第72話 エルフの里で反乱!?
ラウラによる治療が終わった。仕入れも済ませた。ご飯もしっかり食べた。
さあ、そろそろ出発ね!
「ヒヒン、ヒヒヒン」
「帰るのか、どこかに寄るのか聞いてるよ」
黒猫ケットシーのアークが、ペガサス通訳として仕事をしている。今日出発するから、ペガサスのジェシーとアレックスとも合流したよ。
「どうする、ラウラ?」
寄るとしたら、筋肉森林王のエルフの里だな。怪我人がいるらしいのよね。
「そうですね……。必要なら、エルフの里でも治療をしたいと思います」
「お願いできますか!? 謝礼をいたしますので、ぜひいらしてください!」
森林王が喜んでラウラの手をとった。細マッチョだけど、まあ美形かな。今日の衣装は、魔法使いっぽいビラビラっとした服だ。
「まああぁ、謝礼なんてそんなそんな、おありがとうございます!」
わー、行くのが楽しみになった。私にも分け前があるといいな。あるかな、あるよね、あるに違いない。
「ただお恥ずかしいことに、我らの里では未だ筋トレをしない
「いーんじゃないですかね」
筋トレ、お金にならないし。個人の自由よ。
「そう言っていただけると助かりますね」
「ヒヒンヒーン」
「ボクは紳士な行動ができればいいと思うよ。アレックス君は、細い方がエルフっぽくていいだろうって」
「そのエルフは貧弱、というイメージを
拳を震わせる森林王。やめとけやめとけ、エルフは美形で、森で切り株に座りヌワラエリア飲んでて、お茶請けがキノコなイメージのままにしとけ。
次の目的地はエルフの里に決定。
ただ、ペガサスに乗って移動すると、森林王たちよりも先を進んでしまう。場所を知らないので、道案内は必要だわね。
「……シメオンさんは、エルフの里がどこにあるのか知ってるの?」
「知っているが……」
そこで言葉を区切り、なんとも嫌そうに顔を歪めた。断わるつもりか。これは聞いてはいけない、先手必勝よ。先に攻めなければ!
「道案内、お願いしまーす!」
コウモリの翼を出して飛べるのよねえ、シメオンってば。お役立ち! 偉い!
「聖女様方を頼んだぞ、シメオン!」
「私はもう帰りたい」
「そうかそうか、俺の代理だと思って引き受けてくれ! 任せた親友!」
バンバンとシメオンの背中を叩く、筋肉教祖フレイザー。シメオンはあまり表情を変えないけど、アレは痛そうだわ。
ていうか、そのまま帰っちゃえばいいのに律儀な吸血鬼よね。
筋肉村では多くの村民が農業や林業に携わっている。筋肉第一に相応しい職業なのかしらね。ペガサスに乗り、上空から見下ろす村民の生活は、自由気ままに見える。
「ふおたあぁ!」
パキーン。真っ二つに割れた薪が地面に落ちた。
薪割りの掛け声、うるさいなあ。
森の近くには牧場もあり、毎日飲むミルクが作られている。余った分はバターやチーズにして、近隣の村へ売りに行くそうだ。
ドワーフがいるものの鉄や鉱石がないので、売ったお金でそういうのを買ったりするんだって。そして筋トレグッズを作る。一部はお土産物屋でみた、プチ筋トレグッズになって売られる。嫌な循環だ。
森の中にある筋肉村、それよりもさらに奥にあるエルフの里。背の高い木が増え、枝の少ない木が天に向かって伸び、かと思えばクネクネした太い幹の大木が、他の植物に絡みつくように生えている。
すぐ先に森より高い塔の、細い先端が顔を出している。そっか、エルフの里には塔があるんだっけ。あそこね! なーんだ、シメオンいらなかったな。
エルフの村では耳が長く、体は細く色白のエルフが生活していた。ペガサスや一角獣が
「ヒッヒーン、ヒ~ン」
「ここはとても素敵な場所で、私は大好きよって。ペガサスのレディーはご機嫌だよ」
里のどっかに降りようと場所を選んでいたら、なんだかエルフが集まって手を振り上げているのが見えた。雰囲気がおかしいわ。
「筋トレ反対!」
「筋トレしない自由を!」
「我らの里を守れ!!!」
筋肉森林王の弾劾か。エルフの里は興奮が渦巻いている。さすがに今、ここに入っていく雰囲気じゃないな。
私たちは近くに降り、森を走ってくる森林王デズモンドの到着を待った。
筋肉エルフどもは健脚で、案外到着が早かった。ペガサスは待っている間、勝手に草を食ってるわ。
「どうしました?」
「なんか筋トレ反対の決起集会が始まってますよ」
「まさか私の留守を狙って、NMUが動き出したのか……」
「NMU?」
真面目な表情で考え込む森林王デズモンド。何の組織だか、エルフには似合わない単語だわね。
「我らの里の不穏分子、ノー・マッスル・ユニオン……筋トレに反対する集団です」
「筋トレ選択の自由、ラララ」
筋トレしたくないだけで不穏分子扱い、
「筋肉村のように一丸になれないのが、とても悔しい。私の筋力不足を感じます」
「あっちはハナから筋肉好きが集まってるじゃないのよ。成り立ちが違うでしょ、同じようにするのは無理じゃない?」
筋トレしようと集まった同好の士と、住んでた場所で唐突に筋トレブームが起こるのとでは意味合いが全く違う。不足しているのは筋力ではなく、思考する能力じゃないの。
「一理ありますね……」
「一理も二理もあるでしょ。筋トレーだ~って勝手に決めないで、里の方向性を話し合った方がいいわよ」
「君にしてはマトモな意見だ」
私にしては? シメオンが微妙なニュアンスで相づちを打つ。私はいつも立派な発言をしてるのに。
「話し合うにしても、まずは里に入らないとできないよ。ボクが交渉してくるよ!」
「じゃあ任せるわ」
またもや黒猫アークが息巻いている。交渉は得意だと言わんばかりに、ヒゲをピンとさせて。ペガサスのジェシーを後ろに引き連れ、二本足で悠々と歩く。
エルフの里は木の柵に囲われていて、大きな門があった。ただし鍵はないし、門番もいない。
「こんにちはー、入るよ~。うーんしょ、うんしょ」
木の門を押すアーク。猫の力ではなかなか開かない。
後ろからジェシーが扉に頭をつけて、押し開けてくれた。
ついにアークがエルフの里へ足を踏み入れた。入り口に近い広場で集会をしていたエルフが訪問猫に気づき、視線がアークに集中した。
「あ、猫と馬」
「それから……人間だ!」
「あのヒョロヒョロ吸血鬼も、筋肉村の住人なのかしら?」
「……もしかして、反対派じゃないか? NMUに加入したいんじゃ」
私たちを見ながら、こそこそ会話しているわ。
この辺だと、吸血鬼イコール筋肉村の住民という認識なのか。筋トレ野郎と反対派、どっちかしかないのかしら。極端だなあ。
「みんなー、筋トレするしないで揉めちゃっても、もったいないよ。ちゃんと話し合おう!」
「猫に何が分かるんだ。俺たちは揉めたいんじゃない、里長の強引なやり方が気に入らないんだ!」
大きな声で呼びかけたアークに、エルフの一人が即座に言い返す。話し合いになるのかな。ペガサスのジェシーも静かに見守っているよ。
「確かにボクは猫さ。自由を愛するケットシーだよ。だけど自由には、みんなとの調和やお互いに思いやる心が大事なんだ。自分だけ楽しい自由は、けっきょくみんながつまらなくなって、自由を狭くしちゃうんだよ」
「……思いやる心……。確かに、私は独りよがりだったのかも知れない」
うつむいて噛み締めるように呟く、筋肉森林王。
猫に教えられないと分からないとは。仲間の筋肉エルフが落ち込む彼の様子に、「森林王……」と気遣って背を撫でた。どうやったらそんなに共感できるのだ。
「ケットシー……、アンタの言う通りだな。まずはとことん話し合ってみるべきだな……」
「く~、さすが猫。いいこと言うなあ!」
筋肉村へ攻め込まずに里に残っていたNMUのヤツらが、涙ぐんでいる。こんなに簡単に説得できるわけ? 単純すぎる。
筋肉森林王でありエルフの里長のデズモンドが、慎重な面持ちでアークの前へ進み出た。
「みんな……。筋肉の素晴らしさを伝えたいと、私が暴走しすぎていました。もっと里の者たちの想いに寄り添うべきだったんです」
「里長! 俺たちこそ、力で解決しようとしていました。自分が恥ずかしい」
「デズモンド様、里を思う心は私たちも一緒なんです」
一気に和解ムードで、筋肉と細面のエルフが抱き合って仲直りしている、
総力戦で殴り合って、最後に残った一人に全員従うのが、一番簡単で恨みっこなしになっていいのにな。
「解決したみたいね、ラウラ」
「ええ……、ところで怪我人はどこでしょう」
そうだった、NMUと対峙しに来たんじゃないんだわ。治療しなきゃ謝礼がもらえないじゃないの。全く、何を遊んでいるんだか。
さっさと怪我人を出しなさい、隠すと為にならないわよ!
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