第65話 ペガサス通訳、大活躍!
ペガサス通訳官の資格を持つ、黒猫アークが反抗的なペガサスの言葉を通訳している。
『飛べない種族なんて、地面を
『私は海神ポセイドンの血を引く高貴な馬なんだ』
『あ、ポセイドンって分かる? 他の世界の神様ね。無理だよね、分かんないよね~???』
『私に乗りたいとか、冗談は休んでも言わないでもらえる? 簡単に尻尾を振る犬みたいな、頭の悪い野良ペガサスでも捕まえて来なよ、無能』
煽ってくる。たかが羽の生えた馬の分際で煽ってくるぞ、この野郎。
「ヒヒンブヒヒン!」
嫌な顔で笑ってる気がする! 絶妙に頭にくる馬だわ!
「……店長さん、馬刺しにしましょう」
「しねえよ! 売ればそれなりに高いんだよ、鑑賞用にも人気があるんだ!」
言うことを聞かないなら食べちゃおう計画は却下された。馬刺しとは言ったが、お肉は焼いた方が好きだ。もしかしたら店長もステーキ派だったのかも。
「とりあえず二、三発殴って命令に従うようにしましょう。良かった~、メイスを持ってきていて~」
私がメイスを用意すると、店長が腕を掴んで止めてくる。
「待て待て、ペガサスをどうするつもりだ!?」
「ブルル、ヒン!」
「“落ち着くんだ底辺庶民、力では何も解決しない。知的生命体として話し合おう”だって。ペガサス君が脅えてるよ」
アークは普通に通訳を続けている。職業意識の強い猫だ。
「話し合いの最終形態が殴り合いよ。これを合理主義と呼ぶわ。あ~、駄馬には難しいかなぁ~!??」
「ブルブル、ヒヒヒン!」
「“絶対にウソだー!”って」
さて、ぶっ飛ばすぞとメイスを振り上げたところ、パカラッパカラッと、蹄の音がペガサス
「ヒヒーン、ヒヒヒヒーン!」
「ジェシー! もしかして俺を心配してくれたのか?」
「ヒヒ~」
「そうかありがとう」
後からきたペガサスが顔を寄せると、馬の長い首を店長が腕で柔らかく包んだ。不思議と通じ合っているわね。ただ、突っ込ませてもらおう。
「ペガサス通訳がいるんだから、聞きなさいよ」
アークは胸を張って、片前足でジェシーをさした。
「彼女……、ジェシーは店長が心配で駆けつけたんだ。なぜかパパって呼んでるよ」
「パパ?」
馬の親が人? どういうことだろう。
「ジェシーが小さい頃から面倒をみていたからな。……パパか~」
まんざらでもないように、にやにやと笑っている。馬のパパ、嬉しいか?
ラウラは馬に蹴られないよう、少し離れて眺めている。
「“パパ。アイツが自分を高貴だと鼻にかけて、パパを悪く言うのは我慢できないわ。馬刺しにしてやりましょう”と、言ってるよ。馬刺しが人気なの?」
「なんでジェシーまで馬刺しなんて! うちの娘に悪い言葉を教えないでくれ!」
私を睨むのはやめてちょうだい。馬刺しって言った時に、ジェシーはいなかったわよ。だいたい、馬刺し自体は悪い言葉じゃないからね。
「“いい? ここにいるペガサスはみんな、働いている従業員なのよ。アンタみたいなただ飯食らいは、単なる家畜よ。せいぜい馬刺になって、役に立ちなさい”。ペガサスのレディーは、だいぶご立腹だね」
「ヒュン! ヒヒヒヒーン!」
「“働くなんて、人を乗せるなんて、誇り高いペガサスとしての矜持はないのか!”って叫んでる。このペガサス君は、働きたくないみたいだよ」
「ブヒヒン! ヒヒ~ン」
「”誇りでご飯がたべられるかっっ! 働かない家畜には
話し合いがおかしな方向に流れて、さすがにアークも困って店長を振り返る。話を振られた店長も、困った顔をしているわ。
ジェシーの猛攻撃で敵は怯んでいる、今こそ攻める時!
「じゃあ、こうしましょう! 私たちを筋肉村に乗せて行くか、屠殺場で余生を過ごすか、選んでもらいましょう!」
「ヒッヒーン」
「“賛成!”だって。ペガサス君、答えをどうぞ」
アークはヒゲをピンと張って、通訳を続ける。困惑して首を
「……クィーン、ヒィーンヒン……」
「“筋肉村……、どこだか知らないが、乗せるよ……”だって。ペガサス君が納得してくれたね。交渉成立だよ」
「やったー!」
無料だ、無料だー! 勝訴です! 私は喜んで拍手をし、アークは尻尾で二回地面を打った。集まっている面々の笑顔があふれる中、ペガサスの表情だけが暗い。
「じゃあ出発は明日、今日はこれからコイツに講習を受けてもらうから。シャロンさんたちは観光でもして、明日の八時以降に来てくれ」
「は~い」
駄馬ペガサスは人を乗せる研修を受けるんだって。接客もしっかり学んで欲しいわね。
アークは残って、通訳を続ける。今晩はレンタルペガサス屋がアークを泊めてくれる。
レンタルペガサス屋を出て、観光の前に宿を確保しなきゃね。
レストランやお土産屋、ブティック、バッグの専門店、宝石を売ってるお店。湖沿いに立つ店は、どれもお高そう。チラッと見えた値札には、ゼロが整列していた。
宿も広い庭に噴水があったり、コテージが並んでたり、白亜の宮殿かよって感じだったり。高級そうな宿しか見当たらないわ。……泊まれるの?
「ねえラウラ、泊まるお金ありそう?」
「……予算が心配になってきました。ここで使いすぎたら、帰りの分が不安ですし……」
周囲を歩く観光客はほとんどが貴族や富裕層で、護衛とお供を連れている。
リゾート地とは知っていたけど、こんなに金銭感覚がバグっているとは思わなかったわ。払えないなら野宿かな、治安はいいらしいし。
「あのー、この周辺は特に高級なお店が並ぶエリアですよ。湖が見えない街中の方が、安い宿があります」
「本当ですか、ありがとうございます!」
「私も行くところなので、ご案内しますね」
わざわざ教えてくれるなんて、親切な人だなあ。声を掛けてきた女性に案内され、飲み屋が多い繁華街を行く。昼間っから飲んでる人もいるわ。
繁華街の通りにはたくさんの道が交わっていて、細い裏道にまでお店がひしめき合っていた。よく見れば宿の看板がいくつもあるわ。
「ここです! いい宿ですよ~」
入り口は狭く、建物もあまり新しくはない。女性が開けてくれた扉の先にフロントがあるが、待つ場所すらほとんどなかった。
「ええと、お値段……一人青銅貨八枚。これなら問題ないです、姉さんもいいですよね?」
「いいわよー。シャワーくらいはあるの?」
「近くに浴場がありますから、そちらですね~。宿に泊まっているといえば、割引きしてくれますよ。食事も宿では出ませんが、お勧めのお店を紹介します。では二人分、前金でーす」
案内してくれた女性がそのままフロントへ入り、お金を払えと
……あれ、もしかして従業員!? ちゃっかりしてるなあ。ラウラが支払いをし、二階にある部屋へ移動した。
室内は狭く、小さなテーブルと簡素なベッド、あとは荷物置きくらいしかない。衣類は壁に下がっているハンガーに掛けるのね。薄汚れた窓からは、隣の建物の壁が全面に映し出されていた。
はー、まあいいや、宿が決まって安心したわ。
観光でもするか。着替えなんかの荷物を置いて、改めてラウラと出かける。湖で船遊びする貴族を遠目に、宝石をバカ買いする富裕層を眺め、通り過ぎる高価な馬車を見送った。
湖を臨む立地だと、基本的にお値段が高いワケね。理解したわ。路地に並ぶ地元民が使う安価なお店で食事をし、散策する。売れそうなものがあったらチェックしておいて、帰りに買いたいな。楽器と農具の種類が豊富ね。いいかもと思うが、どちらも持ち帰るのが難しい。
夕飯も済ませてから公衆浴場で汗を流し、宿へ戻った。あとは寝るだけ。部屋でくつろいでいると、扉がノックされる。
「はーい」
「あの、お客さまがお見えです」
宿の人だわ。
客? この町に知り合いはいないし、そもそもここに泊まると誰にも教えていない。誰かしら?
「……どんな人?」
ラウラが自治国の人と落ち合う約束でもしてたとか……? でもそれなら、私に一言あるはずよ。場合によってはラウラ一人で出てもらおう、と考えつつ尋ねた。
「なんと! 我がイルイネ共和国が誇る、巫女様です!」
巫女……? 豊穣の女神ディンプナに仕える巫女?
そんな人がどんな用件で尋ねてきているのかしら。お布施ならしないわよ!
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