草太とユリア、襲撃される

 厳つい風貌の外国人コンビが、こちらを睨みながら近づいてくる。草太とユリアは、唖然となっていた。

 その時、黒崎が口を開く。


「奴らは何者だ? お前の知り合いか?」


 こんな状況にもかかわらず、妙に冷静な口調である。だが、草太は何も答えられなかった。むしろ、彼の方が聞きたい気分だ。

 そんな思いをよそに、外国人コンビはほんの数メートル先にまで迫って来ている。その肉体の持つ迫力もさることながら、二人組の醸し出している危険な雰囲気が、周囲の空気を侵食し始めていた。

 その空気が、草太にも影響を及ぼす。彼の体は、自分でも気づかぬうちに震えだしていた。だが、草太は自身の手を握りしめる者の存在に気づく。小さな、か弱き存在だ。


 ユリアだけは、守らなくてはならない。


 震えながらも、草太はユリアの手を握り返した。外国人の目的が何なのかは不明だ。しかし、狙いがユリアにあるのならば……自分が守らなくてはならない。

 草太は、ユリアを引き寄せる。いざとなったら、大声でギャアギャア騒ぎながら走るか……頭の中で考えを巡らせていた時、不意に声を発した者がいた。


「貴様ら、何者だ?」


 そのセリフを吐いたのは外国人の二人組ではなく、黒崎であった。二人組に対し、臆している様子がまるでない。

 草太は横目で、黒崎のことをちらりと見た。この男は、本当にどうかしているのだろうか。不良たちに殴られ過ぎて、頭がおかしくなっているのかもしれない。この二人組は、不良たちなど比較にならないほど危険な存在なのに。

 しかし、意外にも二人組は立ち止まる。


「ソノムスメ、ワタセ」


 Tシャツの男が、片言の日本語で言ってきた。草太は思わず舌打ちする。やはり、相手の目当てはユリアだったのだ。

 その時、車の急ブレーキの音が聞こえた。草太が振り向くと、公園の脇に黒いバンが停まっている。

 いつの間に来たのだ……と思う間もなく、直後にバンの扉が開き革のジャンパーを着たふたりの男が降りてきた。こちらも、背の高く人相の悪い白人である。草太たちを睨みながら、つかつかと歩いて来た。

 どうやら、新手の二人組もユリアを狙っているらしい。草太とユリアは今、敵意を剥き出しにした四人の外国人に囲まれてしまったのだ……。


「ハヤク、ムスメワタセ! デナイト、オマエラコロス!」


 Tシャツの男が、片言の日本語で迫る。草太はユリアの手を握りしめつつ、片手でスマホを取りだした。まずは、スマホで警察を呼ぶ。呼びながら、走って逃げる。そうすれば、上手く行けば拉致される前に警察が来てくれるかもしれない。

 だが手が震え、スマホを落としてしまう。慌てて拾い上げようとした、その時だった。


「今、殺すと言ったな。貴様のその言葉、本気の殺意の表明ならびに宣戦布告と受け取った。ならば、こちらも本気で迎撃させてもらおう」


 その言葉を発したのは、黒崎である。彼は冷静な表情で、先に姿を現した薄着の二人組を見つめていた。

 直後、黒崎が動く──


 滑るような動きで、一瞬にして間合いを詰めた黒崎。タンクトップの白人めがけ、鋭い横蹴りを放った。白人の左膝に、横蹴りが炸裂する。

 すると、相手は悲鳴を上げる。膝を砕かれたのだ。百八十センチを超える逞しい体が、黒崎の蹴り一発で片膝を着く。

 直後、今度は黒崎の左足が飛んだ。鞭のようにしなる、速い上段回し蹴りだ。白人の側頭部に、黒崎の足が叩き込まれた──

 バットのフルスイングのような一撃をまともに食らい、白人は耐えきれず昏倒する。土下座するかのような体勢で、顔面から崩れ落ちたのだ。

 間髪入れず、黒崎はTシャツの男に挑む。だが、男も黙ってはいない。外国語で怒鳴り、右の大振りのパンチを繰り出す。全体重を乗せたそのパンチをまともに食らえば、大抵の人間は倒れるだろう。

 だが黒崎は、男のパンチを鋭い回し受けで払いのけた……いや、弾き飛ばしたのだ。さらに、体の回転を利かせた右の正拳中段突きを放つ。

 黒崎の拳は、凄まじい速さで男のみぞおちにえぐりこまれた。男は、抵抗できない苦しさを感じ顔を歪める。思わず体をくの字に曲げた。

 次の瞬間、黒崎の左足が高く上がった。サッカーボールでも蹴るかのように、男の顔面を鋭く蹴りあげる──

 男の意識は、その一発の蹴りで飛ばされた。切り倒された大木のように、仰向けに倒れる。


 草太は、目の前の出来事が信じられなかった。

 普段の黒崎は、小学生と大して変わらないような体格の中学生たちに殴られ蹴られ、惨めな姿で地面に這いつくばっている。そんな場面を、草太は何度も見ている。

 その黒崎が、ふたりの外国人を倒したのだ。日本の不良少年など、比較にならないほどの戦闘能力を備えていたであろう外国人コンビ。そんな二人組を、ほんの数秒で片付けてしまったのだ……。

 一方、黒崎は冷静な顔つきのままである。息も乱れていない。彼は平然とした態度で、草太とユリアの隣に音も無く移動する。ふたりを守ろうとしているかのように。

 そして、両拳を顔の前に挙げ構えた。


武想館拳真道空手ぶそうかんけんしんどうからて五段、黒崎健剛クロサキ ケンゴだ。臆さぬならば、かかって来い」


 その口調は、冷静なものだった。しかし、新手の外国人コンビは明らかに怯んでいる。黒崎の超人的な強さを目の当たりにし、どうすればいいのか迷っている……そんな風に見えた。

 その時、草太はようやく我に返った。逃げるのならば、今がチャンスだ。


「ユリア、来い!」


 叫ぶと同時に、ユリアを抱き上げる。

 すると、二人組は草太の動きに反応する。片方の白人が、ユリアを逃がすまいと慌てて突っ込んで来た。しかし、その腹に黒崎の三日月蹴りが飛ぶ──

 黒崎の爪先は男のみぞおちに突き刺さり、男はウッと呻いた。だが、それだけでは終わらない。間髪入れず、黒崎の横殴りの掌底打ちが、男の顎に叩き込まれる。すると男は意識を失い、バタリと倒れた。昨今の格闘技の試合では見られない、完全なる空手の闘い方である。

 すると、もう片方の男は外国語で吠えた。次の瞬間、棒状の何かを手にする。キラキラ光る金属製の凶器だ。おそらくは警棒であろう。男は警棒を振り上げ、黒崎に襲いかかる──

 直後、黒崎の鞭のような内回し蹴りが放たれた。通常の回し蹴りとは逆の軌道を描く技だ。彼の足先は、警棒を握っていた手首にピンポイントで命中する。

 金属の警棒は、弾き飛ばされ地面に落ちる。

 だが、黒崎の動きは止まらない。さらに右の裏拳が一閃、男の顎を打ち抜いた。続いて、全体重をかけた左の下突きが男の肝臓をえぐる──

 男は腹を押さえ、ゆっくりと崩れ落ちた。




 今、公園には四人の外国人が倒れている。皆、戦意を失いぐったりしているが、死んではいない。

 一方、草太はユリアを抱き上げた。急いで事務所へと向かう。

 だが、その動きは止まった。彼は振り向き、黒崎に怒鳴る。


「おっちゃん! あんたも来てくれ!」


「えっ? 俺もか?」


 黒崎は、戸惑いの表情を浮かべる。先ほどまでの冷静な闘いぶりとは真逆の態度だ。


「こんなことやっちまったら、あんたも公園にはいられないだろ! 事務所まで来てくれよ!」


 草太の言葉に、黒崎は苦笑した。確かに、こんな状態では逃げるしかない。


「お前の言う通りだな」




 事務所の中で、草太はようやく一息ついた。ふとユリアを見ると、顔色が悪くなっている。


「ユリア、大丈夫か?」


 尋ねたが、ユリアは下を向いたまま震えている。これはまずい……そう思った時、ポンと肩を叩かれた。


「今はまず、ユリアを寝かせてやれ。もし何かあったら、俺が対処する」


 頼もしい口調で、そう言ったのは黒崎だ。今の状況で、これほど頼もしい味方はいないだろう。


「ああ、わかった。おっちゃん、頼んだよ。ユリア、お昼寝しような」


 草太はユリアを抱き上げ、布団まで運ぶ。

 だが、ユリアは青い顔で震え続けていた。布団に入った後も、草太の手を離そうとしない。


「大丈夫だよ、俺はここにいるから。お前のそばを、離れたりしないから」


 優しい口調で言いながら、草太は少女の頭を撫でる。ユリアのこの怯え方は異様だ。ひょっとしたら、あの外国人たちに見覚えがあるのかもしれない。

 となると……。


 今から考えてみれば、中田の態度はおかしかったのだ。ユリアを預ける時も一方的だったし、外に出て行く時もキョロキョロしていた。何かに怯えているような……ヤバい事件に巻き込まれている、としか思えない。

 しかも中田は、三十歳くらいの女をロシアから密入国させた、との噂も聞いている。

 さっき襲って来た外国人たちは、その密入国の件に絡んでいるのだろうか?




 やがて、ユリアの寝息が聞こえてきた。草太は静かに体を起こし、そっと立ち上がる。

 カーテンを開けて事務所に行くと、黒崎がソファーに座っていた。猫のカゲチヨを撫でている。カゲチヨは本当に人懐こい猫だ。会ったばかりの中年男に、もう懐いてしまったらしい。黒崎の隣で、丸くなって寝ている。


「おっちゃん、ユリアは眠ってくれたよ」


 草太が言うと、黒崎はこちらを向いた。


「まず、話を聞かせてくれ。どういった事情だ?」


「それが、俺にも分からねえんだよ……」


 弱々しい口調で、首を横に振る草太。すると、黒崎の表情が険しくなった。


「俺も、この件にはかかわってしまった身だ。今さら隠し事などされては──」


「いや、俺は本当に何も知らないんだ」


 そう前置きして、草太はこれまでのいきさつを話した。とはいっても、すぐに済む話だったが。




「なるほどな」


 話を聞き終えた黒崎は、カゲチヨを撫でながらため息をつく。そのため息は、草太のいい加減さに呆れているようでもあり、ユリアに対する哀れみが込められているようでもある。


「では、お前はこれからどうするつもりだ?」


「えっ? どうするって言われてもなあ……」


 黒崎の問いに対し、草太は答えることが出来なかった。一般の人なら、こうなった以上はユリアを警察に連れて行くだろう。四人の外国人に襲われる……こんな状況は、どう考えても普通ではない。

 しかし警察に行ったら、ユリアはどうなってしまうのだろう?

 ユリアの身元が分からない場合、彼女は施設に預けられることになる。かつて施設で暮らした経験のある草太にしてみれば、ユリアにとって良い環境だとは思えなかった。


 その時、黒崎の表情が一変する。何かを察知したかのように、彼は鋭い目付きで玄関を見つめる。


「便利屋、誰かがドアの前に立っているぞ」


 黒崎の押し殺した声を聞き、草太は顔を歪めた。まさか、この事務所が嗅ぎつけられたのだろうか?

 次の瞬間、ドアホンが鳴らされた。


「おっちゃん、どうしよう……」


 草太の囁くような声に、黒崎は立ち上がった。音も立てずにドアの前に行く。


「そこにいるのは、何者だ?」





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