第70話 バーベキューの闖入者

 バーベキューコンロから煙が上がり、おいしそうな香りが漂う。串に刺されたお肉が焼けると、私に手渡された。

「おいしい~、無料のお肉が世界で一番おいしいわ」

「良かったですね、姉さん」

 ラウラはタマネギを食べている。お皿には他に、ピーマンやナス、ズッキーニなど、野菜ばかり。次にラウラが取ったのは、サツマイモだった。ここでまだ野菜を追加とは。


「エルフの里名物、焼きタケノコです!」

 三角でクリーム色っぽいのが出てきたわ。焼きタケノコとはいかに。

 独特の歯触りに、甘みがあってなかなか宜しい。

「こちらは筋肉村特製、熊肉焼きソバだ!」

「やっぱりお肉が入ったのが良いわねえ」

 なかなかイケる、熊肉焼きソバ。肉が多いのが良いわね。

 ラウラはトウモロコシの粉を練った薄皮に、肉と野菜を挟んだものを作ってくれた。筋肉たちも喜んで食べているわ。


 バーベキューは大盛況で、それぞれが自慢の料理を振る舞った。

 ただ、マンドラゴラの薬膳スープはどうかと思う。

 筋肉村の住民もエルフも、仲良くやっている。村に移住して筋トレを続ける奇特な人間も、すっかり溶け込んでいるわ。

 しかし深夜になってきたけど、どうするのかしら。夜通し宴会?

 ほろ酔いで歌ったり、筋肉自慢を始めたり。そうだ、人が離れたコンロを借りて、何か食べよう。でも火が消えそうだわ、もっと燃やさないと。

 周囲を見渡し、燃やすものを探した。

「姉さん、探しものですか?」

「うん、油とか焚き付けになるものとかが欲しいの」

「油ですか? 料理だったら私がしますよ、お肉を食べるんですね?」


 さすがラウラ、私の好みをおさえてるわね。肉食べたい!

「じゃあ頼むわ! 私は油を探してくる」

「揚げものでも欲しいんですか?」

「火が消えそうなのよ。ファイヤー! ってやらなきゃ」

「絶対にやめてください!!!」

 すごい形相で止められたわ。両手で捕まれた腕が痛い。力が強くなったわね、ラウラ。

「どうした聖女ラウラ、声を荒らげて」

 筋肉から解放され、近くで座っていたシメオンが声をかける。ラウラは小走りでシメオンに近づき、小声で何か囁いた。

 するとシメオンは、おかしなものでも見るような目付きを私に向ける。


「シメオンさん、私は食材を頂いて調理します。姉さんから目を離さないでください」

「心得た」

「いやあねえ、人を危険人物みたいに」

「十分危険だ。君は大人しく座っていろ、火事でも起こしたらバーベキューは終了だぞ」

 なんだか脅してくるわね。座ってれば食べものが出てくるんだし、言うとおりにのんびりしてればいいか。

 シメオンがいるテーブルの適当なイスに、腰を降ろした。シメオンは私が座るまでじっと見ている。

 なんだか過保護というか、なんだろうなぁ。

 もしかしてしばらく会っなかったから、淋しかったのかしら。仕方ないわねえ、見物料も取らないでいいわ。


 いつの間にか少し人数が減ってる気がする。集会場を仮眠室として開放してるそうだから、移動したのかしら。異種族交流で盛り上がって、ハイペースで飲んでる人もいたくらいだしね。

「お待たせしました」

 笑い声が響く中、ラウラが串に野菜やお肉を刺したものを持ってきた。これを焼いて食べるわけだ。

 コンロに枯れ葉や細い枝を追加して、パタパタ仰ぐ。

 あ、また日が強くなったわ。


 串を焼き始めると黒猫ケットシー紳士のアークがやって来て、ラウラの隣で何度も万歳を繰り返した。

「おいしくなーれ、にゃんにゃん」

「アーク、なにそれ」

「これはケットシーに伝わる、ご飯をおいしくするおまじないだよ」

 また怪しげな。効果があるかはともかく、問題があるわけでもないし放っておこう。

 ついに焼けた串はタマネギの端がほどよく焦げて、良い香りが漂っていた。肉の他にはキノコ、ピーマン、ナス、アボカドなど、串によって微妙に違う具材が刺さっていた。


 あつあつおいしい。二本目を食べようと手を伸ばした時、女性の大きな声が耳に届いた。

「どこにいるの、ガレット! 家に帰りましょう!」

 声のする方に顔を向けつつ、串を手にした。お肉の弾力がたまらない。タマネギも甘みがあって最高。

 バーベキューの匂いに釣られたのか、護衛を連れたご婦人がコンロの近くを歩きながら辺りを見回し、誰かを捜している。

「母上! 何故ここへ……、僕は帰りません」

 夫人に気づいて、駆け寄った茶色い髪の、十代後半の青年。彼がガレットに違いないわ。

「あー、人間の連れ戻しね。ところで、門で止められなかったのかしら」

「祭りの日に門番をするような者は、この村にはいない」

 私の独り言にシメオンが答えた。いい加減ねえ、警備がザル!

 ピーマンもよく焼いたら美味しいのよね、串も良いけどパンか何か欲しいなあ。


 ちなみに筋肉村へ筋トレ修行に行ってしまった人の連れ戻しは、昔からたまにあるのだ。特に昔は、吸血鬼に操られて連れ去られたと思い込む家族もいて、なかなかにシュラバだったらしい。

 今回もそういうのかしら。

「ガレット、筋トレなら家でもできるわ。欲しがっていたダンベルを買いましょう」

「いいえ母上、僕はここで筋トレを続けます。故郷ではずっと、周囲との違和感に悩んでいました。ここでは僕も自由に生きられるんです」

「おじい様には私から、あなたに勉強ばかりさせるのでなく、運動の時間も作るよう説得しますよ。無理に官吏にならなくてもいいのです、帰ってきてちょうだい……」

 進路で揉めて家出したわけか。筋トレが話題に挟まるせいか、どうにも家出するほど深刻にも聞こえない。


「焼き上がりましたので、どうぞ」

 揉めてる親子やその護衛に、ラウラが焼きたての串を渡した。みんな会話の途中だけど、受け取って食べているわ。

「ありがとうございます、頂きます。そちらはもうすぐ知恵の神メルクリオ様の祭日でしょう。母上こそ、早く戻られたらどうですか?」

 知恵の神メルクリオ。

 確か、『右の頬を殴られたら、医師の診断書をもらい傷害罪で訴えなさい』というような、とりあえず決闘なゲルズ帝国と真逆な考え方をする国ね。

 筋肉村で楽しめるタイプの人とは、価値観が違いすぎる。

 母である女性の説得に、考える素振りすら見せない青年。すっかり帰宅を拒否をしているわ。


「あなたと戻るわ。跡継ぎのあなたが出ていったのは私の教育が悪いからだと、おじい様がカンカンに怒っているのよ。せめて一度戻って、話し合いをしましょう。……おいしい串ね」

「お父様ではなく、おじい様ですか?」

 ラウラが尋ねた。仲裁するつもりらしい。私は飲みものをコップに注ぐ。飲みながら見物するのだ。

「おじい様が頑固な方でね……。間に入ってくださっていた旦那様が亡くなって、息子は耐えられずに飛び出してしまったの」

「おじい様は二言目には学問、学歴、知識とそればかり。学歴でケンカに勝てますか? 知識で米が運べますか? 筋肉です。全ての答えは筋肉なのです」

 知恵の神の信徒がおかしな結論を導き出している。

 確かに国では暮らしにくいでしょうね。ガレット青年の周囲には、同じ年頃の筋肉予備軍が集まり、言葉に出さず握りこぶしで応援している。


「揉めごとか?」

 会話が途切れて双方の出方を窺っていると、筋肉教祖フレイザーが誰かに案内されてやってきた。兄貴肌の吸血鬼だから、揉めごとに首を突っ込む性質よ。

「あら……あちらの素敵な方は?」

「この村を治める筋肉教祖、フレイザー様です」

 夫人はフレイザーに熱い視線を送っている。妙な方向に話が転びそう。

「始めまして! ガレット君は努力家の好青年ですよ。体質的に筋肉がつきにくいようだが、毎日努力しています」

 視線に気づかないのか、フレイザーは爽やかな笑顔で夫人と握手を交わした。


 そこにエルフの筋肉森林王まで登場。

「どうかしたんですか?」

「いえ、あの、息子の様子を見にきました。エルフの方もいらっしゃるんですね」

「我々も筋トレに勤しんでおります。興味がありましたら、是非、里を訪ねてくださいね」

 穏やかな笑みをたたえる、筋肉森林王。

 エルフはさすがに美形だからなあ、夫人は頬を赤らめている。母親のそんな姿に、ガレット青年は微妙な表情をしていた。


「どうせならご婦人も筋トレをしませんか? 短期も大歓迎ですよ!」

「フレイザー様、それはちょっと……」

 フレイザーが夫人を勧誘し始めたわ。これには息子も、たまらず止める。母親と一緒に筋トレで筋肉作り、嫌でしょうよ。

「ならば我が、エルフの里はいかがですか? 移住者募集中です」

 負けじと筋肉森林王も誘う。


「まあ〜、どうしましょう」

 まんざらでもない笑顔で悩む夫人。嬉しそうにしてるけど、モテ期じゃないわよ! 住民募集なだけだからね!

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