第67話 筋肉教祖フレイザー登場!

 ペガサスに国境はない。

 いつの間にかイルイネ共和国を抜けていたらしい。この辺りの地理は全く分からないから、どこがどの国だかサッパリだわ。

 私に分かるのは、徐々に近づく広大な森林と、ずっと同じ距離で広がる水色の空くらいなもの。森を少し進んだ先にある開けた場所が、筋肉村だって。村というわりには規模が大きくて、平屋の木造家屋がたくさん立っている。

 中心の建物から十字に太い道が延びていて、建物を中心点にした円周状の道がいくつも描かれていた。あの建物がこの村を興した中心人物、『筋肉教祖』という吸血鬼の住み家かな。


 現時点では争っている様子はないわね。建物も壊されていないし、木がボッキンボッキン折れてるわけでもない。

 なんとなーく人っぽいのが動いている感じもするけど、距離があるから何をしているのかまでは見えない。

「筋肉村だよ、レディーたち。入り口の前に降りるよ」

 ペガサス通訳の黒猫アークが仕切っている。この地を知っているジェシーの言葉はアークにしか理解できないんだから、多少は仕方なし。

 門の前では二人のマッチョが門番をしていた。


「この門をくぐるもの、汝一切の贅肉を捨てよ」


 こんな文字が門の上の看板に書かれている。いくら贅肉でも、全部捨てたら良くないのでは?

「止まれ! 移住希望者なら、筋トレを毎日するという誓約書にサインをしてもらう。見学は現在断わっている」

 門番がおかしな条件を、恥ずかしげもなく堂々と言い放つ。マッチョで小麦色の肌をした吸血鬼だわ。

「いえ、私は聖女です。治療の要請があって参りました」

 ラウラがマッチョ吸血鬼に説明するが、伝達されていないのか、二人で顔を見合わせてボソボソと相談している。入れなくてこのまま帰っても、私は一向に構わないのだ。


 不意に重そうな青銅の扉がギギギっと開き、銀の髪の男性が顔を出した。

「そろそろ集会が始まるぞ」

「ビジャ様!」

 一人で出かけたシメオンがここにいた!

 そっか、仲間に呼ばれて行ったんだっけ! 目的地が同じだったとは。呼び掛けられた二人は中に入ってしまったわ。大事な集会なのかな?

 シメオンは私を見ると目を細め、シワを寄せて指を眉の真ん中に当てた。

「……嫌な幻覚が見える。私に精神攻撃のたぐいは効かないと思っていたが、慢心だった」


 私を幻と勘違いしているわけ? 錯乱してるわねえ、筋肉に当てられたのかしら。

「幻覚じゃないわよ、実物の強欲可愛いシャロンちゃんよ。証拠にいくらでも奢られます」

「そんなことを言うのは確かに君だ」

「理解が早くて何よりです。この村って、美味いステーキ屋とかあるの?」

「ないから君は帰った方がいい。君が喜ぶものなど何一つない」

 やたらと私を帰らせようとするシメオン。怪しい。

 ……これはもしや、私がいると取り分が減る儲け話でもあるんじゃないのかしら。帰らない。絶対に帰れないわよ……!


「あの~、私は聖女の派遣要請を受けて来ているんですけど……」

 私の斜め後ろにいたラウラが、控えめに片手を小さく挙げた。

「ああ、助かる。さっそくフレイザーに紹介しよう。……ペガサスに乗ってきたのか? 黒猫を連れて」

「ヒヒヒィン」

「はじめまして、吸血鬼君。ボクはアーク、ペガサス通訳をしているケットシー紳士さ。こちらのペガサスのレディーはジェシー、“パパがレンタルペガサスをしているの。よろしくね”って言ってるよ」

 カウボーイハットを脱いで挨拶をするアーク。シメオンは黙って眺めてから二頭のペガサスを見て、 視線を私に戻した。


「君の交遊関係は相変わらず不可思議だ。それはともかく、この村を取り仕切るフレイザーについて軽く説明しておこう」

「フレイザー。筋肉教祖の名前ね」

「筋肉教祖か、今のヤツにピッタリの呼び名だな。我々は“混沌を呼ぶ万軍の紅き統率者、フレイザー”と呼んでいる」

 全然違う、なんかカッコいい呼び名だ! 筋肉男にはもったいない!

「フレイザーさんだね」

 なぜかアークが返事をしてるよ。ラウラも予想外のかっこいい呼び名に、驚いているわ。


「彼は邪眼を使い大勢の人間を一気に操ったり、精神に干渉できる。しかし邪眼の力ではなく、自分を信じて同じ志を持つ者がほしい、と筋トレを始めた」

「邪眼をやめて筋肉になったの? それもどうかと思う」

 やっぱり吸血鬼の思考って人間のそれとは違うのね。どういう理屈かサッパリ分からん。シメオンは淡々と説明を続ける。

「思想に共感した吸血鬼なかまや人間を引き連れ、ここで自給自足の生活を始め、徐々に規模が大きくなった。そしていつしか村と言えるほどに拡大した」

 つまりここの村民は、筋肉大好きしかいないのだ。暑苦しそうな村だわ。

 点々と立つ家の庭にはどこも木が植えられていて、コッコッコと鶏が闊歩している。空き地には鉄棒や、ぶら下がる遊具が設置されていた。


 なんだか声が聞こえてくる。

 広場に人や吸血鬼が集まっていて、台に立つ赤い短髪の男性に注目していた。片側だけもみあげを伸ばし、ヒモ飾りを付けている。肩幅が広くてかなりガッチリした体型の男性だわ。アレが筋肉教祖フレイザーかしら。

「諸君っ! 我々のトレーニングはかならず結実し、誇らしい筋肉が我らの鎧となる!」

「おおお~レッド!!!」

 私は冷めた視線をシメオンに向けた。集まった人々は手を叩いてレッドコールを続ける。

「レッドって?」

「フレイザーのことらしいな……」

 無表情で目を反らすシメオン。なんだか疲れてるわね。

「卵を毎日食べることっ! 肉も積極的に取るように。牛乳もいい!」

「「「いええええぇぃい!!!」」」

 何に盛り上がってるんだ、大丈夫かアイツら。

 謎の集会は、もう放っておこう。ただ騒いでいるだけだわ。


「シメオンさんは、ここで何をしているんですか?」

 ラウラが横から顔を出して尋ねた。二頭のペガサスと、ジェシーの背に乗った黒猫アークは、後ろから大人しく付いてきている。

「フレイザーから仲裁を頼まれたのだが、“筋肉なき者に発言権はない”と、拒まれている」

「相手も脳筋! エルフと揉めてるって聞いたわよ?」

 むしろなんで、わざわざシメオンを呼んだんだろう。それこそ嫌がらせか?

「ああ、まあエルフだな……」

 なんだこの微妙な反応は。シメオンは遠くを見詰めていた。

「それで怪我人はどこよ? せっかくラウラが治療に来てくれたんだから、さっさと案内してよ」

「少し待て、フレイザーの演説が終わったら紹介する」


 壇上に立つフレイザーはまだ何か喋っているものの、周囲が興奮していてあまり聞こえない。いっそこのアホな集会を止めてあげる方が、親切ではないのか。

 我々は必ず勝利する、筋肉ナンバーワンを目指して、とかそんな発言をしているのだ。よく盛り上がれるな、と感心してしまうわ。ゲルズ帝国のヤツらとか、この村に合いそうだわ。

 しばらくして壇上からフレイザーが降りると、ワッと観衆が集まった。数人の吸血鬼が観衆を押し退けて道を作り、フレイザーがそこを悠々と歩いてシメオンの前まで来る。

「よおシメオン、そちらは?」

「依頼した聖女様ご一行だ」

「え、マジで来てくれたの? 吸血鬼の村だと認識されてるから、聖女は来ないと思ってたぜ。助言ありがとよ、親友!」

 フレイザーが太い手でシメオンの肩を軽く叩いた。

 吸血鬼の村というより、筋肉に呪われた村という印象ね。


「どうも。こちらが回復が得意な聖女ラウラ、そして私がシメオンさんの現在の親友の、シャロンよ。ヨロシクね」

「シメオンの親友だって? 俺はシメオンと拳で殴り合った仲だぜ? 殴り合ってこその親友だろ」

「そちらが勝手に殴りかかってきたから、応戦しただけだ」

 フレイザーめ、私と張り合うつもりね。

 殴り合っただけで親友とは、片腹痛いわ。

「ふっ。シメオンさんは私のためなら神聖力で消えるのも厭わないくらい、深い友情を持っているのよ」

「君が勝手に私を巻き込もうとするんだ! いい加減にしてくれ!」

 シメオンの発言は、この際無視で。ここは私とフレイザーの勝負だからね!


「シメオンは俺の要請でこの村まで駆け付けたんだ」

「私と一緒にゲルズ帝国へ行って、共に呪いに対抗したのよ!」

「俺はシメオンが筋肉のないヒョロヒョロ野郎でも、親友でいられる」

「私こそシメオンさんが親友の店であまり買いものをしないケチでも、親友を続けられるわ。得になる限り」

 さすが筋肉教祖、やるわね。引き分けかしら。

「君たちは私をけなしているのか?」

「ふっふっふ……、なかなか見所のある人間だな! 筋肉村へよく来た、歓迎するぜ!」

「ひっひっひ……、そっちこそ気概のある吸血鬼ね!」

 拳を握って外側に向け、腕を曲げて交差させる。

 さて、親交を温めようとした瞬間、門の方から声が響いた。


「敵襲だ! エルフ族が来たぞー!!!」

 攻めてきたわねエルフ族!

 のそのそしてるから、ラウラの回復が始まらなかったわ。フレイザーは迎撃の準備に移り、結局シメオンに案内してもらうことになった。

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