第80話 聖女ラウラ、プレパナロス自治国へ戻る(ラウラ視点)
シャロン姉さんは相変わらずシャロン姉さんだった。
しかも強欲に磨きがかかっていた。ただし商売には向いていないと思う。今回も何となく売れそうなものを選ぶだけで、お店のコンセプトとか、テーマとか、全然考えていなかったわ。『お金を儲けたい』の前に、どんなお店にしたいか、何を中心に販売するか、考えた方がいいんじゃないかしら。
一番儲かるのは回復や浄化なのに、それは嫌みたい。あくまで他人が作った商品を、右から左に流すだけでお金にしたいんだって。言い方が姉さんらしいわ。
神官様に依頼が終了して戻ったことを伝えて、七聖人筆頭の不惑のヨアキム様の元へも報告に行く。ヨアキム様から直接、シャロン姉さんを連れていくよう指示があったので、シャロン姉さんの様子を伝えようと思う。
一日の大半を祈りに費やすヨアキム様は、今日も朝から彼専用の狭い礼拝堂にいた。人より大きな白い女神様の像が安置され、周囲は花や彫刻、吊り下げられた飾りなどで埋められている。女神様のスペースに、部屋の半分以上が使われていた。
「ラウラです。本日、任務より戻りました」
「……存じております。女神ブリージダ様もお慶びですよ」
「女神様のお心にかない、存外の喜びです」
この部屋に入った時は、『全て女神様のおかげ』『女神様は素晴らしい』と、何を置いても女神様に感謝を捧げ、女神様ファーストでなければならない。私たちの暗黙のルール。
女神像に祈りを捧げていたヨアキム様が振り返る。金色の長い髪に青い瞳の、穏やかな表情をしている彼は、女神様関係ではとても苛烈になる。それこそあの『貧乏以外に怖いものはない』と豪語する、シャロン姉さんでさえも恐れるくらいに。
白いゆったりしたアルバという衣服の上に、紫色のカズラと呼ばれるポンチョのような貫頭衣をまとって、ヨアキム様は雰囲気からザ・聖職者という感じがする。
「シャロンは元気にしていたようですね」
「はい。パワーアップしていました。今の生活がとても気に入っているようです」
「信仰の賜物です」
そうなのかな……、いやそうなのね。そうでなければいけないわよね。
愛想笑いで答えを濁した。シャロン姉さんがああみえて信心深いのは知っているけど、ヨアキム様の信仰とはどこか種類が違う気がするの。
ヨアキム様と二人で部屋にいると、とても息が詰まるわ……。早く退室しよう。あいさつをしようと口を開きかけた瞬間、扉がノックされた。
「ヨアキム様、聖女ラウラ様はこちらでしょうか」
「ええ、報告をいただいたところですよ。どうかされましたか?」
「……実は、来客でして……」
私にお客? 呼びにきた神殿の使用人がゆっくり扉を開き、言いにくそうにしながら滑りこんだ。
「聖女ラウラは任務より帰還したばかりですが、約束でもありましたか?」
「いいえ。それが、……聖女ラウラ様のご家族という方がお見えです。面会室にてお待ちいただいておりますが、会われますか?」
「家族ですか?」
思わず聞き返してしまった。
私は捨て子で、名前を書いた紙と、紋章のようなものが刻まれた装飾品をカゴに入れて置かれていたらしい。家族はつまり私を捨てた人で、どの国の人かすら知らないわ。
聖女には捨て子だった人も多く、神殿で育てられて上手くいけば聖女資格が得られるので、近隣の国の育てられない夫婦がわざわざ捨てに来たり、プレパナロス自治国で聖職者の手に渡す捨て子ビジネスまであるとか。
昔は自分の家族が気になった時もあった。
でも名前も出生を示す手がかりもなく、それでも元気に過ごす他のみんなを見ているうちに、ここが私の家だし私を捨てた家族なんてどうでもいいって思うようになったわ。
考えてしまって答えられない私に、使用人の男性は自身が目にした相手の情報を説明する。
「訪ねてきたのは、ラウラ様より少し年上の女性です。髪は赤で、ラウラ様のピンクに似ています。顔立ちも多少は似ていますが、本当にご家族かは判断しかねます……」
そうよね、急に押しかけてきて「私たちが捨てました!」って告白されても困るわ。
会った方が良いのかな、でも心の準備ができない……。
判断に困ってヨアキム様を振り向くと、女神像を見上げてじっとしていた。こういう時は話しかけてはいけないの。
少しして、ヨアキム様はゆっくりとまばたきをした。
「……聖女ラウラ。会ってみるべきでしょう。そして相手が本当に自分の味方なのか、そうでないのか……。貴女は自分の目で確認して、確かめるべきです」
「そうですよね……、って味方かどうかですか?」
家族にも敵と味方がいるの? 見分けられるかしら……。
「不安もあるでしょうから、私も付き添います。そして、もしもこれ以上関わりたくないと思えば、キッパリと以降の面会を断わりましょう。周知させ、通すことのないようにします」
「はい。ありがとうございます」
使用人が扉を開けて待っている。
ヨアキム様が同席してくださるなら、安心だわ。
廊下を進みながら、ヨアキム様が落ち着いた声で語りかける。
「貴女の身は、身内か関係者がこの神殿まで直接訪問して、手渡しに来たのです。この国に住んでいると知っていたはずです。今更面会に足を運んだのなら、何かあったのかも知れません。事情を聞いてみても良いでしょう」
「確かにそうかも……。すみません、急すぎて思考がまとまりません」
「そんなものです。言葉にできなければ喋らなくて構いません。私が相手をします、後日に出直してもらいましょう」
「とても心強いです」
すぐに家族と認めるのは難しいし、返事を求められても答えなくていいと言われて、胸を撫で下ろした。慌てると悪い決断をしてしまいそうだもの。
廊下がやけに長く感じるわ。緊張しすぎているせいか、通り過ぎる人々が置物みたいに映る。
扉の前で深呼吸をして気持ちを落ち着かせ、ヨアキム様に続いて部屋へ入った。扉はやはり使用人が押さえていて、私たちの後についてそっと部屋の隅に立った。
テーブルの向こうには、長い赤い髪に貴族らしい落ち着いた緑色のドレスを着た、バラのような美しい女性が一人。スッと立ち上がり、私を笑顔で迎えてくれる。
「……まあ、貴女がラウラさん? 初めまして、私は貴女の姉なの。テレーザ・チェントリオーネよ」
第一印象は、華やかな女性ね。笑顔だし、好意的よね。
「初めまして、ラウラと申します」
「会いに来るのが遅くなってごめんなさいね、つい最近貴女の存在を知ったの。それで、いても立ってもいられなくて、直接来てしまったわ。ああ、会えて本当に良かった!」
喋りながら彼女は再び腰かけた。私も彼女の正面から、少しずれた位置に座る。正面は座りにくいわ……。隣にヨアキム様も座った。表情があまり変わらないので、姉と名乗る人物にどんな印象を持ったのか、見当がつかない。
「私も……お会いできて光栄です」
「私の他に兄もいるわ。我が家は伯爵家で、貴女は父である伯爵とメイドの間に生まれた子なの。……正妻である私のお母様の嫉妬が酷くて、貴女と貴女のお母様は逃げるように伯爵家を後にしたそうよ。まさか神殿に身を寄せていたなんて、思いもしなかったわ」
テレーザさんはスラスラと良く喋る。伯爵家、メイドの子、嫉妬……。情報が多すぎて、めまいがしそう。
私が伯爵様とメイドの子? それって、貴族になるのかしら……?
「今日はそのお話をされに来たのですか?」
面食らっている私の代わりに、ヨアキム様が聞いてくれた。そうだわ、会いに来た理由が知りたい。
だって、異母姉妹なのよね? 両親の不倫だったのよね……? むしろ、会いたくないんじゃないのかしら。
姉はいったん口を噤んで、改めてゆっくりと言葉を続けた。
「……実は、父である伯爵が病気なの。病床で“もう一人の娘に会いたい”と、毎日のように呟いているのよ。とても気弱になっているの。もし貴女に会えたら、元気になれるのではと思って……」
急に印象が変わって、しおらしくなったわ。やっぱり本当は、いやいや来たのかな。
「ご病気とは、どのような? 命に関わるのですか?」
「それが、原因不明なんですの。今も検査が続いていますわ。……ところで、貴方はどなたですか?」
テレーザさんが、ヨアキム様に訝しげな眼差しを向ける。私の代わりに喋っているものね、不審に思われてしまったのかも。
「……失礼。私はヨアキム、聖人です。聖女ラウラには先日仕事を頼んでいたので、今日は礼として付き添いをしています」
「聖人様でしたか……! ラウラさんは聖女様なんですのね。……すごいわねえ」
驚いた、というより焦ったように見えたわ。なんだろう、聖女だと都合が悪いのかしら。普通は喜ばれるのに……?
やっぱり、なにか引っかかるわ。胸の奥にモヤモヤした霧が広がる。
その後はヨアキム様がテレーザさんに、私のここでの生活や現在の状況について、軽くお話をしてくれた。テレーザさんは相づちを入れながら、笑顔で聞いていた。
「……心配はいらないみたいですね、安心しました。父に伝えさせていただきます。また会いに来るわ、ライラさん。もし気持ちが変わったら、父に会いに来てあげてね」
「はい、考えておきます……」
テレーザさんは外で待つ護衛や侍女と、その日のうちに出発した。
会うと言っても顔も知らない父親だし、テレーザさんはきっと本心では私に来て欲しくないんじゃないかしら。歓迎しているのは見せかけだけで……って、ちょっと
……分からないわ。
「聖女ラウラ、私は余命幾ばくもない相手の願いなら、叶えるべきだと考えます」
「……そうですよね……」
人の情としては、会うだけでいいなら会った方がいいわよね。
余命がどうかは分からないものの、どんな病かもまだ不明で、いつ容態が急変してもおかしくないもの。
ヨアキム様の表情はやっぱり変わらない。
「しかし貴女の気持ちも大事になさい。一人だと不安があるのなら、シャロンを頼るといいでしょう。彼女なら望まぬ願いをされても、全て拒否できますから」
「……ありがとうございます、そうします」
そうね、姉さんと一緒なら心強いわ。頼んでみようかなあ、でもまたお店を空けるのは嫌がるかしら。
「“儲け話がある”と、誘いなさい」
「それは必ず、ついてきますね!」
気持ちが固まったら、姉さんを訪ねよう。
お店はまだ潰れそうになかったから、急がなくても大丈夫よね。
※ちゃんと章分けしてなくてアレですが、次回から新しい章です。
聖女ラウラのご家族編! ちなみにシャロンにはありません。口減らしみたいなタイプの捨て子なので。主人公なのに。
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