第71話 出立の準備です
「星空の下で飲むビール、サぁイコー!」
ビール片手に焼き串にかじりつく女性。
息子を連れ戻しに来たはずのガレットの母親は、すっかり酔っ払ってご機嫌になっている。
「ご夫人、お水はいかがですか? そろそろお酒はやめた方が……」
お酒を勧めた筋肉教祖と筋肉森林王が、心配する有り様だ。
「ここにはうるさいジジイもババアも、いらっしゃらないのよ! 飲まなきゃ、飲む時、飲むならぁ!」
「しかしもう十杯目だ……」
「オーッホホホ、二ケタいっっったど~~~~~~!!!」
叫びながらビールのコップを空に掲げる。さすがに周囲もドン引きで、笑い声が遠くまで響いた。
「母がすみません、本当に申し訳ありません……」
ガレット青年は申し訳なさそうに背中を丸めて、グラスになみなみと注がれた水を持ってきた。動く度に浮かんでいる氷がぶつかって、清涼な音がする。
護衛の三人は食事を終え、静かに見守っていた。
「ガレット様が出奔されてから、奥様への風当たりがキツかったんです。胃薬を飲んでいる姿も拝見しました。かなりストレスが溜まっていらっしゃるんだと思います……」
「だよな。だから奥様がガレット様をご自身で迎えに行くと言われた時、反対しなかったんだ。ご当主夫妻と離す必要がある」
護衛の女性と男性は、夫人に労わるような眼差しを向けていた。もう一人は我関せずと、筋肉どもと酒を飲んでる。あんまり表情が変わらないし、感情の起伏の少ない男だわね。
「ガレット。父を亡くして悲しいのは分かるが、母のことも考えてやらねばならないぞ」
筋肉教祖の言葉に、ガレットは口を引き結んで頷いた。
「……はい。母を支えられるよう、立派な筋肉をつけます」
「その心意気だ!」
どの心意気よ。こいつらの結論、どんな問題でも筋肉しかないな。
夫人はそのまま眠ってしまったので、ガレットが抱えて筋肉村にある、彼の小さな家へと連れ帰った。「こんな狭苦しい場所でお暮しなんて、おいたわしい……」と、護衛の女性が涙ぐんでいたそうだ。
私とラウラは治療施設に泊まった。シメオンはケットシーのアークを連れて、筋肉教祖の家へ。ペガサスは馬小屋に預かってもらっているよ。馬小屋の番の人が、「こんなワガママな馬は見たことがない」と、愚痴をこぼしたそうだ。
さて次の日。
朝から外で体操をするのは、吸血鬼以外の種族だけ。
ガレット青年と夫人の姿もあった。二日酔いでベッドに突っ伏してるかと思ったら、強いな夫人!
「たくさん飲んで食べて、朝の運動! 健康的でいいですわね」
「母上、お元気ですね……」
「ジジイ様とババア様がいないだけで、心イキイキ気持ちウキウキ体は軽い! ああ、運動をするとお腹が空くわね。今日の朝食は何かしらね~」
元気百倍な夫人の横で、ガレット青年は疲れた表情をしていた。護衛も眠そうにしつつ、朝の運動に加わっている。
ちなみに『筋肉体操』という、この村独自の体操だ。私はやらん。お金をもらわない限り、参加しないわよ。
運動が終わったら、お待ちかねの朝食のお時間です。
食事当番が作って皆で食べる。パンと鶏のササミ肉、茹で玉子、サラダ、豆のスープ、食後のミルク。スープはよそってくれて、他は自分で好きなだけ取るスタイル。
いつも朝食時は吸血鬼がいないので、村民の三分の一に満たない人数だそうだ。今日はエルフ族がいる為に大勢が広場に集まったよ。ちなみにシメオンと筋肉教祖フレイザーは参加している。
シメオン、付き合い良すぎない? 黒猫アークまで運動してるわ。
「体調はどうですか、ご夫人」
「森林王様! この通り健康そのものです。それでわたくし、しばらくそちらの里でお世話になりたいのですが、よろしいでしょうか」
「おお、決めてださいましたか! 大歓迎ですよ」
「ありがとうございます。美形エルフと森で介護予防・健康運動生活を送りたいと思います」
飲んで好き放題に騒いでしまったからか、かなり本音で喋ってるわね。ガレット青年は筋肉村、母親はエルフの里で筋トレをするわけだ。仲良くマッチョになっておくれ。
「ところで、お二方はどの程度滞在するんだ?」
いつの間にか近くにいた筋肉教祖フレイザーが尋ねる。治療に来ただけだから、終われば帰りよ。
「ラウラ、治療はどうなってるの?」
「大ケガの方は終わっていますから、あとは希望者の治療をして……、エルフの方々はどうなんでしょう?」
和解したとはいえ戦いの相手、あちらも無傷ではないハズね。
「こちらはエルフの秘薬がありますからね。骨には効果がないので、骨折などの者はやはり治療中ですが……」
筋肉森林王が答える。骨折はそのままなのねえ。
「お二方は筋トレにいらしたんじゃないんですか?」
夫人が意外そうに首をかしげる。ここでは筋トレしないと人権がないレベルだからなあ。
「いいえ、私は怪我の治療の依頼を受け、自治国からきました」
「彼女は聖女なんだ、力は俺が保証する!」
ラウラの肩に手を置く筋肉教祖。
なにやら蚊帳の外だわシャロンちゃん。
「まあまあ、実は私、女神ブリージダ様を信仰していますの。聖女様にお会いできるなんて、素晴らしい偶然ね!」
夫人がラウラを拝んでいる。ラウラは優しい笑顔で頷いた。
「貴女に女神ブリージダ様のご加護がありますように」
「ありがたいわ~。そうだわ、ぜひご寄進をさせてくださいなっ」
「はーい、いくらでも受け取りま~す」
ラウラが遠慮する前に、私が了解したわ。ラウラはただ、にこにこと微笑みをキープしている。
「では金貨十枚を神殿に、それからこちらは旅の路銀です」
金貨だけではなく、銀貨と青銅貨まで……! 夫人、めっちゃ気前がいい!
「ありがとうございます、またのご来店をお待ちしております!」
あ、間違えた。お店じゃないわ。
まあいいわね、後でラウラと頂いた路銀を山分けしよう。神殿の分はさすがに手を付けられない。
「さーて、じゃあぼちぼち撤収ね。私はお店をやってるから、何か仕入れられたらいいんだけど。ここはお店なんてないわよね?」
「あるぞ。村の連中が使う雑貨屋と、見学客用の土産物屋」
筋肉教祖フレイザーは、村の門の方を指した。ぽつりぽつりと立つ一軒家の中に、土産物屋が混じっていたのか!
「お土産物屋! いいわね、帰る前に寄りたいわ」
「では私が案内しよう」
「じゃあボクも」
シメオンが歩き始めるので、私もアークの横に付いていった。問題が解決したからシメオンも帰るわよね。しめしめ、荷物持ちゲット。結局私とラウラが解決したんだし、役に立ってもらわないと困るわ。
土産物屋はまだ開いていなかったが、シメオンが声を掛けたらすぐに店内に入れてくれた。吸血鬼が経営しているので、営業時間は夕方から深夜。あとは見学の予約があった日の午後だって。
「適当に見てくれ、まだ店を開ける時間じゃないんだ」
薄暗い店内には、所狭しと品物が並べられている。
まずは本。置いてあるのは筋肉教祖フレイザーの著作ばかり。筋肉教祖の自伝やお言葉集、『筋肉の声を聞け』というタイトルのエッセイ。
そして筋肉大好きTシャツ、重そうな筋トレグッズ、筋トレ用に重りのついたキーホルダー。
なんだこのラインナップは。舐めてんの? 筋肉ばかりじゃないのよ!
ブレスレットも重い。床に落とすとズシンと音がする。
「落とさないでよ、傷がつくから」
頑丈なので簡単には壊れない。同じような足輪もあり、筋トレというより拘束アイテムみたいだわ。
「筋肉好き向け以外はないの?」
「あるよ、面白グッズ」
店の奥のカゴに雑多に入れられた、グッズたち。木彫りに色を塗ったニセモノのニンニク、十字架の真ん中にドクロマークが入っているもの、着脱できるオモチャの牙。
他には土で作られた小さな怪しげな置物。
吸血鬼の面白グッズ……!
壁には表地が黒、裏地が赤で襟が立つ、吸血鬼っぽいマントが掛けられている。マントに合わせた黒のシルクハット、それから腕の長さほどの細いステッキが箱に雑にまとめられていた。
なりきり吸血鬼セットか。
「カッコイイね」
「お、分かるか黒猫! 古式ゆかしい吸血鬼の装備よ。実際に使う日除けマントや帽子は、雑貨屋へ行ってくれ」
アークと店員が妙に意気投合しているわ。コミュニケーション能力の高い猫だ。
「……う~、何か買うにしてもどれにしよう」
せっかくだし仕入れたい。だが、何を仕入れれば売れるのやら。
「売れ筋は土で作った置物と、プチ筋トレグッズ。あと吸血鬼なりきりセットだぜ」
「フレイザーは一部で強い人気を誇る。彼のグッズも愛好家に売れる」
店員とシメオンの助言を受け、いくつかを購入。シメオンが持てる程度に納めておいたわ。
シメオンは荷物持ちなどしないと抗議しているが、もちろん聞きはしない。
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