第66話 ペガサスで出発!

 宿で休んでいると、豊穣の女神ディンプナに仕えるイルイネ共和国の巫女が訪ねてきた、と宿の人が教えてくれた。ラウラと一緒に対応する。

 が、この狭い宿には面会するような場所はない。近くの飲食店で待ってもらう。


 小さな店で、カウンター席の奥にあるテーブルに案内された。テーブルは一つしかないわ。片側に並ぶ二人の女性。私たちの姿を見ると、彼女たちは立ち上がった。

「わざわざ申し訳ありません、ご足労頂きましてありがとうございます」

 若い女性が丁寧に頭を下げて、ラウラと握手を交わした。

 もう一人は、若い女性の所作をじっくりと見詰める。焦げ茶色の髪の、落ち着いた女性だわ。まるで監視しているみたいね。お目付役なのかしら。


「いえ、用は済ませましたので。本日はどういったご用件でしょうか?」

 とりあえずラウラに任せておいた。

「実は……」

 彼女はイルイネ共和国の七人の巫女姫に仕える巫女で、要請があってこの町に来ていた。そして怪我をした子供を、偶然居合わせた聖女様が助けてくれたと聞き、お礼と挨拶に来たわけだ。

「でも、よく私たちがあの奥まった宿に泊まっていると分かりましたね」

「路地にある宿の従業員が湖の近くで客引きをするのは、珍しくないんです。この宿の人が声をかけていた、と教えてくれた人がいまして」

 わざわざ捜してくれたのね。話を続ける二人を横目に、私はメニューを眺めた。デザートがあるわ。頼んでいいかな、お礼してくれるんだし奢りよね。


「二人とも、まずは何か頼みましょう。どうぞ、ここは私どもで持ちますので……」

 静かにしていたもう一人の年上の女性が、何でも頼んでくださいという。奢って欲しいという気持ちが通じたに違いない。

 私は遠慮無く自家製プリンと、ケーキ屋さんの手作りケーキを頼んだ。提携しているお店かしら。飲みものはコーヒーがいいわね。

「姉さん、少しは遠慮してくださいよ……」

「してるわよ、肉を頼んでないじゃない」

「ご飯は食べたじゃないですか!」

「無料で食べられる肉は別腹よ」

 私達の会話を、巫女二人は笑顔で聞いている。これは肉を頼んでもいいという合図か。しかしラウラの視線が痛いわね……。


「ところで、お二方は観光ですか? それともお仕事でしょうか?」

「依頼があって、筋肉村へ行く途中です。別の種族と揉めている、という噂を聞きました。何かご存知ですか?」

 若い巫女とラウラが会話を続ける。彼女はやたらラウラを見詰めている。聖女なオーラが出てるのかな。

 もしかして、私からは美人オーラしか出てないのかしら。


「ええ、旅商人の話を耳にしました。なんでも、エルフ族と交戦中とか」

「「エルフ族~?」」

 思いがけない単語に、ラウラと声が揃った。まさかのエルフ族!

 揉めてる相手は人狼とかオーガとか、森に住む好戦的な種族かと思った。むしろ問題が根深そうね。

 エルフは森の奥に住む耳の長い種族で、自然を愛し、他の種族と争ったりするのはあまり聞かない。森を開発する人間くらいじゃないかな。

「筋肉村が、森を開発して領土を広げてるとか? 他の国との兼ね合いはどんな感じですかね」

 私は詳しく聞いておくことにした。味方したら非難ゴーゴーになったりしないでしょうね。


「えーと、問題なかったと……」

 若い巫女が助けを求めるように、困った表情で隣の巫女にチラッと視線を流した。にっこりと微笑んで答えてくれる。

「筋肉村は森の奥の、国と国の境になっている土地を開墾して作られました。実際に統治はされておらず、国境も曖昧に定めただけの場所です。エルフ族の里は更に深い森にあるので、どの勢力とも領土争いは起きておりません」

「じゃあやっぱり、村を奥に広げてエルフと衝突したのかな……」

 シャロンちゃんの名推理が光る。

 と、言いたいところだが、どうにもまだ違う気がするわね。


「エルフとは友好的な関係を築いていたはずなのですが、数年前からこじれ始めたようです。エルフの里長が世代交代した頃ですね」

「長命なエルフの世代交代って、珍しいですね。なるほど、貴女は巫女じゃなくて巫女姫ですね」

「まあ、お分かりになります? 黙っているつもりはなかったのですが、貴女がただの聖女に思えなかったので、私も言いそびれましたわ。彼女は私の付きの巫女で、教育中なんですの」

 ころころと笑う巫女姫からは、神気があふれている。

 さすがに品格があるわ。私といい勝負ね。


「え、そうなんですか!?」

 ラウラも若い巫女も驚いている。二人は見抜けなかったんだな。ラウラもまだまだね。

「私は七聖人の一人、強欲のシャロンといいます」

「強欲!?」

 今更ながら自己紹介をすると、若い巫女がプッと笑い、巫女姫がゴスッと脇腹に肘を入れていた。

「私は水の巫女姫、グレッタです。こちらはお近づきの印に……」


 水の巫女姫グレッタは、なにやらチケットを数枚だした。

「これは?」

「レンサス湖の遊覧船の招待券ですよ。この券があれば、む」

「む?」

「む・り・ょ・う! で乗れますよ?」

 無料! 遊覧船が無料!!! なんて気の利く人かしら。帰りも絶対にこの町に寄りましょうね、とラウラと固く約束をした。

 頼んだ料理がどんどん運ばれてくるわ。わ~い、いただきます!

 たくさん食べてよく寝て、朝になったらレンタルペガサス屋を目指す。

 朝から観光客が歩いているわね。湖に朝日が反射して、湖面が白く輝いている。確かに散歩するにもいい感じ。


 レンタルペガサス屋には、早くもお客が入っていた。

「あ、シャロンさん~。店長、シャロンさんですよ」

 外を掃除していた店員が私の姿を見つけ、厩舎に声を掛ける。

「おお、準備できてるぞ!」

「ヒヒ~ン!」

 店長は生意気ペガサスの手綱を引いている。いなないたのは、店長をパパと呼ぶパパっ子ペガサスのジェシー。彼女のくらには黒猫ケットシーのアークが乗っていた。

「おはよう、強欲のレディー! ジェシーも一緒に行くんだ、彼女が筋肉村の場所を知っているからね。“後輩の指導も兼ねているから、ビシバシ意見を言ってちょうだい!”だって」


「了解よ。アークも通訳ヨロシクね」

「任せておいて!」

 カウボーイハットを軽く上げてウィンクするアーク。仕草が猫っぽくないんだよなあ。生意気ペガサスは静かだわ。

「じゃあ筋肉村まで、頼んだぞジェシー、それとアレックス。シャロンさん、ペガサスは自力で帰れるから、帰りは好きな場所で別れていいよ。一緒にいる間は食事や世話を忘れずに、叩いたり馬刺しにしたりは絶対に、しないでね」

「はーい」

 食べちゃダメだと釘を刺されたわ。

 ここまで戻って来たいから、食べないけどね。予定では。


 いくつかの注意事項を聞いてから、私は生意気ペガサスのアレックス、ラウラとアークはジェシーに乗った。ちなみに長い時間でなければ二人乗りもできる。

「ヒヒーン!」

「“パパ、行って来ます!”だって~」

「ジェシー、無理するなよ~! アレックスもしっかりなー!」

 ペガサスの翼が大きく羽ばたき、空を翔る。湖を真下に、上昇するわ。

 店長はずっと手を振っていた。


 あっという間に湖の対岸を越えて、次の町まで見えちゃう。気持ちいいな、ペガサス。生意気ペガサスの気持ちが少しだけ分かったわ。広い空を飛んでいると、地上をせせこましく生きる連中が哀れに思えてくるわね。

 ホホホ、さあシャロン様を見上げて崇めなさい!

「ヒヒン、ヒヒヒン」

「“一時間くらいで国を抜けるわ。村まではもう一時間ってところね”だって。楽しみだね」

「すぐに着くんじゃないんだ」

 わりと時間かかるのね。ペガサス乗馬は慣れていないけど大丈夫かな。落ちたら怪我じゃすまなそう。

「ヒィンヒン」

「“疲れたら休むから、声をかけてね”って。レディたち、遠慮しないでね」


 ジェシーはさすがに慣れてるわね、気を遣える馬だわ。それに比べて私が乗ってるアレックスは、なんだか愛想がないわね。

「やたら静かね、アレックス」

「ブルブル、ヒヒーン」

「昨日は研修が長引いたから、疲れたんだろうね。“ちゃんと送ればいいんだろ”って、少しヤケになってるよ」

「ヒーン、ヒーン」

「“接客態度が悪い、減点”。いつのまに減点方式になったの?」

 ジェシーはアレックスを厳しくしつけるようだ。賛成。まあ昨日よりマシになってるわね。


「ところで減点が多くなったら、ペナルティってあるんですか?」

 ラウラが尋ねた。確かに気になるわね!

 ジェシーは得意気に頷いた。

「”減点十ポイントで屠殺場行きよ”だって。気を付けないとね」

「ブヒヒ~ン!!!」

「“そんなのアリかー!!!”って、ペガサス君が泣きそうだよ」

 アレックスの悲鳴に近い鳴き声が空へ溶ける。

 生き残りたければ、せいぜい私のために尽くしなさい!

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