第73話 エルフ銀貨ゲット!
里はすっかり和解ムード。ケットシーの一言で解決する問題を、よくもクーデター寸前まで
そろそろ怪我人の治療をしないとね。一人一人がお金になる、大事なお客様なのだ。ケガが足りなければ、私が腕を粉砕するサービスもあるわよ! 聖女ラウラの治療を受けられる貴重な機会を、お見逃しなく。
怪我人はエルフの里の交流センターにある、診察室で寝ていた。治療院はないんだって。
ラウラが筋肉エルフの女性に案内されて治療に向かい、私たちは同じ建物の会議室へ移動する。
これから筋肉森林王デズモンドと、
仲裁する人が欲しいんだって。
アークがとても乗り気で、用意された猫でもテーブルに前足が届くような背の高い椅子に飛び乗った。
「猫用の椅子なんてあるんですねえ」
「これは小人用なんですよ。ぴったりですね」
ほほう、小人用の椅子。アークはとても気に入り、背もたれにもたれて尻尾をふりふりしている。
「じゃあ、話し合いを始めよう!」
仕切るアーク。司会がケットシーとは、本気度の薄い会議である。
「我々の要求はシンプルだ。筋トレの強要をやめるんだ」
NMUの代表の男女は、力強く発言した。向かいの席には真剣な眼差しで座る、森林王。
「……分かりました。しかし朝の体操には参加していただきたい」
「筋肉体操か……。そもそも、どうしてそんなに筋肉なんだ?」
「筋肉……それは体を守る鎧であり、努力を裏切らないもの。そして躍動する美しい生命の輝きなのです」
やたら力を混めて語る森林王デズモンドだけど、さっぱり意味が分からん。NMUの二人もピンときていない様子。
「お話は聞きました! 私から説明いたしましょう」
あれは! ガレット青年を連れ戻しに来たはずの、お母様!
……昨日筋肉村に到着したばかりで、もう昔からの仲間みたいになってる。ずいぶん適応が早い人だ。
「夫人は今日から住むし、まだトレーニングを始めていないんじゃないの?」
私の言葉に、夫人は意味ありげに首を横に振った。なんの表現だ。
朝の筋肉体操は参加していたけど、そのくらいよね。ちなみに夫人は筋肉村に来る時に乗ってきた馬車で移動した為、到着がみんなより遅れていた。筋肉エルフの森での移動速度は、馬車を超えるのだ。
「筋肉は自由への鍵なのです。相手を屈服させる筋力があれば、己の意思を貫き通せるのです」
まっすぐな迷いのない瞳。ジジババ沈める宣言か。
会議室にいる面々も、黙って夫人の言葉に耳を傾けている。
「あと介護予防も大切です。寿命の長いエルフであるからこそ、筋肉を不可欠と思っていただきませんと。一生自分の足で歩くのが私の目標です!」
でででん。堂々と言い放つ夫人。
介護予防くらいの運動なら、元々不満も噴出しなかったのでは。参加した筋肉エルフとNMUのメンバーが、神妙な面持ちで考え込んでいる。
コイツらの無駄に重大事件みたいな反応するの、やめられないかな。
「介護予防……新たな筋トレの形を見ました」
呟く森林王。ゼロか百かしかないのか、ここのヤツら。
「確かに、筋力の衰えは我々も不安でした。我らに合ったトレーニングなら……」
早くもNMUの代表は納得しちゃったわ。信念が足りていない。
シメオンはずっと同じ表情で静観している。
「貴女は人間ですよね? この里に住むのですか?」
「ええ、お世話になります。みんなで頑張りましょう!」
「あとで夫人のお披露目をしないといけませんね。里で初の人間の住民です」
森林王と夫人が目を合わせた。早くも生まれる友情。
「決まりだね! 拍手~!」
「わあああ」
わー感動的だなあ、パチパチパチパチ。アークの音頭で、部屋中に拍手が響く。私も手を叩いた。空気を読める強欲よ。
結局、夫人が解決したな。単純な連中には、単純な解決案がいいらしい。私のような優秀な知識人は、無駄に考えすぎてしまうのね。今回は軍師シメオンの番もなかったなぁ。軍師、意味ないな。
こちらは無事に和解したので、あとはラウラの治療の進み具合ね。
筋トレメニューの相談をしているエルフを残し、私はシメオンとアークと共に、ラウラが治療している部屋へ足を向けた。
エルフには独自の薬があるので、治療が必要な人は多くない。ラウラは早くも治療が終わり、雑談をしていた。
「姉さん、そちらも終わりましたか? ケンカになりませんでした?」
「うん、なんか丸く収まっちゃった。私のメイスの出番はなかったわ」
「なくていいんですよ。そもそも姉さんは魔物退治は得意ですが、人との戦闘なんて訓練していないじゃないですか」
「気合いよ、気合い!」
今はすっかり治療済みの、ベッドに座る長い耳のマッチョエルフどもが笑う。骨折なんかの大きなケガをしたんだもんね、治って嬉しいわよね。さあさ、報酬のお話をしましょうねえ。
「それで、
「治療が済んだとか! ありがとうございます!」
私の言葉を
「いえ、お役に立てて何よりです」
「だからほうしゅ」
「なんという謙虚な方でしょう! さすが聖女様、ありがとうございます」
「聖女として当然のことですから」
森林王が手を合わせると、治療済みの数人のエルフも真似してラウラを拝んだ。ラウラはというと、恥ずかしそうにして両手を胸の前で振っている。
「つきましては、ほう」
「よろしかったら、いつまででも滞在してくださいね」
うおおおおおっ。そんな暇などない!
「もう帰るんですよ。報酬ください、報酬!!!」
「報酬ですね、エルフ銀貨でいいですか?」
「もっちろん!」
あらあ、自然と笑顔になっちゃうわ。しらばっくれるつもりかと思ったけど、とんだ
エルフ銀貨とは、エルフのみに通用する銀貨。お金のように品物と交換したり、所属する集落を表す意味があるもの。人の間でも収集家がいて、普通の銀貨よりも価値があるとか。
森林王が見せてくれた銀貨には精巧な模様が彫られていて、価値が高そう。
ただし裏面は“我ら筋肉と共にあり!”という文字と、力こぶの絵だった。
「こちらの面に、次回から“筋肉森林王”と入れさせていただきますね! 楽しみです」
「ひええぇ……、わああ」
ラウラが動揺して顔を赤くしているわ。筋肉森林王って名付けたのはラウラだもんね、恥ずかしいに違いない。これを自治国で報告もしなきゃいけないとは。同情するわ、とんだ罰ゲームだよ。
エルフ銀貨を十枚もらい、八枚が私で二枚をラウラに分けた。ラウラってば、遠慮深いんだから。私は遠慮しないわよ、ありがたく頂きます!
「あとさ~、私は雑貨屋をやってるの。なんか売れそうなの、ないかなあ。できれば無料で。もしくは限りなく無料に近い低料金で」
「売るものですか……。そうですね、いいものがありますよ」
「報酬も十分にいただいているだろう、図々しい」
シメオンがぶつくさ言ってるわ。報酬は別腹なのに。
森林王は近くにいた部下を近くに呼び寄せ、何かを持ってくるように、と小声で命令している。あんまり聞き取れなかった。
「エルフの薬と、編みカゴを差し上げます。トレント編みはこの里の名物ですよ」
「編むの、トレント」
「やり方は秘密です。こういう特産が、里ごとにあるんです。宣伝してくださいね」
ほうほう。部下エルフは製品をたくさん持ってきてくれた。いろんな種類があるので、私はありがたく頂戴する。
カゴはカバンタイプだけでなく、小さなバスケットやトレイがあった。小さいのを重ねて大きいカゴに入るだけ詰めちゃうぞ。よっし、商品もゲット。これで心置きなく帰れるわ~。
終始笑顔で見守る森林王と反対に、部下エルフは口許が引きつってるわ。スマイルスマイル、気持ちよく見送ってね。
と、帰る前にもう一度、イルイネ共和国に寄らねば。レンサス湖の遊覧船の無料招待券を、豊穣の女神ディンプナに仕える水の巫女姫、グレッタから献上されたのだ。これは使わないといけないわ。無料券は使わなければ得をしない、と昔の人はよく言ったものだ。
私たちが建物から出ると、二頭のペガサス、ジェシーとアレックスは大人しく外で待っていた。馬の世話をしてくれたエルフは、かなりお疲れみたい。アレックスが気むずかしいからなぁ。
私はアレックス、ラウラがジェシーに乗って出発よ。シメオンはコウモリの翼だけだして飛び、アークは私の前に座っている。
「とても楽しかったよ。ありがとう、エルフのみんな! またね!」
アークがカウボーイハットのツバを片前足でくりっと持ち上げ、主役のようにあいさつをする。
「じゃねー、またお仕事があったらよろしくね!」
「もう、姉さん! それでは失礼します」
ラウラには軽く止められたが、私はしっかりと営業をしておいた。エルフって気っぷがいいなあ、大好きになりそう。
ついに帰路だ。イルイネ共和国へゴー、ペガサス!
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