第76話 アークダンス

 メグことマーガレットに案内されて、ラウラが治療している治療院へ向かった。

 患者は座礁した船から救助された人や、避難中にケガをした人だ。もう終わっている頃かしら。溺れただけならびしょ濡れにはなっても、そんなにケガはないよね。せいぜい溺死くらいね。

 水の巫女姫グレッタは集まった兵と手分けして、湖に他に魔物がいないか捜索している。

 移動している間中、メグは一方的に色々と話をしていた。

 セイレーンの歌声がして船が座礁したこと。小舟で助けに行った人まで転覆したりして、死者がでなかったのが奇跡だとか。その時に誰かが大きな影を発見して、避難指示の発令に至ったそうだ。


「あの建物です。……人が集まってますね、聖女様が目当ての信者かな」

「しまったわ。箱を持ってないわ」

「箱ですか?」

「お布施の入れものよ」

 こういうことは気持ちが大事よね。そして気持ちは、貨幣に付随するもの。喜捨する者だけが信者です。

 しかしよく見れば、人々の視線はやたらと低い地点に集まっている。みんな笑顔で、手拍子まで。聖女と関係ないような?

「様子を見てきます」

 メグのオレンジの髪が人混みに飲まれていく。少しして、人垣の向こうからきゃあっとメグの小さな悲鳴が聞こえた。


「きゃあきゃあ! 踊る猫ちゃん、かわいいいいい!」

「本当だよねえ、見てて飽きない」

「ケットシーっていう妖精だってよ」

 踊る猫……アークか! アークを目当てに集まっているんだわ。人混みの間から必死で覗き込んだ。

 黒猫が踊ってるわ。こいつらはアークのダンスを見てるのね! 私はシメオンに持たせていた荷物から適当なカゴを取って、そそっと一番前まで進む。そして観衆を振り返った。


「みなさーん、アークのダンスが気に入ったら、こちらにお金を入れてくださいねえ~」

 素直に財布を用意する人々。わーい、おかねさんお金さん、移住先はこちらですよ。

 カゴを手に集まった人の間を歩いて、おひねりを集めた。銅貨ばかりとはいえ、徐々に重みが増してくる。時々銀色の輝きを放つ銀貨が混じってるわ。メグも銅貨を二枚、入れてくれた。

 ケットシー最高~!!!


 アークのねこねこダンスショーが終わり、カウボーイハットを被ってお辞儀をすると、惜しみない拍手が送られた。可愛かった、楽しかったと感想を告げて、みんな散り散りに姿を消す。

「ふう。いいダンスが披露できたよ」

「お疲れさまです、黒猫ちゃん!」

 メグが祈るように両手を合わせている。猫好きだったか。

「さすがアーク! でもなんで、ダンスしてたの?」

「聖女様が来てるって噂になって、人が集まってしまったんだ。レディは治療中だし、ボクがダンスでみんなの心を一つにしたのさ」

 エッヘンとヒゲをピンとさせるアーク。そのお陰で儲かりました、まいどありー!


 ふとアークたちを案内した兵士の姿がないことに気づく。

「そういえば、マー坊は?」

「紳士はレディのボディーガードをするって、決まっているよ」

 なるほど、ラウラの護衛をしてるのね。

 ラウラの治療も、そろそろ終わった頃かしら。扉の前では守衛が一人、槍を持って立っている。入れないのかな。

「やあ、お務めご苦労様!」

「アーク君もお疲れ様」

 黒猫アークが片前足を上げて挨拶すると、あっさり扉を開いてくれた。堂々と足を踏み入れる黒猫。私もアークに続く。


「えーと、貴女は?」

「はーい。聖女ラウラ様のお付きの、美人担当シャロンちゃんでーす」

「怪しい人物だな……」

 私が怪しいとは、異なことを。守衛は入ろうとする私の前に立ち、道を塞いだ。廊下まで進んだアークが振り返る。

「彼女は……、そういえば身元とか知りませんが、怪しくないです。通してください」

「ダメダメ。聖女様がいらっしゃるんだから、用がない人を簡単に通せないよ。治療でもないでしょ?」

 メグのフォローになりきれてないフォローでは、通してもらえなかった。悔しい。身元を保証します、とか素晴らしい美人さんです、とか適当に証言してくれていいのに。


「ラウラから連れが来るって聞いてない?」

「“同行者は湖の魔物退治を手伝ってから合流する”と、伺っている。そもそも美人じゃない美人担当など、言っている内容にいちじるしい矛盾がある」

「目薬でも買ってきなさいよ」

 よくも言ったな、この野郎。こういう時はシメオンが“私の親友に無礼な!”と、颯爽とかたくなな男を制する場面でしょうよ。他人事みたいな顔をしていやがって。

「持ち場から離れられないから、買いには行かない。後ろの貴方は吸血鬼ですか?」

 失礼男の視線は私の後ろに立つシメオンにも向けられる。

 シメオンは“鮮血の死王”という二つ名を持つ、強力で長寿な真祖の吸血鬼だ。血を見せてやるが良い!

「そうだが」

「聖女様から吸血鬼の協力者がいる、と聞き及んでおります! どうぞお通りください」


「なんでシメオンさんは、あっさり通れるのよ!」

 世の中がおかしい。元聖女で現七聖人、お金の分だけ働きます、これ以上信用の置ける人間はそうはいないのに。

「……彼女も同行者だ、不審人物ではない」

「そうでしたか、失礼しました!」

 シメオンの言葉に、守衛はバッと横にどけて道を空けた。最初からそうしなさいよ。釈然としないものがあるものの、アークのしっぽの後ろを進んだ。

「良かったですね、通れて」

「アンタは何の権限もないの?」

「下っぱなんで!」

 役に立たなかったメグが、やたら堂々としているわ。


「こっちで聖女のレディが治療をしているよ」

 アークはマイペースに案内してくれた。不意に扉が開く。

「ありがとうございました」

「お大事になさってくださいね」

 頭を下げながら、中年女性が出てきた。治療が終わった人ね。

「あら、貴方たちも聖女様の治療を受けに来たの? あと一人だから、すぐに順番になるわよ。入ったら兵隊さんの指示に従ってね」

 女性は軽い足取りで治療院を後にした。部屋では最後の一人の治療が行われている。


「アーク。もう終わるよ。みなさも、こちらへどうぞ」

 室内で待機している、自警団員のマー坊に促されて待合室に入った。治療院の一室を借りているので、待合室といっても衝立で区切られただけ。

「……女神ブリージダ様、癒しの奇跡をもたらしたまえ……」

 ラウラの祈りの声が聞こえている。

「うわあ、もう痛くない! 本当にすごいですね。ありがとうございました!」

「全て女神ブリージダ様のお陰です。お大事になさってくださいね」

「はーい」

 若い男性がご機嫌で出ていく。さすが自治国でも人気のラウラよ。


「次の方、どうぞ」

「お疲れラウラ!」

 私は衝立を避けて、顔を出した。椅子に座り聖女らしい笑顔で次の患者を待っていたラウラの表情が、いつもの素に戻る。

「シャロン姉さん、早かったですね。さすがにもっと時間がかかると思ってました」

「水の巫女姫、グレッタが協力してくれたからね。楽勝よ、今夜は唐揚げパーティーよ!」

「唐揚げですか?」

「夕飯のお楽しみよ~」

 不思議そうにするラウラ。セイレーンだけしか知らないんだっけ、黙っておこう。サプライズだ。


「それはともかく、今回の騒動に混じった吸血鬼被害の方がいらっしゃいました。人混みで腕を引っ張られて、壁に押し付けられて血を吸われたそうです。大した量ではないですし、危険はありません」

 あー、あるある。こういう時に混乱に乗じて吸血する事件が。さっさと逃げちゃうだろうし、犯人の特定は難しいのよね。

「災難だったと諦めてもらうしかないわね」

「えー、不同意吸血は犯罪ですよ! 犯人を探して、キチッと罪を償ってもらいましょう!」

 メグが息巻く。しかし本当に、人混みに紛れた吸血鬼を探すのは大変なのだ。ただでさえここは観光地で、人が多い。特に害がないなら放置が無難よ。


「……謝礼金が出ますよ」

「一般人を不安にさせる、犯罪許すまじ!」

 前言撤回、やはり軽微でも犯罪を起こした者には償ってもらわないと! 草の根分けても探し出すっ!

「……シメオンさん、出番です。同胞の間違いを正すのよ!」

「君は探さないのか?」

「私には守るべきお金があるので。あ、犯人として名乗り出てくれてもいいわ」

 そうだ、吸血鬼なら誰でもいいじゃん。ましてや相手はお人好し、同胞のために一肌脱ぐかも知れないわ。

「堂々と罪を被せようとするな!」

「効率重視よ」

 なんなら今から適当な人の血を吸えば、えん罪ではなくなる。嘘から出た誠だ、これもアリだわね。


 シメオンは片手を顔に当て、わざとらしくため息をついた。

「……このままだと小銭欲しさに売られかねない。宿の場所を教えてくれ、確認してから探しに行く」

「宿へは私が案内します。‘’リッチホテル・レンサス湖シーサイド‘’でーす」

「じゃあ俺はここに残って、誰かが治療に来たらそちらに誘導しますね」

「頼むわ~」

 メグが案内、マークはここに残る。

 道は戻ってきた人で混雑していて、お店や宿にも一気に観光客が押し寄せていた。

 私たちが泊まるホテルはレンサス湖の湖畔にある、大きくて立派でそれはお高そうな建物だった。やったー、無料でいいとこに泊まれる!

 馬車などが横付けしていて内部も人が多く、部屋へ案内されるまで少し待たされたわ。待ってる間に紅茶とロビーにあるお茶菓子がもらえ、とってもいい感じ。猫も宿泊オッケーよ。


 シメオンは犯人探しにちゃんと出かけたし、果報は寝て待てね!

 唐揚げパーティーまで仮眠しようっと、おっやすみー。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る