第84話 ロノウェとエルナンド

 興行がくるんだし、準備をしなきゃいけないわ。

 商品の確保と、一日だけの店員を探さねば。勤勉で愛想が良くて、私が何もしなくてもバッチリ販売をしてくれそうな人。

 ……うーん、難しいな。さすがに猫だと物足りない。

 店のカウンターで頭を悩ませていても、答えが出てこない。

「およびー?」

「呼んでねえよ」

 キツネの出番じゃねえよ。またリコリスか。最近、やたらとウロついてるわね。私の反応などお構いなしに、リコリスは店に足を踏み入れて扉を閉めた。


「冷たいなー、シャロンってば」

「私は忙しいのよ。さっさと買いものして帰りなさい」

「買いものじゃないよ~」

「なら、お金を置いて帰りなさい」

 商品を持たなくても、お金さえ払ってくれれば私はオッケーよ。リコリスは三本の尻尾を揺らしながら歩いてくる。


「サンからの連絡だよ。興行が来るから、町全体がお祭りムードになるんだって? 薬の追加はいる?」

「今回は特に必要ないかな。雑貨とかを中心に売るのよ。ここを休みにして、隣の庭でやるの」

「わー、楽しそう! 私もお店番してあげる~」

「いらんわ」

 イタズラキツネなんかに任せたら、何をしでかすか分ったもんじゃないわ。商品に木の枝とか泥まんじゅうを混ぜられそう。私は丁重にお断りした。

 リコリスの相手をしていても仕方ないわ。お客が来ないかな。みんなただ通り過ぎるだけ。人生に必要な寄り道と衝動買いを、なぜしないのか。


「じゃあお隣にご挨拶するね」

「しなくていいわよ!」

 なんて図々しいキツネなの。リコリスはタタタッと走り、素早く隣の家に行ってしまった。追い付けない!

 門から入り込み、庭で当日の配置を考えているロノウェを見つけて声をかける。

「こーんにちは~、お店番さんだよん」

「んー? キツネじゃない、あの娘の交友関係おかしいなあ……」

「ぴぎゃ!!!」

 リコリスの尻尾がぼわわんと膨らみ、体が小さく跳ねた。何に驚いたんだろう、庭にいるのはロノウェだけ。ロノウェが近づいてくると、リコリスはいつになく動揺しているよ。


「どうしたのよ、いたずら者らしくないわね」

「ちょっとーシャロン、どういう知り合いなの!?? やっばい種族でしょ、怖い怖い!!!」

 小声で私に苦情を言ってくる。ははーん、悪魔が苦手なのね。リコリスの弱点を見つけたわ。

「大丈夫よ~、ロノウェさんは小悪魔派遣のお仕事で出張してるだけだから。興行の日は、お手伝い頼んだわよ!」

「いやーぁ、やっぱりお薬作りしなきゃだ~ね~」

「ああ、興行の日のバイトなの。よろしく」

「クェーーーン!」


 リコリスは逃げるように去っていった。

 地獄の侯爵ロノウェから直接お願いされ、さしものイタズラキツネも従わざるを得ないのであった。べべべん。

「愉快なキツネだねぇ」

「ホントね~。愛想はいいから、お店番にはもってこいよ!」

「化けギツネはわりと賢いからね、期待できる」

 ロノウェも納得しているわ。

 イタズラさえ封じれば、リコリスも使えるわね。まずはお店番一人確保~! 交代で遊びに行くんだろうし、もう数人確保しないと。


「シャロン、今日は君に頼みがあってきた」

 良い気分でいるところに、猫好き聖騎士エルナンドが登場した。

「無理」

「まだ用件も話していない!」

 聞くまでもない。ロノウェは面白がって笑って眺めている。

「私に聞いて欲しかったら、まずはお店で買いものをしてからね」

「……最近、“悪魔”という種族が町を歩いているのを知っているだろう? 悪魔についての知識があったら、聖騎士や兵を相手に講習を開いて欲しいだけだ」

 この野郎、聞かねえって言ってんのに勝手に喋りやがった。

 ……とはいえ、講習。講習ね。


「少しは知ってるわよ。……講師なら、もっといい人がいるわ。紹介するから、仲介料が銀貨一枚ね」

「高いが……仕方ないだろう、専門家だろうしな……」

 専門家も専門家、悪魔本人よ。うひひ、うししし!

 エルナンドは財布を開いて、この場で支払った。

 シャロンは銀貨を手に入れた。

「はい、じゃあ約束通り紹介するわね。地獄の侯爵ロノウェさん、悪魔その人です」

「ご紹介に預かりました、ロノウェです。小悪魔紹介・派遣カンパニーをやってるからヨロシク。講師ももちろん有償で引き受けますよ」

 ロノウェは慣れた手つきで名刺を取り出し、両手でエルナンドに渡す。受け取ったエルナンドはアホ面を晒して名刺を眺め、ロノウェの顔をじっと見てから私に視線を移した。


「交渉は自分でしてよね」

「…………紹介も何も、目の前にいたじゃないか!!!」

 一丁前に怒鳴ってくる。頼まれた通り、紹介したのに。

「目の前に悪魔がいて、気づかない方が悪いわよ」

「悪魔とは、人と違い尻尾や角がある種族だと聞いていた……」

 まじまじとロノウェを凝視するエルナンド。 見た目は完全に人と同じ。シンプルだが、お高そうな服を着こなす紳士だ。

「そこからか~。そこから講習すればいいわけね、了解。じゃあ打ち合わせをしましょうか」

「よろしくお願いします……」

 まだ納得できない表情をしているエルナンドをロノウェが引き取ってくれたので、私は安心して店へ戻った。

 あー、普通の客が来ないかな。店内全部とか買ってくれる、いいお客が。お釣りはいらねえと、金貨をくれる優しいお客が。来てくれたらいいのにな。


「こんにちはー! 相変わらずお客が少ないですね」

「出禁にすんぞ」

 狩人組合の若造ではないか。冷やかしに来たなら、ぶちのめすぞ。

 アイツは買いものをしない、悪いヤツなのだ。女神ブリージダ様も、半殺しまでは許してくださる。

「今日は依頼ですよ。銀の鉾を祝福して、聖なる武器にして欲しいんです」

「銀貨二枚ね。五日後に来て、準備しとくわ」

「伝えておきまーす! では五日後に」

 ヤツはそのまま戻っていった。やはり買いものをしない。商品棚に目も向けていなかったわ。

 これから祝福をするまで、肉も卵も食べられないわ。はー。


 しかし五日後ね。

 自分で言って後で気づいたんだけど、聖水がない。清らかなる水を聖別して聖水にすればいいだけの話だが、自治国じゃないからちょうどいい水が湧く場所を知らないんだったわ。

 うーん、こういう時は……。

 そうだ、占ってもらおう。占い師なら失せもの探しや温泉掘削や怨敵調伏くらい、お手のものに違いない。

 夕方になるのを待って、早めに店を閉めて高級住宅街を目指した。高級住宅街近くの路地で、占い吸血鬼のヴェラが出店しているのだ。

 だいたいの場所しか知らなくても、不自然な場所に女性が集まっているからすぐ見つけられる。

 私が最後尾に並ぶと、前の人から白い大きな札が回ってきた。


『ヴェラ様のよく当たる占い 最後尾 ちゃんと並ぼう』

 誰が作ったんだ、これ。絶対に本人じゃないわね。これを掲げていればいいわけね。

 少しすると二人連れの若い女性が後ろに並んだので、札を渡した。

 それから待つこと二十分。ようやく私の番がきたわ。人気なだけあって、長かったなー。

「次の方、どうぞ」

「はーいはいはい。実は私の金貨百枚がなくなりまして」

「持ってないものは、なくならないわね。それだけ?」

 座りながら伝えるものの、あっさり嘘を見破られたわ。さすが占い師。

 ヴェラは相変わらず占いの時は黒いヴェールをしているので、顔が見えにくい。ヴェールの下に覗く髪も、闇のような黒い色。


「ちょっと聖水を作る用事があるのよ、いい水が湧いてる場所を知らない?」

「聖水ねえ……。どんな水なら良いのか知らないし、難しいわね。……ドワーフが使ってる川の水はどうかしら?」

「ドワーフね。確かに水にはうるさそうだわ。そういや、そこらにいるって聞いたなあ……」

 スラムの先生からドワーフ作のナイフをもらったことがあるし、町から遠くないところに住んでるはず。よーし、ドワーフから聞きだそう!

「町の南東の岩場に住んでるわよ。森との境目くらい」

「サンキュー! 行ってみるわ」

「情報料込みで、青銅貨五枚」


 ヴェラが手のひらを上にして差し出す。

 高い! これだけの会話でそんなに取るの!?? コイツ……どれだけ儲けているのだ……。想像するだけで恐ろしいわ。

「シメオンさんにつけておいて」

「絶対に払わないと思ったわ」

 さすが占い師、理解してるね! 今度何かお礼をしよう。もちろん、今回の水の情報が正しければ、だ。

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