第85話 ドワーフの集落

「なぜ私が、君の占いの代金を払わねばならないんだ!」

 朝からシメオンが抗議にやってきた。吸血鬼だから、昼間まで寝ていればいいのに。とはいえ、しっかり払ってくれたらしい。さすが律儀なお人好し吸血鬼。

 私が見込んだだけあるわね。

「ハロー、マイフレンド!」

 まずは挨拶をした。シメオンは後ろを振り返り、表情を変えずに向き直る。

「……誰もいないようだが」

「冗談が上手くなったわね、シメオンさん」

 お笑いを目指してるのかしら、真祖の吸血鬼が。いや、それはそれで面白いかも知れない。


「立て替えた代金についてだが」

「払ってくれてありがとう!」

 私はしっかりとお礼を伝えた。感謝の心を忘れてはなりません。

 シメオンは納得したようで、それ以上はなにも言わなかった。むしろ私の役に立てて嬉しいんだと思う。

「……はあ。全く君は図々しいな……」

 ため息なんてついてるわ。図々しいとは失礼な。

「強欲と言ってちょうだい。さーて、ドワーフの集落に行きましょうか!」

「ああ、行ってこい」

「せっかくだから一緒に行きましょ。場所は知ってる?」

「大体は把握している」

 やったね、案内係が向こうからやってくるなんて。

 ありがとうございます、これも女神ブリージダ様の恩寵です! 私は幸運を与えてくれた女神様に感謝した。


 今日はお店を休みにして、清らかな水探しだ。水を入れるキレイな空瓶を持って、出発。町から出て、少し歩くらしいわ。

 草原の間を抜ける東に伸びた道で、おうとつがあり、雨が降ったら水溜まりになりそうね。通行人は少なく、馬車が通れるほど広くもない。貧しい村から出稼ぎするような、いかにも貧乏そうな風貌の男性とすれ違ったりした。

「……歩いているだけだとヒマねえ。楽しい話をしてよ」

「ない」

「ちょっとクスッと笑えるくらいのでいいわ」

「楽しい話など、ない」

 ないのか。仕方ないか、筋肉教祖に呼ばれて、実質無料奉仕をしていたんだものね。金のないところに、楽しみはない。昔の人はよく言ったものだ。


「そうだ。興行が来る日、隣の家の庭で、雑貨の販売とかをするのよ。販売員をしない?」

「しない。私が販売に向いている様に見えるかね?」

「んー、吸血鬼マニアとかが競って買ってくれるかも」

 なにせ吸血鬼らしい容貌なので、愛好家がとても喜ぶわ。いるか知らんけど。

 看板もなく、道だかも分からないような細い道で、シメオンが右に曲がった。ちょっとした下り坂で、スタスタと歩けるわ。景色の先では川が緩やかなカーブを描き、横たわっている。

 上流側は小高くなっていて森が広がり、川の片側に岩場が続く。ドワーフの集落は、きっとあの辺りだろう。

 迷わず歩くシメオンの後ろを、ついて歩く。


 森の中に隠れるように、目的の集落はあった。八軒しかないわ。トントンカンカンと、金属を叩く音が響いている。家は猫には大きく、人には小さいくらいな大きさ。

 近付くと不意に鍛冶の音がやみ、薄汚れた服を着たドワーフが姿を現した。一人はオーバーオールだ。背は私の半分くらいかな。二人とも恰幅が良く、立派なヒゲを生やして汗をかいている。

「誰だ? 人間と……、その顔色の悪さ。吸血鬼か?」

「吸血鬼が真っ昼間から出歩くか?」

 出歩くけど吸血鬼なんですよ。この際それは関係ないから、置いておいて。

「こんにちはー! 実はお願いがあって来ました。神聖な水があったら分けてください!」


 元気にお願いするが、二人は固まって顔を見合わせた。

「……だめだよな」

「んだんだ」

 断られてしまったわ。そう簡単にはいかないものよ。

「まあまあ、水はみんなのものですよ。私が使った方が、神様も喜ばれます。どこから汲んでるんですか、自分で汲みますんで」

「嬢ちゃん、俺たちはいい水を探してさすらって、やっとここの上流で満足する水を見つけたんだ。簡単にそうですね、とはいかねえよ」

「んだんだ」

 なんとか説得したいのに、シメオンは我関せずと黙ったまま。友達がいのない吸血鬼よ、全く。ところでオーバーオールのヤツは、“んだんだ”しか言えないの?

 私たちの会話が聞こえたのか、家からドワーフの仲間が姿を現した。


「おう、どうしたよ?」

「親方。この人間と吸血鬼が、水が欲しいって言うんですよ」

 真っ白な髪のドワーフで、こちらも作業着っぽい擦り切れた服を着ている。親方と呼ばれたソイツは、私をまじまじと眺めた。

「……そうだな、分けもいいぞ」

「ありがとうございます、撤回不可ですよ!」

 さすが親方、話が分かるー! りっぱなおヒゲは伊達じゃないぜ、ヒュウヒュウ。

「まあ聞け。代わりに俺たちの要求を三つ、聞いてもらおうか」

 親方は三本の指を立てた。三つとは欲張ったわね。とりあえず聞いてみよう。別の水を探すほど、時間もないし。


「一つ目は、一日だけ俺たちが製作したものを販売できる場所を用意してくれ。自分たちの手で売りてえが、毎日店番すんのも退屈だからな。とりあえず、人が集まるところで一日売ってみてえ」

 お安いご用よ、一つ目は簡単にクリアできるわね! ドワーフ製の武具や刃物は人気だから、公園でゴザでも敷いて販売するだけで、売れると思うけどなあ。

「それなら一週間後に興行が来るって、町が盛り上がってますよ。その日でどうでしょう。ウチのとなりで雑貨の販売をしますから、スペースをお貸しします」

「そりゃあいい、決まりだな!」

 話を聞いていたドワーフも喜んでいる。私にも得になりそうな話で良かったわ!

「では一週間後に、商品を持ってきてくださいね~!」

「おうよ。いやー、作るのはいいが、売らないといつまでも金にならねえからな」

 今さらなことを言ってるわね。大丈夫か、コイツら。


「で、二つ目。下働きを紹介してくれ。掃除だの家事だのをやってくれるヤツ。製作に入ると、どうしても生活がいい加減になってな」

「あー、なるほど。すぐにとはいかないかも知れませんが、お約束します。通いになるのかな? 食事は出ます?」

 ある程度の条件を聞いておかないとね。住み込みで食事も出るなら、スラムから紹介できるかも。ヒマなやつが名乗りをあげるに違いない。

「住み込みでもいいし、食事は作って欲しいんだよ。ついでに自分の分も用意するなら、好きにしていいぜ」

 なるほどなるほど、家事が得意な人なら飛びつきそう。種族も性別も問わないそう。こちらはなるべく早く、ということで次の要求を聞く。


「最後の三つ目だ」

「やっと! ところでなんで三つなの?」

 水をもらうだけなのに。そもそも所有権はお前たちなのか。

 私が疑問をぶつけると、親方は当然という表情で答えた。

「試練は三つって決まってる」

「決まってないわよ」

「じゃあ七つにするか」

「三つに決まってるじゃないの!」

 どさくさに紛れて増やそうとは、とんでもないヤツね。さっさと片付けて、水を汲みに行くぞー!

 さて、ついに最後の要求の発表です。

 じゃかじゃかじゃんじゃんじゃん。


「水場にケルピーが出て危ねえんだ。倒しといて」

「最後に危険なのぶっ込んできた!」

 ケルピーは水棲馬で、人を見ずに引きずりこんで殺す、危険な魔物だ。水中に住んでいるので、退治するには危険がともなう。

 だが、そんなものなど恐れもしない猛者がいる。

 そう、我らが軍師シメオンの出番なのだ! 真祖の吸血鬼にかかれば、ケルピーなどなんのその。ふくらはぎの裏側に止まった蚊よりも簡単ぷーに倒してくれる。

「行きましょうシメオンさん、困っているドワーフさんたちを見捨ててはおけないでしょう!」

「んだんだ」

「アンタじゃないわ、オーバーオール!!!」


 なんか余計なヤツが返事をしてるぞ。シメオンはしらけた目をしている。

「コイツに案内させるからよ、後は頼んだ」

 親方はんだんだ頷くオーバーオールに私たちを任せ、家へ戻った。このとぼけたドワーフを連れて行くわけね。

「なるほど、道案内がいた方がいいわね。出発するわよ、オーバーオール」

「わいはパウエルっちゅうモンじゃ」

「喋れたの、オーバーオール……!???」

 んだしか言わない生きものだと思ってたわ。まあいいわ、水を求めていざ行かん!

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