第69話 一件落着!
黒猫ケットシー紳士アークの呼びかけで、筋肉村の筋肉教祖フレイザーとエルフの里長マッチョの会談が決定した。場所は集会場。他のマッチョたちは集会場の前で待っている。暑苦しい現場です。
ペガサス二頭と、元カルデロンの従者カリーネが外に残る。
ちなみにエルフの里長マッチョの名前は、デズモンド・リーコック。耳が長く、長い金の髪はサラサラ。でも筋肉はがっしりしている。
赤い短髪のフレイザーと、向かい合って座る。間には黒猫アークが立っていた。本当に仲裁する気だわ。
私とシメオンは少し離れて見守り、筋肉村の住民とエルフが一人ずつ同席している。さすがに二人にはできないと主張したのだ。
「耳長君は、どうして攻撃するんだい?」
まずはアークがエルフに尋ねた。耳長君。面白いから訂正しないでおこう。
「オホン。我々が筋肉ナンバーワンだと、知らしめる為です。筋肉教祖の称号は、私にこそ相応しい!」
「うんうん」
アークが腕を組んで頷いている。分かる~、みたいな雰囲気を出したいのかしら。
「称号は渡さん!」
フレイザーが即座に噛みつく。またケンカになりそうね。
「じゃあ、二人とも筋肉教祖を名乗ったらどうだろう?」
「「ダメだ!」」
二人の声が揃った。称号というより個体識別番号なので、二つにされても困るわ。
「このままでは平行線だ」
ため息をつくシメオン。今回は軍師シメオンにも、妙案は浮かばないらしい。
「俺はこの村と筋肉の発展に、力を注いできたんだ。少しばかり筋肉をつけたからと、舐められるわけにはいかない!」
「私たちも、いつまでも森に引きこもるひ弱でヒョロヒョロの、ただの美形集団だと見くびられてはいられません!」
さりげなく美形とか言ってるぞ。エルフは美形の多い種族だから、かなり自信があるみたい。
「姉さん、解決したんですか?」
膠着状態が続くなか、治療に一区切りがついたラウラがやってきた。ラウラの姿を見て、なんとなーくアイデアが降りてきたわ!
「まだよ。でも名案が浮かんだわ」
「……またおかしなことを言い出すのではないだろうな」
シメオンが私に訝しげな視線を向ける。先に解決されそうで、焦っているに違いない。
「よく聞きなさい衆愚ども! 筋肉教祖の呼び名は、プレパナロス自治国で考えられたものなのよ。つまりエルフのデスモンクは、自治国から正式に新しい呼び名をもらえばいいのよ」
「妙案ですが、私の名前はデズモンドですよ」
「聖女や聖人の国だな? 称号を簡単にくれるか……?」
掴みはオッケー。新しい名前を考えたら解決しそうね。
「ここにプレパナロス自治国の偉大なる聖女、ラウラ様がいらっしゃるわ! ラウラ様より新しい称号を授けていただくのよ。さあ、ラウラ様!」
「姉さん無茶振りがヒドイです!!!」
ラウラは抗議しながらも、新たな称号を考えている。
二つの筋肉が、新たな呼び名を心待ちにしていた。
「……聖女ラウラ、思いつきそうか? 日を改めるか?」
悩んでいるラウラを気遣い、シメオンが時間を空けようと提案する。うーん、私も考えるか。
「えー、面倒よね。じゃあ“脳筋エルフ王”でどう?」
「断ります」
「ええと、筋肉森林王……とか」
ラウラが思いついた言葉を、控えめに口にした。筋肉を入れると途端にダサくなるので、可能なら筋肉の単語を外したいところ。
「筋肉森林王……悪くないですね」
悪くないのか。
「これからは争うのではなく、共に鍛えよう! 筋肉森林王!」
「そうですね……。筋肉教祖!」
握手する筋肉森林王と筋肉教祖、感動のシーンでもないのに涙ぐむ同席した部下二人。とりあえず適当に拍手をしておいた。
握手が終わるのを待つ。わりと長いな。
「ではこれで周知しましょう!」
呼び名を気に入ったみたいね。さすがラウラ。
「では、自治国への登録料として銀貨一枚いただきま~す」
「安いですね!」
デズモンドは笑顔で支払った。金払いのいい人、大好き!
「ありがとうございまーす! ラウラ、よろしくね」
儲けるのは私、仕事をするのは他の人。これが私の好きなスタイルです。自治国で勝手に命名しているんだから、本当は登録料なんてもちろん取られないわよ。
シメオンは何も言わず、呆れたような視線を私に向けていた。見られても痛くも痒くもない。
「よし、和解の宴を開こう!」
「いいですね、メニューはなんにしますか?」
宴会だ! フレイザーとデズモンドが相談を始め、部屋に控えていた部下が外へ知らせに走った。すぐに歓声が巻き起こる。
「宴会かぁ、おいしいものがいっぱいあるといいな」
ワクワクと期待が膨らむ。肉料理は絶対あるわよね!
「まず耐久腕立て伏せか?」
「けんすいの方がいいのでは?」
「マラソンは長くなるよな」
「エルフの塔の上に品物をおいて、それを持ってくるレースはどうでしょう」
「いいな! この村だけじゃなく、そちらの森も使わせてもらいたい」
なんでこいつら、勝負の種目を相談してるの? 宴会じゃないの?
二人のマッチョが戻ってきて、話し合いの結果を紙に書いてまとめ始める。大事な料理の話がまだでてないわよ!
次の日、急遽マッチョ大会が開催されることになった。
いくつかの競技を双方の代表が競い、勝ちが多い方がその年の筋肉ナンバーワンだそうだ。とてもどうでもいい。
今回の種目は、けんすい、腹筋、縄跳び、レース、最後は綱引き。
黒猫アークはマッチョ競争を楽しみ、手を叩いて応援している。ラウラは救護班。シメオンは審判、私には観戦しかすることがないわ。
ペガサスのジェシーとアレックスは、エルフの塔へ審判員を送迎した。審判と言っても給水所を用意し、最上階で参加者を待ち、上った証拠になる品を渡す係りだ。
殴り合いとかはなく、安全な勝負ばかり。どうせなら火の輪くぐりとか、吊り橋デスマッチでもやればいいのにな。
つまんないなー、帰っちゃおうかな。そう考えてたら、カリーネが箱を抱えて歩いているのが見えた。
「シャロン様、全部終わったらバーベキューですよ」
「やったぁ! でもその箱の中身、野菜ばっかりじゃない? お肉は? お肉はあるの?」
「狩りの競技もあるんです、フレイザー様とデズモンド様が、精鋭を連れて森に行ってますよ。期待していてくださいね」
いいねいいね、筋肉どもが私にお肉を捧げるわけね。受けてやろうじゃないの。やっぱりお肉がないと、宴会じゃないわよね。
カリーネは慌ただしく去っていった。これから全ての競技が終わる前に、下準備を済ませなければならない。
私もこっちを手伝うかな~、味見があるかも知れないし!
筋肉村ではバーベキューを毎月必ずやるそうで、手慣れた様子でテーブルや皿を用意する。男性二人が運ぶ
私はテーブルクロスを敷き、食べものを置く台にカゴに入ったフルーツを並べた。やたらバナナが多い。
大皿料理と、バーベキュー用に切った野菜が運び込まれ、だんだん華やかになるわ。テーブルの近くには、レンガを積んだバーベキューコンロが八台並んでいる。マッチョドワーフがその横に、石を積んで窯を作り足していた。
いくつかの競技が終わり、優勢なのはエルフ族だ。エルフの塔を上る競技があるんだもんね、村民は不利だよなあ。
綱引きは綱が切れて終了。次までにもっと丈夫な綱を新調しないと、いきなり引っ張った力が反ってくるんだもん、危ないよ。ドミノ倒しになったら、マッチョサンドのできあがりよ。
近づく勝利に沸き立つエルフ族。フレイザーは狩りで挽回できるか!?
ついに狩りも終了の時間となり、荷車に乗せられて次々と獲物が運びこまれた。お帰りなさいお肉ちゃん!
鳥やウサギ、水に棲む馬ケルピー、猪に似たトトイマ。トトイマは子供を食べる魔物ね。角の生えた熊っぽいのは、足が山羊に似ていて
「シメオン、狩りの勝者はどっちだ?」
「待ってください、吸血鬼に判定させるのはフェアじゃありません! そこの彼女はどうでしょう」
デズモントが私を指名した。狩りに行ったチームの視線が私に注がれる。
「うーん。トトイマも危険だけど、パランデルを倒した方じゃない? でっかいのに逃げ足が早くて、捕まえにくいもん」
「ぱらんでる……?」
「その熊モドキよ」
知らないで倒してるのか、こいつら。祝福を受けた武器もなしに。
森の守護者であるエルフ族は聖なる属性だから、倒しやすいのかな。属性としては薄いんだけどね。
「では我々エルフチームの勝利ですね!」
わああ、と大歓声が巻き起こった。この瞬間、始めての筋肉大会でエルフの勝利が確定した。
なんか歌が始まったぞ、肩を組んで体を左右に揺らしながら全員が歌う。
「ララ~、朝は腹筋、昼は背筋、夜は腕立て伏せをして~。鍛えよ我らの筋肉を。大胸筋が笑うまで。その力こぶは絶え間ない努力の証、筋トレ後には牛乳を飲~も~う」
……誰が考えたのよ、こんな歌を。いつの間にかカリーネが隣にきて、笑顔で歌詞カードをくれた。いらない、歌わないわよ!!!
カリーネも堂々と歌っている。もういいからお肉を解体して、バーベキューを始めましょうよ~!
歌が終わるとエルフ族と筋肉村の住民が、お互いの健闘を称えあった。
勝ちたかった、とシメオンを囲んで泣く吸血鬼や人間もいる。シメオンは完全に無表情で立っていた。
ちなみにこの日の大会はそのまま恒例化され、『森林大運動会』と呼ばれて毎年開催される人気な行事になったんだとか。
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