第77話 不同意吸血の犯人、確保

「姉さん、もう夕方ですよ」

 扉がノックされて目が覚めた。ラウラの声だわ。

 うーん、よく寝た。もうご飯の時間かしら。

「おっはよ~。ご飯? それともお金になる話?」

「寝ぼけてるんですか? 唐揚げパーティーだって言ってたじゃないですか。広場でもう始まってますよ」

「楽しみにしてたアーヴァンク唐揚げ!!! 私が倒したんだから、他人にばかり食わせられないわよ!」

 出遅れたわ。私は慌てて髪を梳かし、出かける準備をした。

 お金は全部置いていくか。いい宿だから、盗まれたりはしないわよね。お金を持たなければ、何かを買う時に、ラウラかシメオンが払ってくれるだろう。いうならば、金を持たずに財布とお出かけするわけだ。


 外はもう薄暗くて、それでもたくさんの人が歩いている。ホテルから少し離れた場所にある親水広場が、唐揚げパーティーの会場だ。フロントの人に教えてもらった。

 広場には親子連れや貴族の従者、それと小人など人以外の種族も集まり、唐揚げを食べている。無料で配られている唐揚げだけではなく、屋台がいくつも並んで即席のお祭りの様相を呈していた。

「はーい、唐揚げ祭りはこちらから! アーヴァンク唐揚げは無料です、列に並んでね」

 女性が指した先には、行列ができていた。無料恐るべし。私とラウラ、黒猫アークも一緒に列に並ぶ。


「出遅れたわね。そういや、シメオンさんは?」

「……何言ってるんですか、姉さん。姉さんが加害者の吸血鬼を探すように言ったんじゃないですか。まだ戻ってませんよ」

 ラウラから呆れたような視線を向けられた。まだだとは思わなかった。

「三秒くらいでパパッと片づくと思ってたわ!」

「シメオンさんにも土地勘のない場所ですし、無理ですよ……。被害が出てすぐならまだしも」

 そりゃそうか。真面目ねえ、まだ探していたなんて。

 話をしているうちに、私たちの番がやってきた。唐揚げは一人三個もらえる。三個かぁ。


「ねえねえ。私が倒したんだから、もっとちょうだいよ」

「へ? よくわかんないけど悪いわね、おかわりしたいならもう一度並んでね」

 チッ。仕方ないので諦める。私の活躍が伝わってないんじゃ、交渉のしようがないわ。

「レディ、ボクのを一つ分けてあげるよ」

「姉さん、私のもどうぞ」

 アークとラウラが分けてくれた。わあい、五個になったよ。気が利く猫ね、アーク。

 味は鶏肉に似ているものの、あっさり系でちょっとパサつきがある。とはいえ、なかなか美味しい。


「姉さん、こういうお祭りも楽しいですね」

「そうねえ、プレパナロス自治国のお祭りは味気ないし、大変だもんね」

「女神ブリージダ様のお祭りですからね、姉さんはいつも立派に見えましたよ。お祭りの時は」

「でしょー」

 最後の一言に引っかかるものがある。祭りの時しか立派じゃないみたいでしょうよ。


 自治国では収穫を祝う祭り、女神様を讃える祭り、ご先祖様に感謝する祭りなどがあった。

 どれも歌や踊りを奉納して、私たち七聖人が女神様への祈りを捧げる。

 特に女神様を讃える奉納際では外国のいろんな貴人を招き、普段は人前に姿を現さない七聖人筆頭の不惑のヨアキムが、女神様像の前で祈りを捧げるのだ。アイツ長いんだよね。

 私たち他の七聖人は少し後ろで一列に並んで、神妙な顔つきで祈りが終わるのを待つ。どんな表情かというと、埋蔵金の調査をしてもなかなか発見されず、使った金額が大きすぎて不安しかなく、撤退すべきか、あと少し続けるか、と悩む時のような、真面目な表情だ。

 最後に女神様に捧げたのと同じ内容の食事をして終了。


 私たち七聖人はお祭りの時はほぼ神殿から出られないし、ラウラもお手伝いがあるから、あまりお祭りを満喫していないだろう。今日は無責任に楽しむ側だ。楽しいな。

 屋台はお金がかかるが、ラウラが払ってくれるから食べられる。甘いものが欲しいわね、揚げパンに砂糖をまぶしたもの、焼きいも、カットフルーツを刺した串。何がいいかな。

 ちなみに今回泊まる宿は事前に頼んでおけば夕食を用意してもらえるが、当日のしかも午後だったので、さすがに間に合わない。朝食はあるよ。


 ここでしっかりお腹を満たしちゃお。私は揚げパンを買ってもらった。

 どっかに座りたいが、広場の椅子はどれも使用中。芝生に適当に座る人も多くいるし、私たちも空いている場所に座っちゃった。

 日が落ちて空は暗くなったが、屋台の明かりやポツポツと立っている広場の街灯で、それなりの明るさがある。兵士は光る石の入ったランタンを掲げて、見回りしている。

 次はフルーツで口の中をサッパリさせよう。それからしょっぱいものが欲しいわね。

 買いに行こうと立ったときだ。

「きゃああ!」

 女性の悲鳴が響く。公園の隅の闇からだ。


「何かあったみたいね」

「兵隊さんが巡回してましたから、すぐに向かってますね」

 ランタンを手に、数人が走っている。光の移動だ、周囲の人はサッと避けるよ。ざわざわと噂する声を切り裂いて、叫ぶ声がした。

「吸血鬼です! 皆さん、明るい場所に移動して一人にならないようにしてください」

 もしかして、探してた吸血鬼? ここに姿を現すなんて……。どうでもいいや、あのお肉と野菜を薄い皮で巻いた食べものはなにかしら。とっても美味しそう。


「いないぞ」

「こっちにもいない、早く探せ!」

「コウモリになった可能性もある、コウモリも探すんだ」

「すぐに応援を呼ぼう」

 逃げられたのかな、だんだんと捜索箇所が広がる。再び兵が人々の間を走った。暗い場所で逃げた吸血鬼を発見するのは難しいのよね、私は屋台っと。

「吸血鬼の身柄確保!!! 解決しました、皆さん引き続き祭りをお楽しみください!」

 次の屋台に並ぶより早く、吸血鬼が捕まったわ。また逃げられると予想したのに、早かったわね。会場にいた人々も胸を撫で下ろし、口々に良かった、これで安心ね、と安堵の声をもらした。


 犯人が逃げられないように兵が囲んで、一団は公園から去っていく。その中に見慣れた銀髪を見つけた。

「シメオンさん、捕まっちゃったの」

「どうしてそうなる! 犯人を捕まえたのだ。ここに来ると予想していたからな」

 さっすが! 会場で犯行すると予想して、先に潜んでいたのね。これで謝礼は私たちのもの!

「そうよね、無料からあげに釣られない人はいないわ」

「違う。暗くなってからこれだけ人が集まるのだ、吸血には絶好だ。しかも会場は公園で、少し離れれば闇に覆われる。必ずここでまたやると予想した」

「同じ意見です」

 さすが軍師、私の思いつかないけど言いたかったことを、全部代弁してくれたわ。犯人の吸血鬼は若い男性で、バツが悪そうな表情で連行されている。色白でひょろひょろ、見るからに吸血鬼だ。服は一般人とあまり変わらない。


「聴取に協力して謝礼を受け取ってくる、半々でいいな」

「そんなに取るの!??」

「いくらもらうつもりでいたのだ!」

「八割」

 最低このくらいくれると思っていたのに……。なんなら全部くれると信じていたのに。なかなかのケチね。

「……私から搾取しようとする人間は、君が初めてだ」

 わざとらしく片手を顔に当て、ため息をつくシメオン。

 周囲の人々の意識はもうお祭りに戻り、こちらを気にしているのは僅かしかいなくなった。

「人には搾取する人とされる人、二種類がいるのよ。私はどちらでもない、貢がれる神の奇跡の代理人。お互い幸せでウィンウィンです」

 シメオンが私に呆れた眼差しを寄越す。

 吸血鬼には眩しすぎたのかも知れない、シャロンちゃんの美しさとカリスマ性を備えた神聖なオーラは。


「あの……シメオンさんって、もしかしてビジャ様では……?」

 不同意吸血の犯人が、周囲に恐る恐る尋ねた。周りの兵はシメオンの正体を知らないので、顔を見合わせる。

「そうだが」

「ぐわ、そんなの逃げられるわけないじゃねッすか! ずっりー!」

 ずるいと騒いでるわ。真祖が捕まえに来るのだ、本物の鬼が追いかける鬼ごっこみたいなものよね。やっばやっば。

「……人との不和は争乱を招く。捕まりたくなければ、国にあっては法に従い、最低限の節度を持て。私も吸血をする際は相手の許可を得るし、多少の謝礼は渡すようにしている」

「分かりました~……」

 真祖に説教されては、従わないわけにはいかない。項垂れて、とぼとぼと姿を消した。シメオンも一緒に。


 さあ、私たちはお祭りの続きよ。次は何を食べようかな~!

 いつの間にか黒猫アークの周りに女の子が集まり、お喋りをしている。アークはとても楽しそう。

 むむ、今更ながらケットシーとの触れ合いに、プライスカードを立てた方がいいかも知れないわね。

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