第78話 遊覧船の楽しみ方
お祭りでしっかり夕飯を食べた私は、意気揚々と宿へ戻った。ラーメンなるものが一番美味しかったわ。
アークはなぜか色々と分けてもらって、何も買わずにお土産まで手にしている。やるな、黒猫ケットシー。これが……猫妖精の力。
豪華な宿はベッドも柔らかで大きくて、両手を広げても大丈夫。もう朝食まで起きない。我が眠りを妨げる者に災いあれ……。
私の祈りが通じたのか、夜は静かで朝まで目覚めずに眠れた。
カーテンの隙間から差し込む光に、少しずつ脳が覚醒する。
ラウラにノックされ、一緒に朝食会場へ向かった。既に半分くらいの席が埋まっていて、個室は従者を何人も連れた人が使っている。金持ちが泊まる宿だから、従者用スペースもあるのだ。
案内された白いテーブルは、六人で使うくらい大きい。そこに次々と運ばれる、私のための料理。ライ麦パンと白いパン、それから具だくさんの透き通る茶色いスープ、生ハムがのったサラダ、メインは白身魚の香草焼き。三つ並んだ小鉢にはゼリー寄せと、ナスにとろっとしたチーズがかかっているもの、紫の四角いのは美味しい芋味だった。デザートのフルーツとヨーグルトもついている。
飲みものは給仕の人がメニュー表を持って聞いてくるので、頼めば持ってきてくれる。食後のコーヒーは別についております。
うわー大満足!
大きなガラス窓の向こうは湖で、鳥が湖面にプカプカと浮かんでいた。
「そーいえば、シメオンさんとアークは?」
「シメオンさんは夕べ、お祭りで遊んでいた私たちより、少し早く宿に戻っていたみたいですよ。朝の筋肉体操もないし、ゆっくりすると言ってました。アークもシメオンさんと一緒です」
「あー、筋肉村に滞在してたからね。……筋肉体操、やってたんだ。意外と断れない吸血鬼よねえ」
関係ないものはスパッと切りそうな見た目をしているのにな。
ちなみに私はコーヒーにはミルクとお砂糖、両方入れる。あるのに入れないと損だからだ。ブラックでも飲めるよ。せっかくだからとお砂糖を三杯入れたのは、やりすぎだったわね。あまーい。
「……姉さん、食べ終わるまで気にならなかったんですか?」
「いやあね。思い出さなかっただけで、ちゃんと覚えていたわよ。なんせシメオンさんは、私の大事な報奨金を預かってくれているんだから」
「姉さんのじゃありませんからね?」
半分はくれるって約束だもの。もしかして、ラウラも分け前が欲しいのかしら……? こういう場合は、曖昧な笑顔で済ませよう。
ラウラも食後のコーヒーを飲んでいる。おかわりできないかな、甘いよー。
いつのまにやら、後から食堂に来たシメオンたちも食事をしていた。シメオンとアークは外のサンルームで向かい合っている。猫は食堂の使用禁止だって。むしろオシャレな感じがするわね。
吸血鬼もわりと普通に食事をするよ。
吸血鬼にとって、人の血は栄養以外にも、神聖力とか気のような、物質的ではないものを摂取できるお手軽栄養食なのだ。あとは吸血と同時に魔力を流し込んで、人を操ったりね。
サンルームへ行こうか考えていたら、周囲がざわめきだした。人々の視線の先には、焦げ茶色の髪で淡い水色のローブを着た、護衛付きの上品な女性が。
「おはようございます、シャロン様」
「これはグレッタ様。おはようございます」
水の巫女姫様のご登場である。本来は宿泊者限定の食堂だが、巫女姫フリーらしい。手を合わせて拝んでいる人までいるわ、人気ね。お賽銭を投げたら、私が責任を持って受け止めますよ。
「町長から謝礼を預かって参りました。お部屋でお渡ししますね」
「まいどありー!」
わあい、お金がやってきたよ。私は足早に部屋へ戻り、ウキウキとグレッタに椅子を勧めた。グレッタはおもむろに巾着の紐を緩め、そこから金色に光るまあるいコインを取り出す。
ああああ金貨、会いたかった。貴方に会えない日はとても淋しく、夜が長く感じるわ。
「金貨五枚です」
「ふうぅおう、ひょう! ……ありがとうございます、ありがたくちょうだいします!」
思いあまって、言葉にならない言語が口から飛び出してしまった。予想より遙かに高い金額だ。さすが儲かってる人は違う。
「遊覧船も私が案内させていただきますね。ラウンジで待っておりますので、ごゆっくり準備なさってください」
「あいあいさー!」
わ~い楽しみ倍増だな。グレッタは部屋の外で待機している護衛と、階段を降りていった。
入れ代わりに登場したシメオンからは、青銅貨三枚がもたらされた。こっちは少ないなあ。弱い吸血鬼で被害者が少ないし、解決も早かったものね。もっと事件が大きくなるまで待つべきだったか。
「私はこれで戻る」
「まあまあ、せっかくだし一緒に遊覧船に乗りましょうよ」
「おい、襟を掴むな!!!」
「吸血鬼君、船はいいよ。ゆらゆら楽しいんだ」
アークもオススメしているわ。……ってこの猫、船に乗ったことがあるのか。聞いてみよう。
「船旅でもしたの?」
「ネズミ退治の用心棒としてね。報酬にご飯をもらって、機関長と一緒の悠々快適な船旅だったよ」
「まさかの船員扱い」
懐かしそうに目を細め、ひげを撫でるアーク。旅をしていたのは知ってるけど、意外な経歴があるわね。
結局シメオンも含めた三人と一匹で、グレッタと合流した。宿の外ではオレンジがかった黄色の髪をポニーテールにした女性兵士、メグことマーガレットが待っていた。
「シャロンさん、おはようございます。町を出るまで護衛するよう命令されて……あああ、グレッタ様!? きゃあ、お会いできて光栄ですー!」
メグはグレッタに気づくと、両手で口を隠し、跳ばんばかりに大喜びしている。グレッタ、ここでも大人気。
そんなハイテンションメグも加えて、みんなで遊覧船へ向かう。
遊覧船には数人が並んでいて、メグが代表で列の後ろについた。無料チケットがないシメオンとアークの分は、グレッタがお支払いしてくれた。
「船着き場は五つあって、移動にも使えるんですよ。一日乗り放題の券もあります」
水の巫女姫がガイドしてくれるの、豪華だなあ。メグがキラキラした眼差しでグレッタを見つめて、私よりも熱心に説明を聞いている。護衛じゃないなあ。
しかしメグは遊覧船に乗らず、ここで待機する。巫女姫もいるから、怪しい人物を近づけないように、だって。
デッキで風を受けながら眺める町は、またちょっと雰囲気が違って映る。子供が湖岸から手を振り、ラウラや他の乗客が振り返していた。シメオンは眺めているだけ。
「ところで、この町の名物ってなんですか? 何か買って帰りたいんですが」
「……そうですわね、巫女姫マカロンがあります。女神様に支える七人の巫女をイメージした七色のマカロンで、可愛くておいしいと、女性に大人気ですよ」
マカロンか、いいけどさすがにお店で売れないわね。
「あとでお店へ案内してください、みんなのお土産にします」
「私もヴェラへの土産にしよう」
ラウラとシメオンが購入に意欲的。となると、私もほしいな。自分で食べたい。
普段なら同じ値段でより大きいものを探すのだが、今回はアークのダンスやシメオンから貢がれたお金、ラウラがくれた取り分などがある。気が大きくなるってもんよ。
「じゃあ私も、私のお土産にするわ」
名物マカロン、楽しみだな~。
私がマカロンに思いを馳せていると、客室からわああと声が上がった。
「海賊だー!」
「海じゃないわよ」
思わず突っ込んでしまった。しかし湖賊だとおかしいわね、悪さなんてしそうにないわ。一人でホールケーキを抱えてそう。
「あれは恒例の劇です、人気なんですよ」
「そりゃ見なきゃ」
なんと、海賊退治劇を遊覧船でゲリラ的にやるらしい。甲板にいるみんなが、劇の
移動の途中で船員に呼び止められる。
「あの……巫女姫様、人質役をやってくださいませんか」
「それでしたら、こちらの聖女様方にお楽しみいただいたらどうでしょう」
客が人質役をするのも楽しみのなのか。確かに安全な人質なんて、なろうとしてやれるもんじゃないね。
「じゃあシメオンさんを推薦します。吸血鬼が人質って、今までないのでは?」
「それも面白そうですね!」
水の巫女姫グレッタも、満面の笑み。たまにはいいわよね。船員もパンッと手を打って頷いた。
「斬新です、それでいきましょう! シメオン様、こちらへ……」
「…………」
恨みがましい視線を残して、シメオンは船員に連れて行かれた。これは特等席で見なければいけないわね。
「この船は我々が頂いた~! 人質を連れてこい!」
「オッス! 今回の人質さんは、なんと吸血鬼です。拍手~!」
パチパチパチパチ。海賊役が乗客に呼びかけると、みんな手を叩く。「吸血鬼さんだってよ」と、子供に話す母親。
「この吸血鬼の命が惜しくば……」
「吸血鬼は殺せないだろ」
客からのヤジが飛ぶ。そりゃそうだ、簡単には殺せないぞ。なんせ真祖だ。何人かは声を出して笑っていた。
「はいはーい、シャロンちゃん元聖女なんで、完全にとどめをさせまーす」
「強欲のレディが早くも裏切ったね」
劇を続けられないと困るので、片手を挙げて志願する。
ラウラの肩に乗った黒猫アークの言葉もあってか、船内はどっと笑いが巻き起こった。
「付き合っていられるか!」
笑いの間に怒鳴ったシメオンが霧になり、捕まえていた海賊役の前から一瞬で姿が消える。風が流れて、次の瞬間には白い霧が海賊の後ろで集まり、再びシメオンが現れた。
船内は突然の出来事に驚いて静まり、波の音が耳に届いた。続いて足音がドカドカと響く。
「そこまでだ! 人質から手を離せ……離……離してる?」
ヒーロー役が登場して海賊を指でさすが、人質は解放されている。戸惑いながら指を引っ込めてた。
「あっはっは、吸血鬼は人質に向かないなあ!」
「いいじゃないか、やっつけろー!」
先に正気に戻った観客が、思い思いに声を張り上げる。
そのまま劇は続き、海賊役は倒されて床に転がった。
劇は大成功ね。あー楽しかった!
この遊覧船はぐるりと一周する間に、対岸だけに寄る。半分くらいの人が入れ替わり、すぐに出港。あとはお土産を買ったら帰りか~、船で帰れたらいいのになあ。
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