第6話 騎士団長アルベルトの憂鬱

草木を蹴散らし走り抜ける少年……。

手には手製の槍を持ち、

道なき道を息を切らせて走る……。

あたりを見渡し少し先にある大木に目を向ける。そして今度は息を殺して静かにその大木に走り寄り、大木の根元に身を潜めた……。


。。。。。。。。。。。。。。。。



「光は深い闇に包まれて……

灰色の空は儚き光りにおか

れる。

二つ目の月が世界を赤く染める時、

くろつぶてが降り注ぎ、

蒼明そうめいなる大地に災いをもたらす……。


『red meteor赤き流星』を思わす内容だがね、この言い伝えはそれよりもずっと前から伝わるものなんじゃ。アルベルト皇子…今日はここまでにしておきましょうかね。」




Azureの城下町「ラマ」の長老様は時々この島の歴史を語り教えてくれた。

文学が決して得意ではないアルベルトだったが、島のそして国の歴史にはとても興味があった。

この城下町の名前の「ラマ」は建国の王、

「アズール・ラクシミ」の親友の名からつけられた……という話も長老様が教えてくれたのだ。



「生命が活動するという事は、歴史を創るという事だ。その歴史を辿れば自ずと言い伝えや、伝説の類の話があるものです……。」


長老様はいつもそう言って話を締め括った。



アルベルトがその二つの目の月の話を聞いたのは、10歳になったばかりの頃だった。それにも関わらず彼はその時、この国の行先を考えずにはいられなかった。



その夜アルベルトは二つ目の月とはいったいなんなのか?最悪の事態を想像して、恐ろしくて眠りに就く事ができなかった。夜中まで眠りと想像と思考が何度も波打ちながら、そうなった時にこの国をどう救えば良いのか?という議題を夢浅はか考え続けていたのだ。



それ日から自分を鍛える為に1人で修行に明け暮れた。槍を自作して、野山を駆け回り、

狩りに同行して、鳥や猪を大人と一緒に狩り、時には他の騎士の動きを良く観察してとにかく修行に励んだのだ。

そんなある日の事だった……。


。。。。。。。。。。。。。。。。。。。


「ぜーぜーぜー……んっスゥー、ふー。」


必死に息を整えて額から溢れる汗を拭ったけれども、拭いても拭いても湧き出てくる。

ゆっくりと目を閉じて息を整える。

それから耳を澄ませる。

己の心拍音が邪魔をして気配を感じる事が難しい。だからゆっくりとゆっくりと空気を取り込んで森の中の気配に耳を研ぎ澄ます。


鳥がさえずり木々から木漏れ日が溢れ、

小さな小動物が草木を走り去る。

その後を、ザッ…ザッ…ザッ…とゆっくりと大きな生き物がのし歩いている。

思わず目をあけて、木の影から覗き込む。


それは動きはゆっくりだが目は狂気に満ちていた。

剛毛にまみれた全身。足からは血が流れ出していた。熊の様な顔立ちで人のようで人ではない……。

獣人じゅうじんと言われる

物怪もののけの一種だ。


人間や竜人りとと違って理性や感情のない獣人は動物と同じだが、

言葉こそ発さないが知性は高く

そして力強い。



完全に相手を見誤った……。

その日初めて獣人に出会ってしまった。

狼の子供が獣人に襲われていたのだ。

弱いものイジメは許さない。

持ち前の正義感を剥き出しにして、

恐怖覚えるよりも先に飛び出していた。

手製の槍で物怪の太腿を一突きして、

狼の子を抱き抱えて近くに木々の間に逃すと、ものすごい血相で襲いかかってきた。

鋭い爪の生えた手を振りかぶり、

野生的なスピードと予想不可能な動き、

そして強い力であっという間につかまり、

弾き飛ばされた。その隙に木陰に隠れてそして逃げ出したのだ。


アルベルトには少しも勝てる見込みはなかった。とにかく今はうまくやり過ごして逃げなければならない。そう思いもう一度木の影から先程獣人のいた方を覗き込んだ……。


「うわぁーー!!!」


と思わず悲鳴をあげた。

覗き込んだ目の前に獣人の顔があったからだ……。

強烈な左ストレートが目の前に来るのを感じた!!


ドゥバシっっ!!!


「グウヴァー!!!」



が次の瞬間アルベルトの目の前に倒れ込んだのは獣人の方だった。



「おい!!お前何やってんだよ!!」


「え?!」


顔を上げると同じくらいの背丈の、

竜の尻尾の生えた少年が……。


「早く!!こっちへ来いって。足に毒針を刺してやったけど、すぐに目を覚ますぞ!!」


「……わかった。」



それがカインとの出会いだった。



。。。。。。。。。。。。。。



「ディアナはまだ帰らないのか?」


城門から入ってすぐの守衛室の辺りを、

真っ青な鎧を着た騎士が右往左往している。


「アル、ちょっとは落ち着けよ。」


それをなだめる紫紺の鎧の騎士。


「カイン……これが落ち着いていられるかよ!!あいつはまだ15になったところだぞ。夜が明けたって帰って来ないんだぞ!心配じゃ無いわけないだろう?それに……セルポワ婆の言っていた事……お前はどう思う?」


「ったくお前はお母ちゃんかよ……。そりゃ心配だよ俺だって。けれどセル婆が言っていたのって、俺に言わせればディアナは実は双子だったけれど何かの間違えで1人で生まれてきた。って事じゃないのか?」



「事実だけをとればそうも言えるが……、

問題は、という事だろう?しかもそれを誰も知らない。出産する当の本人である、母上ですら知らなかったという事じゃないのか?

だいたいお腹にいた胎児はいったいどこに行ったんだよ?わけわからない事だらけじゃないか?」


「そうだな……。けれどもよ、レオンハルト様や神官長達は現実に起きた出来事だと言い張るのだろう……俺にもわけわからん!!

まーだけどよ、現実この世界にディアナは1人だ。今わかっている事実はそれだけだ。」



普段は強気の判断力で団を率いている騎士団長のアルベルトも妹の事なると狼狽えて、

判断力が鈍るようだ。とカインは感じていた。


「けれどウロウロしていたって仕方がないじゃないか。いっそのこと月の祠まで行ったらどうだ?」


「そうだな……。よし。行くぞカイン!!」


「え?俺も行くの?」



Azure騎士団は斬道隊ざんどうたい、騎兵隊、狙撃隊、

の三つの隊から成り立っている。

斬道隊は剣技斧技を得意とする斬り込み隊。

騎兵隊は馬に乗り槍で戦う部隊。

狙撃隊は弓矢、魔法を駆使した部隊である。



アルベルトはその全てを束ねる騎士団長で、

カインは斬道隊の隊長である。


Azure王国の第二皇子であるアルベルトだが、

二つの月の話を聞いた日から「武」こそ我が使命と心に決め、眠りの森で修行に明け暮れた。カインと出会ってからは2人で槍技と剣技を高め合いAzure王国の騎士団をまとめあげるに至った。

兄のノエルに対して絶大な信頼と憧れを抱いており、彼を聡明な軍師肌と感じるや否や、自分は国を護る部隊を作ると意気込んだのだ。

そして彼は実際に荒くれだった騎士団を、

一つにまとめあげたのだ。


この国で騎士団長で、第二皇子のアルベルトは国民達から絶大な信頼を得ていた。


けれどもいつだって彼は不安だった。


不安だから彼は騎士団を…

己自身をいつまでも過信せずに、

鍛え続けるのだ。


「なぁカイン。」


「うん?どうした?」


「俺はいつだって怖いんだよ。」


「なんだよ。Azure王国騎士団長様が、何を弱気な事を言ってんだよ。」



「いや。俺は誰よりも臆病者なんだよ。自分の目の前にある物が無くなるのが怖いんだよ。だから鍛えても鍛えても、心が安らぐ事なんてないんだよ。」


「おいアル。お前はいつだって大袈裟なんだよ。そんなのはお前のネガティブな妄想だろ?もっと楽しい事を考えようや!俺が面白い話でもしてやろうか?え?」



「ヴ…。」


「おい。どうした!……?んなんだこりゃ?」


「お前もか?カイン。」


酷い目眩と吐き気がした。


「オラーしっかりしろ俺!!」

と自分をいきり立たせるカイン。


空から光が降ってくる。

大きな直径10メートルほどの円形の光が

月の祠に差し込んでいるのが見えた。

まるで空に丸い穴が開いているようだった。


「おい、アル!!」


「あー急ごう!!まだディアナがいるかもしれない。」


2人は不調を吹き飛ばして

月の祠へとかけだした。





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