第74話 レンサス湖、封鎖される

 筋肉村と筋肉エルフの里では、なかなかの収穫があったわ。筋肉村グッズをシメオンに預け、私はエルフの里の特産である編みカゴを持っている。薬はラウラに託した。

「シメオンさんも筋肉教祖から、お礼をもらったの?」

 筋肉教祖クレイザーに呼ばれて、仲裁に来ていたのよね。失敗してただけで。交通費プラスアルファくらいは、もらえたんだろうか。もし多かったら、こちらも交渉しに戻らないと。


 シメオンは眉根を寄せ、唸るように答えた。

「……もらった。見るか?」

「あら、品物なのね」

 胸ポケットから手のひらほどの大きさの、銀色のメダルを出した。首にかけられるよう、長い三色の紐がついている。そしてそれを私に渡した。

 メダルには“筋肉村名誉村民”と書かれていた。

「これがあれば入村は自由で、筋肉村の村民を名乗れるそうだ……」

「いらねー」

 遠い眼差しのシメオン。駆けつけて滞在して、こんないらないものしかもらえないとは。さすがに同情するわ。


「銅貨一枚でいい、引き取ってくれ」

「無料じゃないの!??」

 まさかお金を取るの? びっくりして、思わず聞き返した。

「君に無料で渡すと、むしろもっと要求されそうだ。嫌ならば無理に買い取ってもらわなくてもかまわない」

「……払うわよ。転売するからね」

「好きにしてくれ」

 銅貨一枚を払わせる意思は固いようだ。私はメダルをしまい、代わりに銅貨を一枚用意してシメオンに渡した。

 筋肉グッズと一緒に並べたら、銀貨二枚くらいで売れるかも知れないものね。


 ペガサスの翼にかかれば、広大な森もあっという間に飛び越えられる。これはとても便利ね。空には尾の長い金色のカルラ鳥が舞い、雲の上をワイバーンが越えていく。地上では軍人が四角い列になって行軍する姿があった。

 ……目的のイルイネ共和国の、ファンレーンの町を目指してるじゃないのよ。

 レンサス湖の遊覧船の無料招待券があるのに、無駄にする真似をされるのでは。一抹の不安を抱えつつ、ファンレーンの町へ戻ってきた。町は騒然としていて、湖を望む宿から馬車が逃げるように発進する。

 みんなが湖から離れようと移動しているので、道が混んじゃってるわ。

 道を熟知している人は細い路地を進むが、後にどんどん続くので一方通行になってしまっているよ。


「何かあったのかしら……。集団食い逃げじゃないわよね」

「どうしてそういう発想になるのか、本当に謎だ。湖から離れるところからして、湖に何か危険なものが出たのではないか」

 なるほど、さすが軍師シメオン。完璧な考察だ。

 湖の近辺には警備の兵や、お揃いの上着を着た自警団みたいな人たちが集まり、混乱する観光客を誘導したり、湖に通じる道を通行止めにしたりしている。

 注意して湖を眺めても、船も魔物も何の影もなく、特に荒れているわけでもない。原因が分からないわね。


「とりあえず、ペガサスを返して遊覧船に乗りたいな。あ、無料招待券は二枚だから、シメオンさんは自費よ」

「姉さん、私が自分で払いますよ」

「私は乗るとも言っていない」

 気を遣うラウラに、シメオンが意地を張る。そういえば猫は乗船券がいるのかな、アークの分もないわ。

「いやねえ、文化人なら遊覧船くらい楽しまないと」

「君は無料に釣られて乗るだけだろう。そもそも湖から全員避難させているのだ、運行などしていない」

「え、せっかくなのに動いてないの!? すいてて楽だと思ったら……」


 別に危険も見えなかったし、荒天でも従業員のストライキでもなく、船が動かないなんて!

 これは原因を排除してもらわないといけないわ。

 私はとりあえず、レンタルペガサス屋へ降りた。ペガサス小屋も含め、建物はしんと静まり返っている。道には警備の人と、どこへ逃げたらいいのか不安そうに尋ねる人なんかがいるくらい。

「あ、そこ! ペガサスは丘の牧場に一時避難してます、そこには返さないで!」


 とりあえず敷地内に降りた私たちに、自警団っぽい人の一人が指をさして小走りで近づく。ペガサスも避難してるんだ。

「何があったんですか? 丘の牧場って言われても、場所を知りませんよ」

「ヒヒン、ヒッヒッヒッン」

「私知ってるわよ~、パパと何度も遊びに行ったもん! だって。ペガサスのレディーが知ってるよ」

 アークのペガサス通訳だ。なるほど、放っておけば勝手に避難するのね。ジェシーは心なしか、誇らしげに映る。


「んん? 確かに大体のペガサスが場所を知ってるからって伝えられてるけど、今の声はどこから?」

「ボクだよ。ボクはケットシー紳士、アーク。ペガサス通訳の仕事をしているよ」

 黒猫アークが、私の前でカウボーイハットを脱いでお辞儀をする。相手は目を丸くして、少ししてから慌てて小さく頭を下げた。

「ケットシー紳士、ペガサス通訳! こりゃ珍しいですね。どうも、自警団のマークです。俺の名前と似てるね、アーク」

「本当だ! よろしくね、マーク君!」

 二人……いや、一人と一匹は喜んで握手をしている。しかしアークとマーク、分かりにくいな。

「間違えそうだから、マー坊って呼んでいい?」

「嫌です」

 自警団員にきっぱり断られたわ。もう自警団員でいいや。


 周囲は閑散としていて、この近辺の避難は済んでいる。その分、繁華街の道が混み合っているのが見えた。

「それはともかく、何があったんですか? 私はプレパナロス自治国の聖女、ラウラと言います。任務の帰りでして、私にできることがあったら協力させてください」

「自治国の聖女様! これはありがたや……! 実は湖にローレライが現れたんです。この国の聖騎士が退治に当たりますが、討伐には時間がかかると思います」


 シャロンちゃんの不思議生物講座、始まり始まり。

 ローレライ、とは。上半身が女性、下半身は魚で、主な生息区域は海よ。岩に座って髪を梳かしていたりする、妖精の一種。歌で魅了して船頭を惑わせ座礁させる危険な妖精だから、近づいてはいけない。惑わせた人間同士を争わせて喜ぶ、タチの悪いタイプもいる。

 たまーに川をのぼって、湖とかに来ちゃうのよね。まー、アレよ。鮭の遡上みたいなもんよ。何も生まんけど。

 基本的に討伐対象になります。

 シャロンちゃんの不思議生物講座、おしまい。


「まさか、討伐が終わるまで遊覧船は出港しないの? 私は無料招待券を持っているのよ!??」

 長引かれたら滞在費がかさんで困るじゃないの! なぜ五分でできない!

「出港しませんね、危険ですから。無料券は無くさずにお持ちください。それで、あちらの治療院に座礁させられた船の乗客が集められています。治療をお願いできたら助かるんですが……」

「もちろんです、案内してください」

「ありがとうございます!」

 自警団員はこちらを気にもせず、ラウラに説明している。グ、グ、グ……。

 早く倒して欲しいし、その為に私が協力するなら討伐だ。ただ、無料券を使う為に無料奉仕をしてしまっては本末転倒ではないか。報酬を請求するにしても、どのくらいもらえるのか……。

 無料券で得する分よりは多くないといけない。相殺そうさいされて得が消えたら大変だわ。


「姉さんはどうします?」

「うーん、むーん……。討伐の様子を見てくるわ。私の無料がかかってるし。行くわよ、ジェシー」

「ヒヒヒン?」

 手綱を引くが、ジェシーは首を傾けるだけで動こうとしない。んん?

「そういう危ない現場は、男のアレックスの仕事じゃないの? って、ペガサスのレディーが聞いてるよ」

「あー、だってアレックスの方が根性無さそうだし、信用できないもん」

 アークが通訳してくれたジェシーの問いに答えると、アークは二回頷いた。

「なるほど。信用は大事だね」

「大事よう~」

 納得してくれたようなので、ジェシーにまたがる。アレックスはアークを乗せて、治療院へ行くラウラに続いた。 物言いたげにチラチラ私を振り返り、ヒンヒンぼやいてたわ。


「では出発しましょう、シメオンさん」 

 知らぬ振りでラウラチームに入ろうとした吸血鬼の服の肩部分を引っ張り、ペガサスで飛び立つ。ペガサスに乗っているので、高さの関係で肩になった。

 ラウラたちは足早に進み、近くにいた自警団員もラウラの護衛のつもりなのか、合流して近くに集まっている。

「引っ張るな、服が伸びる!」

「逃げようとするからよ。行くわよ、助手!」

「助手ならば給料を要求する」

 チッ、余計なことばかり覚えるのね。

「行くわよ、赤の他人!」

「君は本当に君だ!」


 なんじゃい、本当に君だって。私は私に決まっているのに。

 まあいいわ。脅威がセイレーンだけならまだしも、他にも潜んでいる可能性がある。油断せず、身を守るものがあった方がいい。強い吸血鬼とか、壁役にピッタリ。

 パラララーン! シャロンは生ける盾を手に入れた!

 これも女神ブリージダ様のお陰です、女神様に感謝を捧げます。

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