第83話 儲けの予感

 美味しいご飯とは、味だけではない。誰と、いつ、どのように食べるか。料理の見た目、香り、雰囲気なども重要だという。

 そして値段も大事だと思う。無料で食べるご飯は美味しい。無料こそが最高のスパイス。私はこの真理に辿り着いた。また誰か、奢ってくれないかな。



「こーんにちは、持ってきたよ~」

 スラムの診療所は、相変わらず患者が少ない。一般の人も来るようになれば、繁盛するのになあ。

 私はスラムの先生から注文された、キツネの傷薬を持ってきていた。

「おお、助かる。こっちは住民から商品が届いてる。ぼちぼち売れてるから、みんな喜んでるぞ」

「わ~、だんだん腕が上がってるんじゃない? ショールが売り切れたから、追加よろしくね!」


 次は布を持ってこないとね。

 住民からは猫の置物、小さなポーチや手提げカバン、いびつな形で灰色の、固形石鹸が置かれていた。

「石鹸も作ったの?」

「衛生状態が悪いと、病が流行りやすいからな。昔のツテで、石鹸を作れる八ヤツに頼み込んで講習を開いてもらってたんだよ。余分に作ったから売ってくれって」

「ほーう、なるほど。ただし一つ、私が使うわよ。問題がないようなら売るわ」

 医師をやってるくらいだし、先生はいい教育を受けてるのかな。服とか家とかは、スラムの住民より少しマシかな程度なので、金持ちには見えない。


「頼んだぞ。また必要な薬があったら、連絡する」

「ここもショーンに連絡係をさせていい? うちのバイトなの」

 わりと顔を出す必要があるのよね。ショーンがものを持てれば、一番良かったんだけどなぁ。

「バイトの子? 一回連れてきてくれ、気が弱い子だと因縁をつけられかねないからなあ。カツアゲでもされたら可哀想だ」

「それはダイジョブ、ショーンはスパンキーだからお金は持てないの。明け方か日暮れ以降に来るよ」

「なんでスパンキーがバイトなんだよ! やめてくれ、診療所にスパンキーなんて縁起でもない!!!」

 全力で断られてしまった。ただ楽をしたいだけなのに。


「そんなに拒否しなくても、スパンキーだって頑張って生きてるんだから」

「生きてないからスパンキーだぞ」

 意外と鋭いな。先生の眼差しがだんだん冷たくなっている。まあ自分で来てもいいからね、諦めよう。

 私は商品をカバンに詰め込んだ。カバン一つで足りちゃうんだもんなあ。他にも仕入れ先を探さないといけない。

「じゃあまた、近いうちに……」

「せーんせー! 紙をもらったの、なんて書いてあるの?」

 緑の髪の、スラムの兄妹が元気に駆け込んできた。妹が紙を片手に持って、大きく振っている。折れてるわよ。

「どれどれ?」

 女の子が紙を先生に突き出す。先生は受け取って、顔の前でじっと眺めた。


「読んで!」

「ほう……、興行がくるってよ! 一週間後だな、広場で歌や劇が見られるぞ」

「お歌? わたしたちも行っていいの?」

 期待と不安が入りじる女の子の頭を、先生の大きな手が撫でる。

「いいに決まってる」

「やったー、楽しみ!」

「友達も連れて行こうな!」

 女の子はチラシを返してもらい、大事そうに胸に抱えた。男の子もにこにこしてるわ。興行かあ、どんなのが見られるのかな。

 二人は嬉しそうに、みんなに教えると走っていった。嵐みたいだったわね。


「……興行なんて久しぶりだな。アンタは何かやるのか?」

「芸なんてできないわよ」

 何を言ってるんじゃい。私は素っ気なく答えて、診療室を出ようとした。

「こういう時は、屋台とかが出たりガレージセールをやるヤツがいたり、町中が盛り上がるんだよ。商売のチャンスじゃないのか?」

「商売の……チャンス!」

 思いがけず、いい情報を手に入れたわ。

 しかし、どうしたらいいんだろ。ガレージセールって、確か庭で不要品を売ったりするのよね。どうあやかれば良いのか……。大家さんに相談しよう、そうしよう。

 時間もちょうどいい。もうすぐお昼だ。


 私はお昼ご飯を食べられてしまう前に、急いで大家さんの家へ向かった。きっとシャロンちゃんも一緒にどう、と誘ってくれるはずだ。

 玄関で声をかけると、すぐに大家さんが扉を開けて顔を出した。

「あらあらシャロンさん、どうしたの?」

「大家さん、来週興行がくるって知ってますか? 初めてなんで、どういうのかなーってお話を聞きに来ました」

 通りを歩いている時にもらったチラシを渡す。大家さんは顔に近付けてから離し、見やすい位置を探っていた。

「興行ねえ、久しぶりだわ。プレパナロス自治国には来なかったの?」

「自治国にくるのは信者ばかりですからね~。歌や踊りを捧げますって人は来ましたが、女神様の像の前で披露するだけでしたよ」

「そうなのね。とにかく上がってちょうだいね」


 待ってました。私は喜んで勝手知ったる客間を目指した。大家さんは台所へ向かう。

「お邪魔しまーす」

 相変わらず、ソファーが柔らかく私を歓迎してくれる。

 部屋には大家さん手作りのグッズが飾られているよ。ハンドメイドが趣味だったのよね。最近はガーデニングにハマっている。多趣味な人よ。

「お待たせ」

 トレイにコーヒーとクッキーをのせて、大家さん登場。

 あれ、ご飯じゃない……?

「あ、ありがとうございます」

「よかったわ、今日は早めに昼食にしたの」

 遅かったー!!!

 ああ親愛なる女神ブリージダ様、これは女神様の試練でしょうか……。

 諦めてコーヒーに砂糖とミルクを投入する。小さいスプーンで、くるくると世の不条理をかき混ぜた。


「それで、興行だったわね。興行の人たちは広場で芸を披露してくれて、周囲に出店が並ぶのよ。広場に出せるのは、組合に加入している人だけだったわね」

「組合には入ってないんですよ」

 クッキーも大家さんの手作りだ。甘すぎなくて美味しいわ。

「普通の人は自分の家の庭を使って、不用品や自分で作った小物、食べものを売ったりするの。道路にはみ出すと注意されるから、気を付けてね。住宅街ならまだしも、シャロンさんのおうちの辺りは人通りが多くなるから危ないのよ」

 おおお。人が増えればお客も増える。かも知れない。

 俄然、楽しみになってきた。ただ一つ問題が。


「庭で売るにしても、そこまで場所がないんですよね…。お店に入ってもらう工夫が必要ですね」

「こんにちは、相談に来ました」

「あら、またお客様。ちょっと対応してきますね」

 玄関から男性の声が。これは私の隣の家を借りる、悪魔ロノウェね。地獄の侯爵さんだわ。赤紫の髪が肩先で揺れている。

 ロノウェも客間へ案内されて、反対側のソファーに座った。

「一緒でいいわよね?」

 大家さんが確認する。店子たなこにとって家主は国家権力も同然、文句のあろうはずがない。私は頷いた。


「もちろん。私は商売の話さえさせてもらえれば、すぐに帰りますよ」

 ロノウェも異論はないようだ。そういや人材派遣をやってるんだったわ。そろそろ本格始動かな。

「聞こうじゃないの」

「なんで君が偉そうなの」

 クッキーが美味しいからです。強気にもなるってもんよ。クッキーの欠点は、お昼ご飯の代わりにはならない、という点だわね。

「まあまあ、急がなくてもいいでしょう? ロノウェさんにもコーヒーを淹れますね。お待ちになって」


 ロノウェの相談も、興行の日のことだった。

 人材派遣をやりたいから、庭で受付をしていいか、という確認をしている。律儀な悪魔だ。

「もちろん大丈夫ですよ」

「安心しました。しかし空いているスペースが、もったいないですねえ」

 ロノウェの家は庭が広く、前の住民がバーベキューをしたそうで、スペースが余っているのよね。ガレッジセールするにも、不用品がなさそう。

ひらめいた! ロノウェさんの庭で大家さんの手作り品を売り、発案者の私が売り上げから一割もらうのはどうでしょう!」


 シャロンちゃんの天才的頭脳がきらめく。いいアイデア過ぎる。

「……いいけどね、なんで君が一割取るつもりになってるの? 渡さないよ。それと、販売員をどうするかだよ。私はやらないからね」

 そっけない返答だ。しかし庭は使わせてもらえる。大家さんは両手を合わせて喜んでいるよ。

「私の作品を売ってもらえたら、とても嬉しいわ」

「じゃあ販売員は、こっちで手配しますね。売り上げからバイト代を払ってもらって……、そうだ、スラムの連中にも知らせます! 商品は多い方がいいですよね」

 一週間ある、作らせよう。ついでにお店の宣伝をするのだ。

 いっそお店を閉めて、こっちに力を入れるのもありかも。なんせ大家さんのハンドメイドは、趣味どころかプロ級の腕前よ。人が集まりそう! 私が店番をすれば、バイト料がもらえて確実に小銭が手に入る。

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