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 今から八年前、広起ひろき菜摘なつみ依人よりひとが二十二歳の夏。

 大学構内のカフェテリアに二人はいた。

 

「依人くん来るって?」

「二時に来るって。別にもう暇なんだろうから今から来れば良いのに」

「結局四年間ずっとだったね、三人は絶対嫌だっっって」

 

 下手なモノマネをして菜摘はくすくすと笑う。

 広起は依人とチャットしたスマホをテーブルの上に置き、アイスコーヒーのストローをくわえた。

 

「お陰でおもしろいものを見せて貰ったけどな。まさか依人と杏希あきちゃんがそーなるとはなぁ」

「まだなってないけどね」

「もーなってるようなもんだって。依人あいつは杏希ちゃんのこと好きだよ、間違いない。見てればわかる」

「ふふ、広起が言うならそうかな。杏希ってば、本当に依人くんのこと大好きで、見てられないくらいなの。早く付き合ってくれたらいいんだけど」

「ほんとだよな。依人のやつ、何をモタモタしてんだろう。杏希ちゃんのラブラブ光線にタジタジしながらも、最近はデッレデレのくせに。杏希ちゃんも高校卒業したんだし、なんの問題もないと思うんだけどなぁ」

 

 広起と依人は学部も研究室も一緒だった。

 だから、菜摘を含めた三人で会う流れは頻繁にあったが、初めの数回で依人は条件を出すようになった。

 『他にも誰か居るなら』。

 頑なな依人に、広起たちは広起の他の友達、菜摘の友達、菜摘の妹を呼ぶことで対応した。とはいえ、友人たちをそうそうダシには使えない。

 広起、菜摘、依人、杏希の四人で会うことが多かったから、こうなることはある種必然的だったともいえる。

 

「お姉ぇちゃん! 広起さん」

「おつかれー、早かったね」

依人あいつはまだ二時まで来ないから、飲み物でも買ってきなよ」

「え! 広起さん、いいよ、自分で買ってくるから。荷物ここ置かせて貰うね」

 

 電子マネーカードを差し出す広起を押し止めて、杏希は小走りに注文カウンターへと立ち去る。

 杏希と菜摘は歳が四歳離れている。

 この春、高校を卒業して、広起たちと同じ大学に通っていた。

 

「本当に良く似てるよなぁ。制服着てないと余計」

「杏希? 良く言われる! 昔は双子かと思われたこともあったよ。杏希は私のことが大好きでさぁ、昔から私の真似ばっかりしたがってたから」

 

 良く見れば顔立ちは少し違う。

 けれど、雰囲気や装いの傾向が同じだから、より似て見えるのだろう。

 

「……菜摘に先に会ったのが俺で良かった」

 

 急に真面目な顔で広起が呟いた。

 フラペチーノのホイップをすくっていた菜摘には聞こえたらしい。

 

「え? なに?」

 

 ホイップを舐めながら嬉しそうに聞く菜摘を見て、広起は笑顔をこぼした。

 

「いや、杏希ちゃんのことを好きになるってことはさ、菜摘は依人のタイプだったってことだろ? 菜摘に先に会ったのが、俺じゃなくて依人だったら、菜摘とは付き合えてなかったかもしれないって思ってさ」

「えー?! なんかショック。会った順番なんか関係ないよ、私は広起だから」

「ごめんごめんっそういう意味じゃないんだ。俺はさ、菜摘の横にどんな男がいよーが、絶対負けねーって思う。きっと菜摘は俺を選んでくれると思うから」

「うん……そうだょ」

 

 菜摘は顔を赤らめる。

 広起もつられて少しだけ照れて見せた。

 

「でも、依人にだけは敵わない。って思う。だから、もし依人あいつが先に菜摘のことを好きになってたら、俺は菜摘と付き合おうとは思わないだろうなって。なんせ依人あいつ、俺の生涯でナンバーワンのいい男だからな」

「ほんとに広起って依人くん大好きだよね。懐かしいなぁ~、付き合って最初に妬いたのが男友達とか、未だにネタにされるよ」

 

 広起と依人は本当に仲が良かった。

 幼い頃からの付き合いの分、共有する思い出も多いし、お互いのことを何でも良く知っていた。

 初めの一年くらいは、広起の近くに大きく存在する依人に、菜摘は本気でヤキモチを焼いた。今では、例えば恋人の家族がそうであるように、広起の一部分として愛しているけれど。

 

「あれは、俺的には最高に嬉しかったけどな。あぁーっ今度は俺が杏希ちゃんに妬かれるのか」

「どぉかなーっ。依人くんは広起と違って、広起信者ってわけじゃなさそうだけど!」

「なんの話? 広起さん信者って、お姉ぇちゃんのこと? ほんっと、いちゃいちゃし過ぎてこっちが暑くなるんですけどっっ」

 

 夏色のフラペチーノを手に杏希が戻ってきた。

 二人はテーブルの上で絡ませていた指をパッとほどいた。

 

「うっわぁっ! その色っ、杏希っぽい」

「あー、また子どもっぽいってバカにするんでしょ」

「いやいや、私服の杏希ちゃん、すごく大人っぽいよ。どうする? 今日依人に告ってみる?」

「ちょっっっなっっっ!! ひろきさんっっっ?!?!」

「それとも俺から言おーか?」

「やめてくださいっっっだめっっっ!! ぜっっったいやめてっっっ!!」

 

 広起も依人も、もちろん菜摘も、それぞれ就職が決まっていた。

 来年からは今までのようには会えない、杏希が呼び出されることも減るだろう。

 四人の時間を楽しめる、最後の夏だった。

 弾ける前のシャボン玉のような、キラキラ輝く時間だと、誰もが思っていた。

 

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