第82話 不思議な客とブルネッタ
「なあなあ、筋肉村に行ってきたの?」
金髪の男の子がカウンターテーブルに両ひじをついて、人懐っこく尋ねてきた。年齢は十歳になるかならないか、というところ……に、見える。
以前老婆に化けたりして店で買いものをした、得たいの知れないモノだわ。正体を隠しているとはいえ、お客には違いない。お金を払うものに閉ざす門を持たない、それがお店です。
「行ってきたわよ~。でもまさか筋肉村グッズがあんなに人気だったなんて……。あっという間に完売よ。筋肉教祖の本なんて、両手で天に掲げて神様に感謝を捧げてから買いに来たわ」
「吸血鬼の本なのに! バッカで~~~!!!」
男の子は大声で笑った。年相応なリアクションだ、化けるのがうまいなあ。ま、気づかないフリをするのも大人ってもんよね。
「売れ筋商品を見極めるのって、難しいのねえ。エルフの里のトレント編みカゴの方が、絶対にいいのにな~」
色はシブくておしゃれだし、しっかりしているし。
「姉ちゃん色々行ってるなあ~。筋肉村、どうだった? 教祖はホントにマッチョ吸血鬼?」
……やっぱりこいつも吸血鬼なのかな。筋肉村について知りたがってるわ。興味津々という表情で答えを待っている。
「マッチョ吸血鬼で、皆に好かれてるわ。近くにあるエルフの里と、筋肉ナンバーワン決定戦をしてた」
「あっはっはっ、っは、はーぁ! なんで吸血鬼とエルフで、筋肉を競い合うんだよ!」
笑いすぎて、むせそうになってる。少年設定に無理があるお年頃ではないのか。笑いの間に店内を見回す視線は、とても子供のものではなかった。
笑い声の響く店内。心行くまで放っておいたら、またもや扉が開いた。おし、お客か!?
「いらしゃいませー! ……って、ブルネッタじゃん」
店内に足を踏み入れたのは、茶色の髪の
「こんにちはー! 珍しい食べもの、ありませんか?」
「だから食料品店へ行けよ」
ねえよ、全く。ブルネッタはカウンター前の子供に目を止めると、目を細めてジーッと眺めた。
「……なに?」
「……化けるの上手ですけどね、たぶん、店長さんに正体バレてますよ」
「え? 二人とも僕が人間じゃないって、気づいてるの?」
少年は意表を突かれて、目を丸くしている。かなり化けるのに自信があったんだろうが、シャロン様の美人アイを誤魔化すことなど、できぬのである。自信をもって頷く。
「まーね、人でも人外でも、客は客だから。お金の有無の方が重要よ。店に入れてやってんだから、買いものしなさいよ」
「なんでそんな偉そうなんだよ。そっちのは神聖力だろうけどさ、食人種はどう見分けてるの?」
「食べられるか、食べられないかです。私は菜食主義ですが、人は我々にとって食料ですから」
え、ブルネッタって食べものかどうかで、人とその他を区別してたの?
やっぱり食人種よねえ……。私も食べもののカテゴリーなのだろうか。いくら菜食主義だと言われても、ちょっと微妙。
「食べものかどうかって……」
子供のフリをしているヤツも、ドン引きよ。
「食人種なんて、そんなもんですよ。親でも食料だと認識したら食べます」
「それもちょっとなあ」
とんでもない考えをしてるなあ。ブルネッタは当たり前のように、表情を変えない。
「食人種は個人主義なんです」
「個人主義って、そういうのだっけ?」
思わず私がつっこんじゃったわ。詳しくないけど、違うと思う。
「そうそう、僕はグレンっていうんだ。今度はバレないように来るから、またねー」
「次こそ買いものしなさいよ!」
グレンは手を振って店を出た。買いものをせずに。ブルネッタも買う様子はない。全く商売にならないわ。
「ブルネッタ、今日はなにもないし、そろそろ私もご飯だから。帰ってちょうだい」
「ご飯ですかー、いいお店知ってます? 奢りますよ」
「どこまでも付いていきます!」
うんうん、せっかく来てくれたお客様だもん、追い返したり断ったりしたら悪いわよね。私はいそいそとお店を閉めて、ブルネッタと町へ繰り出した。
「おや、お出かけ?」
隣に住む、小悪魔派遣カンパニーの代表で悪魔の貴族、赤紫の髪のロノウェだわ。この町にもカンパニーの支部を作ろうと、小悪魔を呼んだのよね。ジャナちゃんたち第一陣は到着して、ケットシーの王国に住み始めているよ。
「こんにちは、ロノウェさん。彼女が奢ってくれるっていうんで、ご飯を食べに行くんです。ロノウェさんもいつでも奢ってね、待ってまーす」
「……奢らないからね?」
残念、やっぱり悪魔だわ。
さらに進むと、占い吸血鬼のヴェラ・アルバーンが一人で歩いていた。まだこの町で占いをしているのよね。
「ヴェ……」
「占い師さんだ! 今日も出店しますか?」
通りすぎる女の子が、キラキラした眼差しで問いかける。占ってもらいたいことがあるのかな。
「今日はお休みよ。明日はやるから、ヨロシクね」
「はーい!」
腰まで伸びた緩くウェーブした長い黒髪、闇夜のような漆黒の瞳。『国滅ぼしの
妖艶な美人なので、若い女の子のファンが多い。連日、列ができてるんだって。あやかりたいなー。
「人気な吸血鬼ですね~。噂のよく当たる占い師って、もしかして彼女ですか?」
「そうよ~。ブルネッタの耳にも入ってるのね」
ブルネッタはきこりの爺さんの弟子をしていて、普段は山に棲んでいる。買いものがある時だけ、町までやってくるのだ。そんな彼女まで噂が届いているとは。
「女の子がよく噂してますよ。あ、店長さんの噂はほとんど聞かないですね」
「いちいち言わなくていいわ!」
「でもたまーに、話している人がいますよ」
「ホントに!? 美人は辛いわ~」
ブルネッタってば、もったいぶった話し方をするんだから。ヴェラもだけど、美人は噂になりやすいのよね。仕方ないわ。
「ええ、“ヤッベー元聖女が怪しげなお店を始めたらしい”って。さすがですね!」
「いい気分が台無しだわ!」
他国から来て頑張っている私に、なんたる言いぐさ! 見る目のない連中よ。
会話をしているうちに、目的のお店に着いたわ。今回は特殊なお店にご案内したぜ。小さなお店の内はわりとすいていて、お客の影はまばらだ。
「やっほー! 二名様ご案内してー」
「いらっしゃい! 好きな席に座ってね~」
私は窓際の二人席に、ブルネッタと向かい合って座った。テーブルにはメニューの書かれた薄い木の板が一枚、置かれている。
「お好み焼き二つと焼きそばね」
「はいよー」
私は勝手に注文した。ここはこの国では珍しい、お好み焼きのお店。まだメニューはお好み焼きと、焼きそばしかない。
人件費を安く済ませるためにスラムからバイトを雇ったので、スラム経由で話を聞いて、食べに来たことがあるのだ。若い店長は他の国で料理修行を数年して、自分の店を早く持ちたくて流れてきたらしいわ。
「じゅうじゅういい音がしてきました」
「香りもいいよねえ」
しばらくきこりの話を聞きながら待つと、木のお皿に乗ったふっくらしたお好み焼きが運ばれてきた。 ソースが輝いて見える。熱いうちは薄く削られたかつお節が揺れて、踊っているよう。
「あつあつでおいしい!!!」
「このソース、たまんないわ~」
キャベツがたっぷり入ってて、本当に美味しい。ブルネッタも気に入って、焼きそばも半分以上食べていた。私も負けじと食べるぜ。
「メニューを増やす予定だから、また来てよ」
食べ終わってブルネッタがお会計をしている時に、店長が嬉しいお知らせをくれたわ。
「おお~、何が増えるの?」
「海鮮お好み焼きと、チーズのお好み焼きにしようかと思ってる」
「いいね! また来るわ」
チーズがいいな、チーズ。楽しみが増えたわ。
「持ち帰りはできませんか? 爺さんに食べさせてあげたいんですが」
「持ち帰りか! 考えておくよ」
ブルネッタの師匠であるきこりの爺さんは、大衆酒場や古い感じのおっちゃんが集まる喫茶店くらいしか、町に来ても入らないんだとか。おしゃれな店は気後れするんだって。
きっとこの店も入りにくいだろうから、持って帰ってあげるのね。いい食人種ね。
「ご馳走さま! 私もいつでも差し入れ歓迎よ」
「店長さん、自分で食べに来てくださいね」
やんわりと断られた。一食分浮いたから良しとしよう。
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