第81話 ラウラのご実家

◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆(テレーザ視点)


 ガチャン、バン、ガチャン!

 陶器が壊れる音が室内に響き、握りしめた両手がテーブルを叩く。またお母様が暴れ始めたわ。みっともなく髪を掻いて、叫び声を上げた。

「憎らしいあの女が消えて喜んでいたのに! まさか娘が生きていたなんて……。いつのまに伯爵に知らせたの!?? 冗談じゃないわ……、家の為に何もしなかったくせに! 今更現れて遺産だけ取ろうったって、そうはいかないわよ……!」

 何度同じ言葉を叫べば気が済むのかしら。

 自分で私にプレパナロス自治国へ行って、娘の存在を確認するよう命令したくせに。それで怒鳴り散らすなんて、迷惑極まりないわ。


「お母様。いいお年なんですから、癇癪かんしゃくはやめてくださらない? メイドとの間にできた娘であろうと、お父様が望んでいるのに何も与えずには済みませんわよ」

「ああもう! テレーザ、お前は悔しくないの? 夫がメイドなんかと関係を持っただけでも、おぞましいわ……!!! ……あの女は見つかっていないのね?」

 お母様のこの様子を見ていれば、お父様が浮気をした気持ちも分からないではないわ。お母様はやたらそのメイドとやらを敵視しているけど、私はどんな女だったか覚えていないし、悔しいという感情はない。

 母親をこんな風にしたという、モヤモヤした気持ちはあるわね。使用人が主人と男女の関係になるなんて、裏切りでしかないし。


「ええ、ラウラは両親のことも、家のことも何も知りませんでしたわ。聖女になっていましたわね」

「聖女ですって……! 私の夫を誘惑した悪女の娘が、聖女だなんて……!」

 また大声を出すお母様。近くにいるんだから、小声だって聞こえるわよ……。お母様は髪を振り乱して、唇を噛み締めた。

「……とりあえず、お父様を見舞うようには伝えてありますわ。そこでお父様が満足するよう、ドレスでも宝石でも買わせてあげれば良いでしょう。代わりにうまく理由をつけて、遺産相続を放棄してもらわないと」

 自治国の聖女だもの、少し国を観光させて、お布施でも渡して帰らせればいいのよ。


 ……面会に行った時にラウラと一緒にいたあの男、ヨアキムって聖人だか神官だかは、気持ちの悪い男だったわね。生き別れの家族が会いに来て、再会の場面を目にしているのに、全く反応しないし興味も示さなかった。人当たりが良さそうな表情で、戸惑っているラウラの代わりに淡々と進めていったわ。

 人間らしい感情の起伏が見られない、人間らしくない人。アレがいなければ、もう少し話しておきたかった。ゾッとして逃げるように出てしまったわね。


 お母様はひとしきり暴れて疲れたのか、せわしなく呼吸しながら、ソファーにどかっと座った。床には花瓶の欠片が散らばっている。

 私は部屋を出て、メイドに母の部屋を片付けるように言い付けた。これで何度目かしらね……。


 幼い頃、お母様が唐突に叫んだり、些細な失敗でも怖い顔で手を上げるのがとても恐ろしかった。今思えば八つ当たりで、私がどう行動しても変わらなかったのよね。

 年々落ち着いてきていたのに、ラウラと母であるメイドへの渡せないプレゼントをいくつもお父様が用意しているのをお母様が知ってしまい、また情緒不安定になってしまったわ。

 この問題が解決したら、落ち着くのかしら。それとも、お父様が亡くなれば暴れなくなる?


 虚栄心が強く、嫉妬で心が安定しないお母様と、そんなお母様と向かい合えずに昔の女の影ばかり見ていたお父様。

 私はいつも何かが満たされなかった。

 散財をしすぎるとお父様から幾度も苦言を呈されたけど、宝石を買っても、ドレスを買っても、家具を揃え直しても、虚しい気持ちは埋まらない。


 だからかしら。

 お母様がお父様に毒を盛っているようだと気付いたのに、誰にも言う気にもならないし、止めようとも、協力しようとも思わない。

 家族はみんな、ガラスの向こうにいるように感じていた。

 ラウラ……、あの娘はここへ来るのかしら。お母様は、あの娘を前にしたらどうするのかしら。

 また暴れたら、イヤだわね。

 私は一人、長いため息をついた。



◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆(以下、シャロン視点)



『筋肉村グッズは完売しました』


 扉に張り紙をした。まさかの筋肉村グッズが早々の完売。こんなにも隠れ筋肉がいたなんて……! 世の中おかしいわね。まあ、売れれば何でもいいわ。もっと仕入れておけば良かったなあ。

 筋肉大好きTシャツや、筋肉教祖フレイザーの著書が特に人気だった。筋肉教祖には、世界中にファンがいるらしい。審美眼を備えた取り替え用の目でもあれば良かったが、さすがにそれは作れないだろう。

 エルフの村でもらったトレント編みの編みカゴは、少ししか売れていない。普通のカゴより高く設定したせいかしら。エルフ銀貨もまだ収集家が来ない。誰か買ってくれ。

 キツネの薬とエルフの薬を分けておいたら、物珍しさでエルフの方が早く完売したわ。人間の作る薬はないのか、と笑われた。


 スラムの住人に作らせた商品など、ぼちぼち売れては入荷し、なかなかいい循環になってきている。ただ、まだ商品棚には余裕があるわ。

 さらなる商品が必要ね。

「てんちょー、そろそろ帰るね」

「お疲れ~」

 カウンターテーブルに見本のつもりでトレント編みのカゴを置いたら、猫店員のノラがたまに入っている。居心地がいいそうだ。

 同じく猫店員のバートは真面目に仕事をして、在庫の確認までしてくれる。

「店長、ショールが売り切れました。追加をお願いします」

「はーい」

 こんな感じで、私に指示するまでに成長したわ。有能な猫はひと味違うわね。


 お礼を渡し、猫店員二匹は帰っていく。

 店を出ると、外で待っていた女性数人が拍手で出迎えていた。猫の出待ちをするんじゃない。

 その後は客も来なくて、夕日が建物の背後からオレンジの光を放つ。夕飯の時間だ。今日は炊き出しがある日なので、お皿を持って広場へ急いだ。

 炊き出し会場は盛況で、たくさんの人が集まっていた。

 本日のメニューはパンとシチュー、それからトウガンを煮たもの。さらに、ミニトマトが二個つくよ。

「シャロンさん、帰ってきたと思ったら毎回来ますね」

「当然でしょ、食事は大事よ」

 おいしいご飯は活力の源。無料は最高のスパイスよ。


「こっちこっちぃ~」

「リコリス、お店じゃないわよね?」

 キツネ姿のリコリスが、女の子を連れてきた。あのイタズラキツネも、たまにふらっと炊き出し会場に現れるようになったわ。最近では図々しくも、キツネ姿のままやってくる。今回は相棒のサンまで一緒に。

「あらリコリスちゃん、お友達?」

 炊き出しの人も、素直に受け入れちゃってるのよね。

「お~う、サンだよ。お薬はほとんど、サンが作ってるの!」

「サンだよ、じゃないわよ! リコリス、これは困った人のための炊き出しでしょ? 何やってんのよ、戻るよ!!!」

 サンはリコリスを引っ張って、炊き出し会場から離れようとする。

 さすがサンは常識人……、いや常識キツネだ。それにしても人が苦手でリコリスに営業を任せているのに、どうしてここまで来てるのかしら。


「食べていきなよ、いいよいいよ」

「あーりがとう! ほら~サン、ご厚意は受け取らないと!」

 リコリスがケタケタ笑う。サンも諦めたように炊き出しを受け取った。お皿を持っていないから、例によって葉っぱをお皿とトレイに変えて。キツネって便利ねえ。

「……シャロンまでいる」

「あらあら、当然の権利よ」

 サンはブスッとした表情で、私の近くに座った。料理は気に入ったみたい、黙って食べてるわ。

「今日はね、薬師ギルドの講習会に行ったの。帰りにリコリスと落ち合って、どこかご飯を食べられる場所を教えてって言ったら、ここに連れて来られたのよ」

「間違ってはないわよねえ」


 確かにご飯を食べられる場所だわ。

 リコリスがキツネ姿でも周囲の人は慣れてしまったので、当初のように注目されたりもしない。もちろん、人の目が集まっても気にするリコリスじゃなかったわよ。

「サン、講習会はどうだった~?」

 リコリスがパンをかじりながら、思い出したように話しかける。お前も参加しなさいよ。

「ん~、今回は目新しい薬の話はなかったよ。また参加してみる」

「人は苦手なんじゃないの? 無理しないでね」

 私はサンに尋ねた。揉めたりして、もう薬は作らないなんて言われたら大変だわ。こんなに安く仕入れさせてくれる薬師なんて、他にいないわよ。


「勉強するだけよ、平気よ。一番後ろの席で、静かにしてたし」

「でも紙飛行機を作って誰かにぶつけたり、授業中に先生が後ろを向いた隙に、立ち上がってポーズを決めるゲームとかするじゃない? 仲間はずれにされなかった?」

 いきなり講習に参加しても知り合いなんていないんだもんね、心配だわ。キツネを心配する心優しい私に、リコリスとサンは妙な眼差しを向ける。

「……シャロン、私は勉強に行くんであって、遊びじゃないのよ」

「え、遊んでないの? 大丈夫?」

「遊びじゃないの」

 繰り返されたわ。さすがサン、真面目なキツネ。


 ちょうどサンもいるので、これから売る薬について相談した。

 荒れた手を治す軟膏や、薬ではなく毎日使う、保湿するものがあればいいな。さ~、また商売をがんばろうっと。




※前回のおねだりで★をくださり、ありがとうございます!

★とフォローも増えてほくほくです(^^)d

お店パートをしばらくやったあと、ラウラと合流してご実家へ行こうと思ってます。

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