぬ先の杖にもなりえた。

そんな私をはいつも彼女は励ました。


「大丈夫。なんとかなるよ。崖があったら引き返せば良いし、沼にはまったら助け合えば良い。雨が降ったら雨宿りすれば良い。それに疲れる前に少しお休みしたら良いんじゃないかしら?」



その彼女の言葉に、私の不安はいつもかきけされていった。


けれどもいつも最後の分かれ道で、

2人は別々の道を行かざるおえない。

「金の杖を持つ者は陽の光に満ちた朝」へ

「銀の杖を持つ者は月の無い静寂な夜」へ

進まなければならなかったからだ。

それは決まっていた事で2人にはどうする事も出来なかった。


私は不安だった。

月の無い静寂に進むということが、

闇に落ちていくような……

光に背を向けるような……

這い上がれなくなるような……

そんな気持ちでいっぱいだった。


そんな顔を見かねてか彼女はこう言う。


「静寂の夜が怖いならば、私の杖と交換しようか?」


「え?でも……、その夜がどんなところかわからないけれど、落ちていってしまうかもしれないし、気持ちが下がってしまったら、不安という概念から這い上がれなくなってしまうかもしれないよ?」


彼女は言った。


「そうだね……。でも落ちてしまったらまた登り直せばいいし、不安な気持ちが出て来たら、あなたと過ごした楽しい時を思い出すわ。それで這い上がれなくなってしまったら……。」


「這い上がれなくなったら?」



「あなたが助けにきてくれるでしょう?」


彼女はそう言ってニッコリと笑ってみせた。


それで私もいつもの様に……いつも不安をかき消してくれた時のように安心してニッコリと頷いた。


「あなたは笑顔の方が素敵だわ。」


それで2人は杖を交換する。

私は陽の光に満ちた朝に向かい、

彼女は月の無い静寂な夜へ進んで行った。



けれどもいつも目を覚ますと後悔する。

何故あの時彼女と杖を交換したのだろうか?

私が不安だから?

自分が不安なのに、

それを彼女に押し付けたのか……と。



1人であるということは不安でしか無かった。

結果はわかっているのにいつも杖を交換するという選択肢しかたどりつかないのだ。


たかだか夢。

されども夢。

だから私は新月の夜に祈りを捧げる。

月の無い夜で彼女が道に迷わないように。

会った事もないもう一つ自分の可能性に、

「祈り」と「アングラム」の花を捧げる。

そうすると心の中の不安というnoiseが、

clearになっていくのを感じる。

それは私のもう1人の自分への依存なのだ。




12歳の神儀しんぎの時にまで、

その話は誰にもした事がなかった。


神儀しんぎとは女子は12歳を迎えた年に、

男子は16歳を迎えた年に行われる、

王家の祈儀きぎで、神の御心みこころを授かる儀式だ。


神儀を行うにあたって

神官長から自分専用の神具が与えられる。

兄のノエルは王家の蒼い月の紋の入った煌びやかなつるぎを授かり、

次兄のアルベルトは双晶と竜をあしらった槍を授かった。


そして自分の為に用意された神具を楽しみにしていたけれど、その杖を見た時に驚きを隠せなかった。


彼女に与えられたのは杖の先に、

鳳凰をイメージした銀細工をあしらった、

長さが40センチ程の長めの杖だったからだ。



「神官長様。この杖は誰が作られたのですか?」


「私が祈りを捧げて、あなたの気質を形にして街の神具職人作らせてます……それが何か?」


それで私は思い切って夢の話をした。



神官長は深いため息をつくと、自分を含めて4人しか知らないディアナの出生の秘密を話始めたのだ。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。



月の泉に着くと滝の裏の祠の入り口に向かった 、銀の杖をかざして火の精霊の力を借りる為に集中した。



「魔法を使うのに一番大切な事は集中力だ。」


神儀を迎えた後に神官長から直々に魔法の講義を受けた。神官長曰く魔法を使うには集中力がなくてはならないらしい。


「さいわいにして姫は十分な魔力を持っているようです。あとは自分に合った気質。つまり生まれた時から備えられた、『陰』の質を極めなければなりません。」


神官長様からは、様々な要素の魔法を教えてもらったけれど私の気質は「陰」らしい。



「本来神具を与える時に『光や水』の様に癒しの要素のある者には金を使います。また『陰や火』のように刹那の要素のある者には銀を使うのです。姫が夢で手にしたのは銀の杖、

もう1人の彼女が手にしたのは金の杖、その夢がどこまで現実とあざなうのかはわかりかねますが、そう思うと彼女はやはりディアナ様に癒しを与えていたのかもしれませんね。けれどね……思い違いしないでいただきたい。

『刹那』が決して悪ではないのですよ。その夢の中であなた方が杖を交換しようと言ったのならば、それもまた宿命だったのでしょう。どうぞ心に受け入れていつか、もし彼女に出会う事ができたならば、あなたはその『刹那』で彼女を受け止めなければならないでしょう。」



その言葉を忘れる事ができない。

私は夢の彼女と杖を取り替えたという、

「闇」を抱えてこれからも生きなければならないのだ。深く心に響く言葉だった。

だから私は祈るのだ、

「いつまでもあなたと一緒に」と。



陰火かげび


陰火という魔法で一つ一つランプに火を灯した。


数十メートルの事だけど、森の木々で閉ざされて光との接点を得る事ができない。そもそも今晩は新月。光を得る為には明かりが必要だった。とはいえもう何度も踏み入れている場所だ、目に見える視感と己の感覚で祠内を進む。


「もうすぐね。」

と1人で呟く。


目的地である月の祠の祭壇は、

「red meteor赤き流星」の前にある。

その悪しき隕石の負の力を様々な神具と、

毎年行われる沈霊祭で押さえ込んでいる。



「ん?何かが変?」


祭壇に近づくに連れて強い違和感を覚える。

何がおかしいかと言われても説明はできないけれど、何かが起きる予兆のような、胸騒ぎがして心拍数をあげていく……。

陰火で灯したランプの光が揺らぎ、

一瞬にして窟内は闇に包まれた。

激しい頭痛がおこり眩暈が……

長い間船で過ごした後の船酔いのような、

言ってみれば空間が歪んでいるような?

そんな感覚がしてならなかった。


そのまま頭を抱えてしばらく座り込んだ。

やがて深い違和感がおさまり、

目を少しずつ開いていくと、

暗闇の中が少しだけ明るく見えた。


杖をかざして唱える。


「陰火」


ランプに火が灯る。


ディアナは目を見張り、

そして祭壇へ走った。

赤き流星の前に男性が倒れていたからだ。


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