第68話 エルフ族の襲撃

 エルフ族の襲撃が伝えられると、筋肉村の村人は大挙して門に押し寄せた。

 筋肉村と呼ばれるだけあって、そりゃもうマッチョやマッチョ予備軍ばかり。人と吸血鬼が入り交じり、半分オオカミのワーフルフの姿もあった。マッチョドワーフも二人ほどいるが、ドワーフはマッチョでも違和感がない。

「……では、私が診療所へ案内する」

 咳払いをして、シメオンは大移動と違う方向へ足を向けた。

「へえ、医師がいるの?」

「いない。薬草の知識を少し持つ者がいる程度だ」

「治療も期待できないわねえ」

 話ながら移動したら、すぐに目的の建物に着いたわ。見た目は他の家とあま り変わらない。


 ペガサス二頭とアークは外で待っている。

 玄関を入るとすぐに待合室で、入り口はスラムの診療所くらいの狭さだった。

 そこからまっすぐ廊下が伸びて、最初の扉が診療室、反対側が病室。廊下の両側に怪我人が寝ている部屋がある。

 ちょうど病室から出てきた男性が私たちに気づき、こちらに足を向けた。

「ビジャ様、怪我人ですか? 筋肉ケアですか?」

「どちらも違う。聖女が治療に来てくれた」

 男性の質問にシメオンが答えて、そのまま慣れた様子で廊下を歩く。

「すっげー、俺も治療を見学するッス!」

 男性まで喜んで付いてきてしまったわ。一列に並んで、奥まで進む。ここに重傷の怪我人が寝ている。

 シメオンが扉を開けると、うめき声が流れてきた。


「う~、痛い……」

 四つあるベッドは埋まっていて、マッチョが寝ている。

 ラウラが治療を始めようとしたら、赤い髪の女性が元気に部屋に入ってきた。ポニーテールが背中で揺れる。

「水を持ってきたよ! あれ、ビジャ様……と、シャロン様!??」

「え、誰?」

 私を知っているとは。筋肉に知り合いはいないのだが。

「……ええと、私です。ゲルズ帝国のカリーネ・フリーデル。カルデロン様の従者をしていて、ダンジョンでご一緒しました」

「あ!!! 取り巻きその三だわ!」

 思い出した。

 カルデロンのダンジョン攻略のメンバーで、なんか嫌そうにカルデロンを褒めてた女性だわ。取り巻き一と二は、カルデロンを幼児と勘違いしてんじゃないのってくらい過保護で、なんでもベタ褒めだった。

 彼女はアイツを、脳だけが幼児のままのドバカだと見抜いていた女性だわ。


「……実はあの後、カルデロン様とダンジョンに潜ったせいで国に居辛くなってしまって……。自分を見つめ直そうと、この村に移住しました。筋肉があれば、きっと違う結果になったはずです」

 カリーネも筋肉に感染してんの? なんで筋肉で全て解決すると思うわけ?

「姉さん、お知り合いですか?」

 患者を一通り確認したラウラが質問してきたわ。ラウラは会っていないのよね。

「あー、私が国を出るきっかけになった、ドバカの従者さん。いたたまれなくなって出国したらしいわ。そうそう、カルデロンのドバカってどうしてる?」

「カル……、私もドバカと呼ばせてもらいますね。私が来る頃はまだ目が覚めず、悪夢にうなされていましたよ。もう国へは帰らないつもりなので、その後は分かりません」

 ずいぶん人生を棒に振っちゃったわね。さすがに同情するわ。 


「ところで、なんでエルフと揉めてんの?」

 ついでなので、ここで聞いてしまおう。カリーネはああアレですね、と小さく頷いた。

 「数年前から、エルフの筋肉クラブが難癖をつけてくるようになったそうです。最近ではヤツら、フレイザー様の“筋肉教祖”の称号を欲しがり、攻めてくるようになりました。我々は徹底抗戦します!」

「いや、あげちゃいなよ」

 欲しいのか、筋肉教祖の名前。称号なんていいものじゃなく、単なる呼び名よ。吸血鬼の名前が分からないから、仮に付けただけなのよ。

 吸血鬼は不死に近いので、同じ吸血鬼を認識できるように、後世まで使われる。勝手に変えられても困るわね。しかしまさか、こんなアホな名が争いの種になるなんて……。

 アホしかいないの?


「シャロン様。もはや筋肉教祖の名は村のシンボルであり、みんなの憧れなんです。譲れません!」

 決意を示すように、両手で拳を握るカリーネ。短い間にすっかり感化されている。

「そうです! 守り抜きます」

「我らが教祖、バンザーイ!」

 ベッドで寝ている怪我人まで手を挙げて騒ぐ。うーん、なんだかな。

 治療が必要な患者の数は多くないので、ここはラウラに任せて騒乱の現場を見に行こーっと。村の門へ移動するのだ。

「シャロン様、怪我をされないよう私が護衛します」

「大丈夫よ」

「いえ、危険ですから」


 やんわりと断るが、危険だからとカローネがついてきた。診療所の外では、二頭のペガサスと黒ねこケットシーのアークが待っている。

「おやレディ、一人かい?」

「ちょっと空から門の様子を見てくるわ」

 私はジェシーにまたがった。アレックスよりジェシーがいいわ。アークも私の前にちょこんと座っている。

「このペガサス、シャロン様たちが乗っていらしたんですね。私も乗っていいですか?」

「いいけど、ソイツは気むずかしい面倒なペガサスよ」

 ペガサスに乗ってケンカを眺める私を護衛するなら、ペガサスくらいは乗ってもらわないとね。

「ペガサスって、一度乗ってみたかったんです。気をつけっ!!!」

「ヒヒヒン!!!」

 カリーネがよく通る声で叫ぶと、アレックスがカッポと蹄を鳴らし、ビシッっと立つ。


 最初に堂々と接したからか、アレックスはカリーネに大人しく従っていた。悪態もつかないわね。

 三階の屋根ほどの高さで飛べば、屋根ともぶつからない。平屋が多いのだ。

 門の辺りでは耳が長いエルフ族と、吸血鬼と人間の混じった筋肉好きが盛り上がっている。ワーウルフは少ししかいないのに目立つわね、頭が狼だものね。

 どちらも武器は持たず、文句の応酬おうしゅうをしている。

「うおおっ、マッチョナンバーワンは俺たちだ!」

「時代遅れですね。今はムキムキよりも細マッチョですよ? しかも吸血鬼のクセに茶色く日焼けまでして」

「小麦色が筋肉の正装だ、夕方の傾きかけた日差しで地道に焼いたんだ!」

「無駄な努力を……」


 本当に無駄な努力だわ。吸血鬼は朝日が苦手だから、夕方から焼いてたとは。

 叫んでいた吸血鬼が頬を殴られてよろつき、後ろにいた人間のマッチョが受け止めた。周囲でも拳を振り上げ、殴り合いに発展する。こっちの方が見ごたえがあるわ~。

 何故かシャツを抜いで戦いの合間にポーズをめたり、余裕がありそう。


「筋肉キック!」

「なんの、前腕ブロック!」

「マッスルパワー、マッソー、マッソー!」

「マッソー! マッソー!」

「ヤッソッソ」

 変な掛け声も混じるわね。しかし同じような思考の連中だわ、同族嫌悪ってヤツかしら。

「あの銀の髪の刈り上げエルフが、あちらの頭目です」

 カリーネは最前線で蹴りを繰り出す細マッチョを指す。吸血鬼側の頭領である、レッドこと筋肉教祖フレイザーと退治していた。


「何度来ても同じだ! 筋肉教祖の名は渡さん!」

「我々こそナンバーワン筋肉だと世界に知らしめる! 大人しくいしずえとなれ!」

「「「おおおおおー!!!」」」

 二人の周囲に空間ができ、みんなが見守る。

「フレイザー様、勝ってください……!」

 となりでアレックスに乗るカローネが、指を組んで祈っていた。

 どなたに祈るのよ、ブリージダ様にはやめてよね。


 不意に水面のように日差しを弾く、銀の髪が視界に入った。シメオンだわ。ラウラのところに残っていたのに、様子を見に来たのかしら。ジェシーの手綱を引き、シメオンの脇に下りた。

「シメオンさん、いつもこんな感じですか?」

「毎回こうだな」

「ヒヒーン、ヒヒン」

「“子供のケンカだわ、いっそ武器でも与えれば?”って、ペガサスのレディがいってるよ」

 ジェシーって、わりと過激派よね。ラウラの仕事が大変になるから、じゃれ合いのままにしておいてほしいわ。

 あまりお金になりそうに思えないので、私は手伝いたくない。


「さっさと収めて終わりにしましょ。シメオンさん、アイツらは筋肉教祖の名前が欲しくて揉めてるのよね?」

「まあ、そんなところだな」

「見苦しくわちゃわちゃやってないで、サクッとまるっと解決よ!」

「しかし説得するにも、話を聞かないのだ」

 それが問題なのよね。筋肉との話し合いって、どうしたらいいのか。

「ボクに任せて!」

 ペガサス通訳のアークが、自信満々にヒゲをピンとさせた。ペガサス通訳で自信をつけてしまったようだ。


「いや、無理で……」

 断るよりも早く、アークはジェシーのとなりに並ぶ、カリーネが乗るアレックスの頭に飛び乗った。ジェシーはレディーだから、頭には乗らないのかな。

「みんなー! ボクはアーク、ケットシー紳士さ。みんなも紳士に話し合いをしよう!」

「「筋肉なき者と話し合いはしない!」」

 筋肉教祖フレイザーと、エルフのトップの声が揃う。実は仲いいだろ、趣味と価値観が同じだもんな。

「猫に筋肉を求められてもね」

「それもそうか」


 あっさり大人しくなったわ。このまま交渉のテーブルに着くのかっ……!?

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