第79話 帰宅

 遊覧船で湖を一周して、元の場所へ戻る。

 桟橋近くでポニーテールの女性兵士、メグことマーガレットが待っていた。船に手を振っていたので、同じく手を振りかえすのも芸がないと、頭を振ってみる。

「……姉さん、どうしたんですか?」

「新しい感じがしない?」

「しません」

 ラウラには不評だったわ。私も失敗だと思う、髪が乱れただけだった。


 岸に着いて乗客が降りると、入れ替わりに次の客が乗り込む。盛況ねえ。

「では私はこれから仕事がありますので、これで失礼します。マーガレットさん、聖女様方を巫女姫マカロンのお店にご案内してください」

「分りました! グレッタ様、お疲れ様です!」

 水の巫女姫グレッタとは、ここでお別れなのね。メグは敬礼をしてビシッと返事をする。

「色々とありがとう、楽しかったわ」

「またいつでもいらしてくださいね。魔物退治の報酬は弾みますよ」

「また来た時はやるわ~!」

 なかなか気が合う人だった。近くに住んでたら良かったのにな。


 マカロンのお店はお客で賑わっていて、たくさん買い込む人までいるので、会計待ちの列ができていた。七色の可愛いマカロンは、可愛い小箱に入れられ、可愛く売られていた。それを買う可愛いシャロンちゃん。完璧な可愛いの連鎖だ。

 しかし値段は可愛くない。

 なんと銀貨二枚。さすがに迷うわ……。ラウラは巫女姫マカロンではなく、水色から濃い青へのグラデーションで並ぶ、五個入りレンサス湖マカロンと、三色セットを買っていた。

 今だ。こっそりとラウラのカゴに、巫女姫マカロンを仲間入りさせる。ラウラは気づいたようだが、そのまま会計待ちの列に並んだ。持つべきものは聖女の友。

 シメオンは箱を一つ持ってさっさと会計を済ませ、外でアークと待っている。


 次はお土産物を売るお店で、商品になりそうなものを選ぶ。なんだこの七人の巫女Tシャツって。Tシャツに顔がどでかく描かれてるよ、誰が着るのだ。グレッタの棚に『一番人気、水の巫女姫グレッタ様』と、堂々と書かれていた。

 もう既に色々買っているので、小さな置きものやレースのハンカチなど、持ち運びを考えて購入。レース編みの商品が多いわ、人気なのかな。

「他にどこか、寄りたいところはある?」

「帰る前に、ペガサス君たちにあいさつがしたい」

 律儀な猫だな、アーク。どうせ近いんだし、早速レンタルペガサス屋へ向かう。

 避難していたペガサスも人も帰って既に業務を開始しており、厩舎にも活気が戻っていた。店内にはお客が一組、テーブルで説明を受けている。


「こんにちはー、帰るのであいさつに来ました」

「シャロンさん、律儀だねー。アーク君も来たのか、今回は本当に助かったよ」

 店内で予約表を確認していた店長の視線は、すぐに地面近くのアークに向けられる。アークは片手を上げて応えた。

「ボクの仕事だからね。どうだい店長君、ペガサス君は元気に仕事をしている?」

「アーク君のお陰で上手くいきそうだよ。ペガサスたちの悩みを聞いてくれてありがとう、より良い職場環境にするよ!」

 アークがペガサス通訳の仕事をしっかりこなしたので、店長が喜んでいる。

「そうだ、ワープを使うんだろ? ワープ塔までペガサスを使っていいよ、湖が封鎖された余波でキャンセルがあったし」

「助かりまーす!」

 私も喜んじゃう。もうにっこにこよ。ペガサス、早いしいいよね。


「ところで、またアーク君に通訳を頼みたい時はどこに連絡すればいい?」

「現在はラスナムカルム王国で過ごしているよ。でもボクはさすらいのケットシー紳士。風は常に吹くのが運命なのさ」

 よく分からんが、またどこかへ行くって意味かな?

 別れを惜しむ店長に、店員がペガサスの用意ができたと報告する。私たちが乗るペガサスね! 

 店長のご厚意でまたもやジェシーとアレックスに乗り、ワープのある首都までひとっ飛び。


「ヒヒン、ヒヒヒン」

「なんの、店長君に思いが伝わって良かったね」

 黒猫アークとペガサスのジェシーが会話している。通訳されなくても、お礼なんだろうなって見当がつく。

 一方でアレックスは、すっかりおとなしく仕事をするようになったわ。威張って人間を小馬鹿にしていたのが嘘のように真面目だ。馬刺が効いたのかしらね。

 ペガサスの横を、三本足のカラスが通りすぎた。なんとなく縁起が良さそう。金運アップな予感。たくさん売れるといいな。

 ペガサスは私たちをワープシステムの受付へ置いて、去っていった。勝手に帰るから楽よね。


「では姉さん、私はこのまま自治国へ帰りますね」

「ラウラ、ここでお別れなのね。寂しくなるなあ」

「大丈夫ですよ姉さん。姉さんなら銅貨一枚でも、寂しさを忘れて幸せになれますから!」

「どうも言い方に含みを感じる」

 帰りのワープの代金も、ラウラが自治区の予算から払ってくれた。

 シメオンとアークもラウラに別れを告げ、アークとは握手もしている。

「シメオンさん、姉さんがやりすぎて刺されないよう、よろしくお願いします」

「……荷が重いが、気を配ろう」

「ありがとうございます」

 なんのお願いをしているのよ。ラウラは別の部屋へ部屋へ案内されて行き、後ろ姿を見送った。

 ラウラをクッキー職人として引き抜きたいわ。給料は弾まない。


 システムに入ると、あっという間に国へ戻っちゃう。私とシメオン、それからアークで乗り合い馬車に乗り、町へゴー。ワープシステムは便利だけど、拠点が少ないのが難点ね。

 あー久しぶりの我が家!

「……荷物はここへ置く」

「ありがとうございます! 売れるといいなあ」

 シメオンは持たせていた荷物を玄関近くに置き、高級住宅街にある自宅に戻った。アークはケットシーの王国へ帰った。

 夕飯はスラムの炊きだしね。今日は確か、やっている日よ。お皿を持って出かける。


 炊き出し会場では多くの人が食事をしていて、もう列はなくなっていた。少し遅かったみたい。

「あ、シャロンさんだ。本物?」

 配っている人が私を見つけ、そんなことをのたまう。

 本物ですって? これは悪い予感がするわ。

「本物よ、帰ってきたの。もしかして、ここにも化けキツネが出た?」

「二、三回ほど来ましたよ~。いつになく陽気だと思ったら、尻尾が生えてビックリしました」

 リコリスめ、人がいないのをいいことに好き放題して。本当に飛んでもないいたずらキツネだわ。


「姉ちゃん本物なの? ニセモノの姉ちゃんはもう来ないの?」

 スラムの兄妹の、兄の方が私に問いかける。

「来ないようにさせるわよ、私の分まで食べられたらたまらないわ」

 私のフリをして他人が得をするのは許せないのだ。よりにもよってリコリスだし、問題を起こされたら迷惑よ。

「えー、ニセモノのキツネのお姉ちゃんにも、また来てほしい。あのお姉ちゃんね、わたしがお腹が痛くなったら、ただで薬をくれたの。シャロンのお店で買えるから、買いに来てねーって言ってたよ」

「ちゃんと営業もしてるのね」

 悪さ以外もするのね。兄妹は食事が終わり、もう帰るところだったみたい。ぼちぼち立ち去る人もいて、賑やかだった広場に空きが増える。


「あの子さー、他の人間に化けてお代わりしようとしたよ。化けるところを見てたし、“さっき食べたろ”って断ったら、“バレたか~”ってケタケタ笑って帰っていったよ。……って、噂をすれば、ホラ」

 炊き出しに協力している男性が苦笑いをして、道路を指した。

 なんとリコリスが私に化けて、堂々とやってくるではないか。ふんふんふーんと鼻唄まで歌っている。

「やっほーい、今日のメニューはなんじゃらホイ」

「リコリス! 勝手に人に化けるなって言ったでしょ! しかも、そのおかしなキャラはなんなの?」

「あー、シャロンだお帰り~。意外と早かったね」

 全く悪びれた様子がない。だからいたずらキツネは仕方がないのだ。ちょっと脅してやらねば。


「悪さしてると、退治するわよ」

「ぴゃー、シャロンってば過激なんだから。も~、人に化けなきゃいいんでしょ、ほらショ!」

 ボウンと煙が出て、リコリスの背が高くなった。やっぱり人型に化けている。銀色の髪に不健康そうな肌の色。

 人に化けるなと言ったから、人外に化けやがった。

「シメオンさんそっくりねえ、これなら私は文句ないわ」

「吸血鬼に化けたの初めて。大成功だね、さー炊き出し~」

 リコリスは笑顔で炊き出しに向かった。途中で葉っぱを拾い、お皿へと変える。器用なキツネね。


「アンタね、炊き出しは食事に困っている、スラムの住民のためにやってるのよ。関係ない人は来ちゃダメよ、必要な人に足りなくなるでしょ」

 おばちゃんがリコリスに説教している。そうそう、叱ってやって。私が怒っても、全然効果がないんだから。

「えっへっへ~、炊き出しおいしいんだもん。おばちゃんも作ってるの? お料理上手だね~」

「あ、あらそう? ……まあ、せっかく来たんだし、食べていきなさいよ。無駄にしちゃダメよ」

「あーりがとう!」

 おばちゃんは褒められて嬉しかったようで、目を反らしながらも口許がニマニマと笑っている。そしてリコリスのお皿に、多めにペンネのサラダを盛り付けた。ずっるい! 調子のいいキツネめ!


「……なんか顔色の悪いにーちゃんに化けるの、すっごい似合わない」

「お兄ちゃんはクールだもんね」

 リコリスはシメオンに化けても言動がそのままだったので、違和感がすごい。これはこれで面白いかも知れない。

 次は誰に化けて来るか気になるから、これ以上は注意しないでおこう。面白いわー。

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