草太、さらなる事情を知る
釈然としないものを抱えたまま、草太は倉庫の中に戻って行く。気がつくと、倉庫内にいた得体の知れぬ者たちは既にいなくなっている。ラジャも、姿を消していた。
残っているのは、美桜と黒崎。加納と木俣と中田。そして、ユリアと彼女の母親である真美。
そんな中で、まず加納が口を開いた。
「草太くん、こちらの夏目さんの能力は素晴らしいねえ。この場所を、きっちりと当ててみせたんだよ。それだけじゃない……中田氏と、ユリアちゃんの母親である真美さんの潜伏場所まで見つけてみせたからね。いや、全く大したもんだ」
言いながら、加納は感心したように首を振る。
「じゃ、じゃあ……美桜が、皆さんを集めたんですか?」
尋ねる草太に、加納は笑みを浮かべたまま頷いた。
「うん。ほんの一時間ほど前……夏目さんが、このふたりを引き連れて僕の事務所に直談判に来たんだよ。驚いたねえ。こんな可愛らしいお嬢さんが、僕に取り引きを持ちかけて来たんだから」
「ええっ!?」
草太は、慌てて美桜の方を向いた。しかし、美桜は素知らぬ顔で横を向いている。
そんな彼女の視線の先には、ユリアがいた。母親である真美の膝の上で眠っている。よほど疲れていたのだろう。安心しきった表情で寝息を立てていた。
そんな状況の中、加納は語り続ける。
「そうさ。途中、木俣と黒崎さんとの間でちょっとしたイザコザがあったがね。まさか、この木俣が苦戦するとは思わなかったよ。今日は驚かされることだらけだね。こんな強い人が、流九市にいたとは知らなかったよ」
いかにも楽しそうに話す加納だったが、木俣はムッとした表情で口を挟んだ。
「お言葉ですが、俺は苦戦などしてませんよ。なんなら今この場で、このジジイを捻り潰してみせましょうか?」
言いながら、黒崎を睨む。すると、黒崎の目がスッと細くなった。
睨み合う二匹の怪物……しかし、加納が嬉しそうに割って入る。
「まあまあ。ふたりの対決は、個人的には是非とも見てみたいがね……今はまず、他に優先すべきことがあるんだよ」
そう言うと、加納は草太に視線を移す。
「夏目さんは言ったんだよ。草太くんを助けロシア人を止めてくれるなら、どんなことでもする……とね。だから、僕は動く気になった。今回の功労者は、紛れもなく彼女だね」
「そ、そんな!」
草太は思わず叫んでいた。美桜がこの先、何をやらされるのかは分からない。だが加納が動いた以上、とてつもなく高い代償を支払わされるはずだ。
美桜に、その代償を支払わせたくない。支払わねばならない人間がいるとすれば、それは草太自身だ。
「加納さん! 美桜は引きこもりで、何も分かってないんです! 俺があなたのために働きます! ですから、美桜のことは──」
「草太さん、静かにしてください。ユリアちゃんが起きてしまいますよ」
美桜が、冷ややかな表情で草太の言葉を遮った。
「この件は、私が自分の意思で決めたことです。あなたに、とやかく言われる筋合いはありません」
「あ、あのなぁ! お前は何も分かってないんだよ! いいか、裏社会に関わるとどうなるか──」
「裏社会に関わると、どうなるというんだい……草太くん?」
今度は、加納が口を挟んだ。草太の表情が、一瞬にして凍りつく。もちろん恐怖ゆえ、だ。
「えっ、いや、それはですね──」
「僕をみくびってもらっては困るね。この程度のことで、恩に着せようとは思っていないよ。今回は、夏目さんや黒崎さんといった面白そうな人間と知り合えた……それで充分さ。それに、僕は美学の無い悪党というのが大嫌いなんだよ。ロシア人マフィアを、この町から追い払うことが出来て満足だね」
そう言うと、加納は木俣へと視線を向ける。
「さて木俣、僕らはそろそろ帰るとしようか」
「わかりました」
その言葉の直後、加納はニッコリ微笑み去って行った。続いて木俣も立ち去りかけたが、何かを思い出したかのように立ち止まり、振り向いた。
「おい草太、調子に乗るんじゃねえぞ。お前なんざ、春彦さんのお情けで生きてられるんだ。そいつを忘れるんじゃねえぞ」
加納と木俣が去って行った後、草太は改めて中田に視線を移した。中田は疲れたような雰囲気ではあるが、どこかホッとしているようでもある。
「中田さん、何で最初から言ってくれなかったんですか?」
「すまなかったな、草太」
そう言うと、中田は深々と頭を下げる。同時に、真美が口を開いた。
「はじめまして。ユリアの母の、
「えっ、中田真美? ってことは、もしかして……中田さん! あんたユリアとどういう関係なんですか!?」
驚きのあまり、中田健介に向かい、口から泡を飛ばしながら迫っていく草太。ユリアはお偉いさんの隠し子のはずだが……まさか母親の真美が、中田とくっついたとでもいうのだろうか。
となると、ユリアの父は中田になってしまうのだろうか。それだけはあり得ない……というより、あって欲しくないことだ。
そんな思いを胸に、凄まじい形相で迫る草太。すると中田は、慌てて首を横に振った。
「バカ、違うよ! 真美は俺の妹だ!」
「い、妹ぉ!」
草太はまたしても驚愕の表情を浮かべ、二人の顔さらにはユリアの顔を順番に見つめる。真美とユリアの親子の顔には、どこか似ている部分がある。しかし中田の兄妹は、全くといっていいくらい似ていない。
まさに、美女と野獣である。
唖然となっている草太に向かい、中田は不貞腐れたような表情を向ける。
「そうだよ。ユリアは、俺の姪っ子だ。あの娘を守ってくれて、本当にありがとうな。ところで申し訳ないんだが、今の俺たちは文無しなんだ。金の方は、しばらく待ってくれねえかな?」
「まあ、金のことは後にしましょう。それより中田さん、あなたはこれからもヤクザを続けるつもりなんですか?」
強い口調で、草太は尋ねた。今では中田に対する恐れより、ユリアを思う気持ちの方が強かった。
ユリアを、ヤクザなんかと関わらせたくない。もし中田がヤクザを続けるのであるならば、自分がユリアと母親の真美を引き取る……そんな気持ちすら、芽生えていたのだ。
しかし、中田の口から出た言葉は意外なものであった。
「いや、俺はヤクザを辞めるよ。こうなった以上は、ヤクザなんか続けられない。妹と可愛い姪っ子のために、田舎で暮らすことにしたよ」
「田舎?」
聞き返した草太に対し、中田は神妙な顔で頷いた。
「ああ。今回の件で、組には迷惑をかけちまったからな。仕方ないから、俺はヤクザを引退だ」
「それは本気ですか?」
「ああ、本気だよ。ユリアも、都会の学校よりは田舎の学校の方がいいかもしれねえからな。俺も田舎で暮らすよ」
そう言って、中田は照れくさそうに頭を掻いた。
眠っているユリアを抱き上げ、倉庫を出ていく中田たち。やや遅れて、草太らも付いて行く。二人は流九市内に、泊まる場所を既に確保していた。今夜は、ユリアもそこで寝かせるとのことだ。
ユリアは久しぶりに、母親である真美と過ごせるのだ……もっとも、中田健介というオマケ付きではあるが。
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